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NBAからドラフト指名を受けた唯一の女子バスケ選手 - 映画「The Queen of Basketball」を見た話

八村塁選手が戻ってきてくれてよかった。日本人史上初のNBAドラフト1巡目指名選手。ちなみに日本人として初めてドラフト指名を受けたのは岡山恭崇選手である。

では、女子バスケットボール選手として唯一NBAでドラフト指名を受けた選手について、果たしてどのくらいの人が知っているだろうか。少なくとも私はそんな素晴らしい実績を残したバスケットボール選手がいたことを、今まで全く知らなかった。

New York TimesのOp-Docsから短編ドキュメンタリー「The Queen of Basketball」を見るまでは。彼女の名前はルシア・ハリス(Lusia Harris)。

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NBAレジェンドに憧れていた女の子

ルシア・ハリスはNBAのレジェンドプレイヤーであるビル・ラッセルやウィルト・チェンバレンやカリーム・アブドゥル・ジャバー、そしてオスカー・ロバートソンの活躍をテレビで見ていた1人の女の子だった。そしていつか同じようにゴールフープめがけてシュートしてみたいと夢を描いていた。

そんな彼女が高校に入ると、他の誰よりも身長が高くなっていた。6.3フィート。センチにすると192cmとなるわけだから、なかなかの高さである。そして彼女はそのことでクラスメートからよく揶揄われたのだった。

“Long and tall and that’s all.”


ルシアは小さい頃から親しんだバスケットボールをやるためにチームに入ることになった。しかし、彼女はバスケットボールを実際にはちゃんとプレイしたことはなかった。だから練習を積んで、ゼロから全てを覚えた。するとボールは次第に彼女に集まった。そしてゴールを重ねるうちに、彼女は自分の身長が武器であることに気が付いたのだった。

“Long and tall and that’s NOT all.”

彼女を揶揄うものは、いなくなった。


大学進学、3度の全米優勝、そしてオリンピックへ

ルシアが大学へ進学をする頃、米国ではTitle IXが成立する。これは米国の公的高等教育機関における男女の機会均等を定めた連邦法の修正法、教育改正法第9編の通称。守らないと政府からの財政支援を打ち切られるというものだった。例えば学内でのスポーツへの参加率も男女均等でなければならないため、Title IX成立後は女性のスポーツ参加率が飛躍的に向上したと言われている。

バスケットボールを続けたかったルシアは、アフリカ系アメリカ人を受け入れる最初の州立大学として建てられたAlcorn State University(アルコン州立大学)への進学を考える。ただ、ここには女子バスケットボールのチームが存在しなかった。そこで彼女は、Delta State University(デルタ州立大学)への進学を決め、唯一の黒人女性バスケットボール選手としてチームに加わった。

ただTitle IXが成立したとは言え、まだまだ過渡期。アメリカの大学スポーツを統括するNCAAはまだTitle IXの成立を受け入れておらず、故に彼女たちはNCAAとは異なるAIAW(Association for Intercollegiate Athletics for Women)の枠組みでナショナルチャンピオンシップを争う必要があった。NCAAが女性の参加を認めたのは、1982年になってからのことだった。

AIAWのチャンピオンシップは、発足以来Imaculata University(イマキュラータ大学)というカソリック系の大学が3年連続で優勝していた。しかし、この流れをルーシー率いるDelta Stateが断ち切った。チーム発足から4年にも関わらず、いきなり優勝をもぎ取るのだった。しかもこの勢いはこれにとどまらなかった。Delta Stateは3年連続ナショナルチャンピオンに輝き、ルシアはMVP選手となった。


そして1976年のモントリオール五輪。この時初めて正式種目となった女子バスケットボールに、ルーシーは米国代表選手として選出される。初戦の相手は日本代表。シュートミスしたボールはルシアの手に渡り、彼女はポイントを決める。この時彼女は女子バスケットボール選手として初めてオリンピックで得点を決めた選手となった。ちなみに、この試合は71–84で日本代表が勝利、米国代表はソ連代表に続いて銀メダルで幕を閉じた。


失った目標、そして原点に立ち返って取り戻した自分

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ルシアはその後もバスケットボールを続けたいと願っていた。ただ、そのような場は彼女には用意されていなかった。WNBAが発足するのは1996年。ルシアがプレイを続けることができる時代ではなかった。

彼女はその後高校の同級生と結婚するが、精神的に不安定になってしまう。そんな時、一本の電話が入る。ニューオーリンズ・ジャズからのドラフト指名。NBAの歴史で初めて女性のバスケットボール選手が指名されたのだった。

しかし彼女は体格もパワーも異なる男性を相手にプレイすることはできそうにないと考え、トライアウトを受けるのを断った。この時、彼女は妊娠をしていて、トライアウトを受けること自体が難しかったらしい。

結果、彼女は無職となった。

バスケットボールを止め、目標を失ったルシアは精神的に追い詰められてしまう。そして辿り着いたのは、彼女が選手としてプレイしていた高校の女子バスケットボール部のヘッドコーチの仕事だった。ここでルシアは自分がいかに素晴らしい選手だったかを、ようやく自覚するようになった。全米チャンピオンに3度も貢献し、MVPを含め卓越した女性アスリートとして数々の賞を受賞。加えてオリンピックの米国代表選手となり、女性として初めてNBAにもドラフト指名された。すると彼女は次第に自分を取り戻していくのだった。

ルシアはプロバスケットボール選手としてのキャリアを断念したが、そのことに後悔はないと言う。ただ時代が違えば彼女のブランドの靴が売られ、ハンバーガーチェーンやシリアルの宣伝の顔にもなっていたに違いない。

そして臆せずメンタルヘルスについて語る彼女の話は、2021年にうつ病を告白した大坂なおみや「心の健康を優先して」棄権したシモーン・バイルスと根底で繋がっており、本作もまたトップアスリートのレジリエンスの物語として見ることもできるかもしれない。



ちなみに本作は「Almost Famous」という、本来であれば歴史に名を刻み、名声を欲しいままにしていただろう人物に焦点を当てたクロニクルであり、New York Timesの短編ドキュメンタリーシリーズ(Op-Docs)の中の1本。

シャキール・オニール(Shaquille O’Neal)がエグゼクティブプロデューサーになっている点でも何かと注目されているが、アカデミー賞のショートリストの中では本作が短編ドキュメンタリー部門の最有力候補となりそう。




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