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ブロックバスターは本当にNetflixに負けたのか - 世界最大のレンタルビデオチェーンの栄枯盛衰の話について

オーストラリアにあったBlockbusterが閉店した。つまり、かつて9000店くらいあった世界最大のレンタルビデオチェーンは、1店舗を残すのみとなりました。全世界に、たった1店舗。オレゴン州ベンドに。

BlockbusterはNetflixの登場でその役割を終えたと見る向きもあるだろうけれど、Netflixだってもともとは郵送型DVDレンタルサービス。Blockbusterだって、自らを変えるチャンスはあっただろうけれども、結局その機会を失ってしまった。いや、失ってしまっただけなのか。挑戦したけれど失敗したのか。そもそもBlockbusterというのは、誰がどうやって創業して、どうやって世界最大のチェーンになれたのか。

正直途中から面倒くさくなって、このnoteは2年近く放置していました。そもそも冒頭のオーストラリアにあったBlockbusterが閉店したというニュースは、2019年3月の話だし。ただ調べていくと、少なくとも創業当初はNetflixの比にならないくらい、実に野心的なスタートアップだったことが分かります。それを知らずに、Netflixに負けた残念な会社として片付けるのは勿体無い。今のメディアエンターテイメント業界の自己変革の難しさが、Blockbusterの栄枯盛衰の物語に、全て詰まっている気がしています。

前置きはそのくらいにして。以下無駄に長いです。

業界向けソフトウェア会社からレンタルビデオへ

さて、知ってる人は殆どいないと思うけど、Blockbusterの創業者はDavid Cook(以下Cook)という人物。Cookは1982年、Cook Data Servicesという会社を立ち上げるんですが、これはレンタルビデオとは全く関係がありません。実は最初はテキサス中の石油・天然ガス産業向けにソフトウェアを提供する事業を展開していました。

しかしエネルギー産業が低迷したことに伴い、お客さんの数が減ってしまいます。Cookは新しい収益源を探す必要がありました。そんな時、Cookの妻Sandyがレンタルビデオのビジネスを始めてはどうかと提案します。そう、Sandyは部類の映画好きだったんですね。

素直なCookはこれを真に受けてレンタルビデオ業界を調査。すると、殆どのレンタルビデオ店は規模が小さい家族経営で、レンタルができる作品も過去のヒット作ばかり、ライブラリーも限定的だったことが分かりました。そして今となっては信じられませんが、当時ビデオテープはお客さんが手に取れるように棚にディスプレーされていないのが一般的で、盗まれないようにカウンターの内側に置かれていました。そのため、客の要望に応じて店員がバックヤードから探し出す必要があり、オペレーションが煩雑でした。

Cookは、この在庫管理や決済の仕組みを、これまで展開してきたソフトウェアの力を使って効率化できるのではないかと考えます。まさに点と線の話。そしてCookはCook Data Servicesのソフトウェアビジネスを売却し、その売却益をもとに既存のレンタルビデオ店を買収しようと試みます。しかし条件が折り合いませんでした。そこで1985年10月、結局彼らは自力でレンタルビデオ店Blockbuster Videoをダラスに立ち上げます。これがBlockbusterのはじまりでした。

6500タイトル・8000本のビデオテープ。同じエリア内で展開するライバル店と比較しても圧倒的なライブラリー数を誇り、それらをお客さんに見えるように店内にディスプレイする。そしてお客さんが自らビデオテープを棚から選び出して、フロントデスクに自分で持ち込んで、カウンターで決済する。盗難防止のために磁気テープをビデオに貼って、店の出口にはセンサーを設置。コンピューターを活用し、ビデオテープと会員証につけたバーコードをスキャンして在庫管理するシステムを開発して導入。そしてこのコンセプトが大ヒットし、1986年に3店舗増やし、6月に社名をBlockbuster Entertainment Corporationに変えます。

そして1986年。前年に事業をスタートしたばかりだというのに、更なる成長を目論み資金調達を試みます。彼らは将来的な成長を見越して、地域ごとのニーズに沿ったライブラリーをすぐに揃えられるように、600万ドルかけて新たに倉庫を立て、店舗を広げる計画も練っていました。しかし上場を前にして経済コラムニストからエンタメ業界のトラックレコードに乏しいと評価され、思うように資金調達ができず、資金難に。結果1987年には320万ドルの負債を抱えることになります。

中興の祖 - レンタルビデオ界のレイ・クロック

そんな状況下の1987年、CookはBlockbusterの株式の1/3を1860万ドルで3人の投資家らに売却することを決断します。そのひとりがWayne Huizenga(ウェイン・ハイゼンガ)という人物。彼は1972年にWaste Managementを創業し、世界最大のゴミ処理事業者としてFortune500企業までに成長させ、1984年までCEOを務めた人物でした。

このことでBlockbusterの支配権を手放すことになったCook、もともとフランチャイズ方式でBlockbusterの名前を広げてビジネスをしていくことを想定していましたが、Huizengaは直営モデルで展開することを考えていました。結局Cookは出資を受けてから2ヶ月で会社を去ってしまいます。そして以降、Blockbusterはフランチャイズ店を買収して直営化を進め、また全米各地の支配的なプレイヤーを次々買収していきます。

1987年3月にSouthern Video Partnership、5月にMovies To Goを買収。1987年末には店舗数は133店まで増え、全米5位の規模にまで成長。1986年に740万ドルだった売上は、1987年には4320万ドルまで増えていきます。

翌年も拡大路線は継続し、1988年3月、640万ドルと株式交換でVideo Libraryを買収。翌月United Cable Television Corporation(UCTC)から資金調達を行い、フランチャイズを100店増やすことに。さらにUCTCが追加出資。1988年末には店舗数は415店まで増え、全米最大のレンタルビデオチェーンとなります

1989年には全米4位のレンタルビデオチェーンMajor Videoを9250万ドルで買収。続けてOklahoma Entertainment、Vector Video、Video Superstore Master LPと次々買収します。Huizengaが経営権を握ってから2年で店舗数は700店舗までに増えていきました。

ここまでの拡大路線の話を聞いてピンと来る人もいるかもしれませんが、実はこれ、Wayne HuizengaがWaste Managementを世界最大のゴミ処理業者まで育てた時と全く同じ戦略で、もっというとマクドナルドのRay Kroc(レイ・クロック)がやっていた手法なんですね。

HuizengaがBlockbusterの創業者だと思っている人が少なくないのですが、実はRay Krocと同じような中興の祖。もっとも、HuizengaがRay Krocと圧倒的に違うのは、彼はWaste Managementだけでなく、AutoNationという全米最大の自動車ディーラーも創業しているということ。さらにNFLのFlorida MarlinsとNHLのFlorida Panthersの創業オーナーでもあり、フロリダを代表をするシリアルアントレプレナーなんですね。


拡大路線の裏で - 海外展開、そしてViacomへの売却

90年代に入りBlockbusterは創業以来最大の規模の買収を行います。具体的には東海岸・中西部でレンタルビデオチェーンを展開するErolを3000万ドルで買収します。そしていよいよ米国内での成長余力に天井が見え始めた時、今度は海外展開に活路を見出します。まずは英国・オーストラリア・西ヨーロッパと事業を広げ、1990年には日本マクドナルドを立ち上げた藤田田と日本参入を計画、1991年に初の店舗をオープンさせます。

同時期にはPhilipsから6600万ドル調達、そして中核事業のレンタルビデオとは別に音楽販売事業を開始するために、Music PlusやSound Warehouseを買収。さらにVirgin Groupと契約して、Virgin Megastoreを米国・欧州・オーストラリアでオープンさせていきます。1992年の話。

そして今度はRepublic Picturesの株式1/3を2500万ドルで取得し、Spelling Entertainmentの株式48.2%を取得。どちらも映画やテレビ番組のライブラリーを持っている会社であり、IPの獲得が目的でした。こうして流通網が整い、IPを囲い込み始めたのは、今でもよくあるビジネス構造の話です。

ただこうした拡大路線の裏でHuizengaは、レンタルビデオビジネスは、いずれケーブルテレビの台頭とセルビデオの低価格化、そしてVODの登場によって脅かされると考えます。そしてBlockbusterは自らを変えるべくケーブルテレビ事業への参入を目論み、Viacomへの出資を進めます。

ただHuizengaは事業環境の変化に耐えうるような明確なシナリオを描くことができず、結局Blockbusterの事業をViacomに売却します。Viacomも当時Paramountの買収をQVC Networkと争っており、資金が必要でした。1994年、その額84億ドル。これに合わせてHuizengも退任します。ViacomはBlockbusterの買収によって企業価値を高め、それによってParamountを買収することに成功します。これもまたひとつの物語。


DVDとNetflix、命運を分けた2つのディール

Viacom傘下になったBlockbusterはその後も店舗を拡大させ、引き続き海外展開も推進、また取り扱う商品を拡張させながら事業を大きくしていました。そしてその頃VHSに代わってホームエンターテイメントの世界に現れた新しいメディアが登場します。それがDVDです。

そして1997年、Blockbusterにとって後に振り返ると極めて重要なオファーをWarner BrosとSonyから持ち込まれます。新作映画のDVDを販売する前の一定期間、Blockbusterに独占的にDVDレンタル展開できる権利を与えるというもの。その代わりに、DVDレンタル売上の40%をスタジオに配分するというディールです。実はこれ、VHSでも全く同じような独占契約を締結していたのでした。ただ、Viacomを率いる強気のSumner Redstoneは、この条件を飲まない選択をします。

するとDVDの普及を確信していたスタジオ陣はこの決断に即座に反応、今度はDVDの卸値を一気に引き下げ、誰もが安価にDVDを購入できる方法を探るのでした。そしてそのプランに乗ったのが世界最大のスーパーマーケットチェーンのWal-Martでした。その後Play Station2の登場などによってDVDを再生できる端末が大きく普及、Wal-Martのモデル(DVDを薄利多売で売り、プラズマテレビなど利益率の高い商品を売って刈り取るモデル)を真似した小売店が増えたことも手伝い、DVD市場は急成長します。

実はこのモニュメンタルなディールメイキングの裏で、ひっそりと誕生したサービスがありました。後にメディアエンターテイメントの世界に大きなインパクトを与える会社、Netflixです。ご存知の通りNetflixは1997年に郵送によるDVDレンタルサービスとして創業します。

延滞料金がなく実店舗を持たない郵送型のDVDレンタルサービスは目新しかったのですが、前述の通りセルDVD市場が好調だったこともあり、Blockbusterと同じようにNetflixも不調でした。そこでNetflixはBlockbusterに5000万ドルで自らを売却する話を持ち掛けるのでした。2000年の話。結果としてBlockbusterはNetflix買収の提案を断り、自ら再起をかけてオンデマンドサービスに取り組むことを選択します。

その選択が正しいのか間違っているのかを今になって語ることはできないですが、2000年前後に、ホームエンターテイメントの歴史が動いた二つのディールがあったことを覚えておきたいところです。


ブロックバスターは自らを壊すことはできるのか

Blockbusterは、セルDVDとの競争上値下げを強いられつつも、利益率の高い異なる商品を売ることもできず、レンタルビジネスの売上を大きく失っていました。ただ落ち続けている売上を良しとするはずもなく、新しいチャレンジも試みます。

2000年、まずエネルギーコングロマリットのEnronが参入した通信事業Enron Broadband ServicesとVODで業務提携。しかし9カ月後には20年の独占契約を破棄、お互い別々にオンデマンドサービスを行うことを選びます。その時のEnronの言い分としては、光回線を使って作品を販売するにも、Blockbusterがスタジオとの交渉を全然進めることができていないのが一因だったようですが、その後そんなEnronも粉飾決算のスキャンダルの渦中に。

Enronとのパートナーシップを破棄した後、Blockbusterは映画やゲームのパッケージの中古売買ビジネスなどを理解するためにいくつかの会社の買収を始めます。そして、その中にはアリゾナで家族経営で展開していた郵送型DVDレンタルサービスのDVD Rental Centralがありました。2002年、契約者は1万人、買収金額は100万ドル。

その後BlockbusterはDVD Rental Centralを母体に2004年に自社の名前を冠した郵送型DVDレンタルサービスBlockbuster Onlineを開始。そして紆余曲折がありながら、全世界に9000以上の店舗を抱えるに至りました。この時、Netflixの契約者数はおよそ200万人


Netflixが震えたTotal Accessでの大勝負

立ち上がったはいいけど鳴かず飛ばずのBlockbuster Onlineでしたが、一方のNetflixは地道に契約者を伸ばしていました。2006年にはNetflixの契約者数は630万人に、売上は10億ドルに迫る勢いで、年間のDVDレンタル市場の12%を占有するまでに至っていました。

そこでBlockbusterは2007年に勝負に出ます。それが「Blockbuster Total Access」というキャンペーンです。郵送型DVDレンタルサービスは、返却しないと新しいDVDを借りることができません。これはNetflixに限らず、Blockbuster Onlineも同じでした。ただ、Total Accessキャンペーンの開始によって、Blockbuster Online契約者であれば、Blockbusterの実店舗で新しいDVDを交換できるサービスを開始。Super Bowlの広告も含めて大々的なマーケティングを敢行し、これが大当たりします。


しかしこれは契約者が実店舗でDVDを交換するごとに出銭が2ドル発生するというストラクチャーになっており、契約者の増加率とのバランスが重要でした。ただ、これを脅威を感じたNetflixのReed Hastingsは、Blockbusterに郵送型DVDレンタルサービスの分離と買収を持ちかけます。Netflix利用者もBlockbuster実店舗でDVDを交換できれば、どちらにとってもWin-Winになるのではないかという目論見でした。

実は、このキャンペーンが始まる前からBlockbuster会長兼CEOのJohn F. Antiocoと物言う投資家として有名だったCarl Icahn(カール・アイカーン)が、役員報酬や会社としての独立性について激しく対立していました。そしてAntiocoがHastingsからの提案を受け入れようとしている矢先、これ以上の損失は受け入れ難いとしてAntiocoを追い出してしまうのでした。後任として会長兼CEOに就任した元セブンイレブンのJames Keyesが実店舗重視のコンビニ的な多角化戦略に戦略に転換、この提案を破棄します。するとBlockbuster Onlineの契約者の成長も急停止します。


郵送型DVDレンタルの次の一手は、後手か悪手か

BlockbusterもNetflixも、お互いを競合と捉えていながらも、実際には郵送型DVDレンタルサービスが永遠に続かないことは理解していました。事実Netflixは先手を打つ形で、2007年1月にストリーミング配信を開始することを発表。ただし1000タイトルという限られたカタログでした。

“Because DVD is not a hundred-year format, people wonder what will Netflix’s second act be.”

Reed Hastings



一方のBlockbusterはこれに追随するようにMovielinkを660万ドルで買収して、来るべきストリーミング時代に備えるのでした。ただ実店舗を優先する戦略は変わらず、2008年にBlockbusterはCircuit Cityという家電量販店を10億ドルで買収しようとします。ただし買収もかなわず2009年にCircuit City自体が破産。その裏でキオスク端末を使った自動レンタルDVDサービスを展開するRedboxに対抗するべく、NCR Corporationと一緒にBlockbuster Expressを開始します(最終的にはRedboxによって2012年に1億ドルで買収)。

そして2010年、結局明確な成長戦略を描くこともできず、打った手は全てが後手に回り、Blockbuster自体も破産。その時の企業価値は大体2400万ドルと言われていたみたいですが、同時期Netflixの企業価値は130億ドルまで伸びていました。

2011年にはペイテレビ第3位のDish Networkが3.2億ドルでBlockbusterを買収。BlockbusterはDish Networkとともに、定額動画配信サービスとDVD/ゲームの郵送型レンタルサービスを組み合わせたBlockbuster Movie Passをスタート。Dish Network契約者向けに月額10ドル。ただし、Dishの既存サービスとのカニバリゼーションを気にしてか鳴かず飛ばず、結果としてサービスはすぐに終了し、ついにはBlockbusterをNetflixの競合サービスとして推進することを諦めてしまいます。その後はみなさんの知っての通りの展開に。


おわりに

さて、なんだか仰々しいタイトルをつけたのにも関わらず、案の定無駄に長いばかりのnoteになってしまった上に、オチもないままこの辺で。

明確なのは、Blockbusterも最初は飛ぶ鳥を落とす勢いがあった、実に野心的なスタートアップだったということ、そして大人の経営者によって世界最大のレンタルビデオチェーンになったということ。Wal-Martで販売される安価なDVDやNetflixの郵送型レンタルサービスを前に、別に胡座をかいていたということでもないということ。もちろんDVDの普及の急加速はその時は想定しきれなかっただろうけれども、とは言えViacomに買収された後は大胆な事業転換を推進できるほどのリーダーシップがあったかというと疑問ではあるし、振り返ればNetflixに負けたというよりも、いろんなことが後手に回って自爆した語られることの方が多い気もする。ただイノベーションのジレンマを乗り越えることができなかったと片付けてしまうと見えてこなくなりそうなものもあるだろうし、それは郵送型DVDレンタルサービスで大成功していたNetflixも同じだったわけなので。

直近で言えばコロナの影響も手伝って、例えばWalt Disney CoがDisney+やHuluを中心とした動画配信事業に軸足を移すために組織改編を行ったり、WarnerMediaが新作映画の劇場公開と同時にHBO Maxで配信することを決めたり。理由はどうであれば、どこかのタイミングで大きく事業を根幹から変えるような決断をしなければならないのは確か。もちろん、そんなのは後からだったら何とでも言えるわけだけれど。ただ悪手というのは、考えるのを止めて後回しにすることなのではないか。そんなことを考えながら、正月の特番を見たりして、日本のテレビ局の行く末に思いを巡らす。

そうそう、それで言うと、冒頭に書いたベンドにある最後の店舗をairbnbで貸し出すと言うのは、Blockbusterの最後の一手としては悪くないかもしれないよね。


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熟成下書き

140文字の文章ばかり書いていると長い文章を書くのが実に億劫で、どうもまとめる力が衰えてきた気がしてなりません。日々のことはTwitterの方に書いてますので、よろしければ→@hideaki