見出し画像

「短編小説」告白をする者

大物政治家の暗部を探る公安捜査官の島津浩一は、フリーライターから情報を得た。 しかし、たまたま居合わせた女性警察官の利香とともに拉致されてしまう。 はたして、彼らの運命は……?

文字数(本文):約7766字 推定読書時間:12分

久しぶりの短編です。改名後、初作品となります!!
よろしくお願いします(o_ _)o


  


 
 「告白者が殺された?」

 嶋津浩一は目を見開きながら聞き返した。

 「ああ、そうだ。安川晋三郎の元支援者だ。政治的な思想に共感していたらしいが、その人格を知って驚き、どうしても許せないと思って警察に相談したが、翌日に何者かに拉致された。そして、一週間後に丹沢の山中で動物に食い荒らされた死体が見つかった。遭難で片づけられたが、極秘情報によると銃で撃たれた痕があったらしい。それも有耶無耶にされた、ってわけさ」

 岡田保が苦々しそうな表情で説明する。彼はフリーのジャーナリストであり、様々な雑誌やサイトに硬派な記事を書いていた。政府への批判や財界の腐敗を指摘する内容が主で、人気はあるが敵も多い。

 「おまえ、それを記事にするつもりなのか?」

 嶋津が訊くと岡田は首を振った。

 「今そんなことをしても、俺が潰されるだけだ。もっと証拠を掴みたい。だから協力してほしくて、相談に来た。あんたくらいしか頼れる相手はいないんだよ」

 岡田はそう言って嶋津を鋭い視線で見る。

 嶋津は公安警察に属する捜査官だ。岡田とは所轄にいる頃に知り合い、何度か同じ事件で出くわして話をするうちに意気投合した仲だ。もちろんマスコミ関係者だけに、警察の情報を闇雲に教えたりはしない。ただ、捜査対象者に揺さぶりをかけるためにブラフの情報を流してもらうなど、お互いに協力し合ってきた。それにしても……。

 「今回ばかりは、かなりヤバイ案件になるぞ。お互い覚悟をした方がいい」

 睨み返すようにしながら、嶋津が言う。

 安川晋三郎は与党民事党所属の代議士だ。48歳と政治家としては若手で、近々入閣も期待されている。

 「わかってるよ。たぶん俺も目をつけられた。下手をすれば命を狙われる。だから、あんたの所に来たんじゃないか。ここも用心に越したことはないけどね」





 区内の繁華街のはずれ、寂れた路地の奥にある2階建てマンションの一室だった。この部屋以外は空室だ。実は、嶋津の班が極秘に使っている。重要な証人や被害者を匿ったり、容疑者を尋問するためだ。

 「ここは俺たち公安の一部にしか、知られていない」

 それでも岡田は不安そうだ。

 「安川の配下には、腕の立つ始末屋がいるらしい」

 「始末屋?」

 「ああ。邪魔になったヤツ、暗部に気づいたヤツなんかを、闇で始末する」

 「それは聞いたことがある。もうそいつらがおまえを狙って動き出したというのか?」

 「その可能性は高いよ。しかも、その始末屋は、もしかしたら警察の中にいるんじゃないか、とも言われている」

 あり得ないとは言い切れない。安川に敵対する人物を探るには、警察、それも公安関係者が最適だからだ。また、安川の親しい議員には警察官僚出身者も多い。その伝手で利用できる人材を発掘したということは、十分考えられる。

 「告白者が丹沢の山中で遺体で発見された裏にも、その始末屋達が絡んでいるに違いない。俺に通じていたということは、たぶん掴まれている」

 「ふうむ」と呻る嶋津。とりあえず事の全容を知っておいた方が良い。そう思い質問を繰り出す。「相当なことなんだろうな、安川の暗部っていうのは?」

 岡田の表情には怒りと嫌悪感が表れた。

 「安川は人間じゃない。あんなヤツが政治家なんて、許せない」

 あまりにも激しい口調に、嶋津は息を呑んだ。そして先を促す。

 「安川の趣味は狩猟だ。で、これは極秘にもみ消されたが、ヤツは昔、誤って人を撃ち、死なせている」

 「なんだって? 本当か?」

 事実なら政治生命が終わるだけではない。相応の刑罰を受ける必要がある。

 「しかも、それだけじゃないんだ。その事件を機に、ヤツは危ない嗜好を持つようになったらしい」

 「危ない嗜好?」






 「マン・ハンティング。つまり、人狩りだよ。人を撃つことに快感を覚えるようになった安川は、始末屋に邪魔な人間を拉致させ、どこかで獲物にして撃ち殺している、という話だ。最近では我慢が効かなくなり、ホームレスやいなくなっても怪しく思われない裏社会の人間なんかもさらっているらしい」

 「そんなことを……」

 それは、確かに人のやることではない。

 「安川を調べていた東横新聞政治担当記者が、そのことに気づいた。俺に話を持ってきた元支援者と協力して糾弾しようとしたらしいが、行方不明になった後に遺体で発見された。これも丹沢山系に連なる場所で、崖から落ちたと言われている。しかし、やっぱり銃痕はあったんだよ。地元の警察官が見ている。だが、解剖にまわされることなく処理された。おそらくこんな事は、まだたくさんあるんだろう」

 背筋が凍るような思いがする。それとともに、怒りも湧いた。

 許すことはできない……。

 そんな時、嶋津のスマホが鳴った。個人用ではなく、所属する班の物で、これで連絡をとり合う相手は公安捜査官だけだ。受信し「はい」と端的に応える。 

「高松だ」

 相手も端的に言った。意外な人物だったので「え?」と訊き返す。

 高松要次。嶋津の先輩で、今は別の班にいる。

 「手短に言おう。今おまえが保護している人物と接触したい。安川晋三郎を調べているんだろう? 実はうちの班が同じようにヤツを調べている。協力できるならこちらにとっても朗報だ」

 「ちょっと待ってください」

 そう言って保留にし、岡田を見る。そのままを説明し「どうする?」と訊いた。

 「信用できるのか、その高松という男は?」

 怪訝な表情になる岡田。





 「昔同じ班だった頃は、お互いに信用しながら仕事はしていた。3年ほど前だ。ただ、公安捜査官というのはチームでありながらも一匹狼に近い面もある。全てわかり合っていたとは言えない」

 「じゃあ、即答はできない」

 「わかった」と言って再びスマホに向かう。「少し検討させてください」

 「いいだろう。ところで、またあの場所を使っているんだな?」

 「それも言えませんよ」

 苦笑しながら、通話を切った。

 ふう、と息を吐く。こういう状況だと、電話1つでも緊張する。それがとけないうちに……。

 ドンドンドン、と玄関のドアが激しくノックされた。

 身構える嶋津。岡田が脅えるような顔で立ち上がった。

 「居留守を使う。静かにしていろ」

 嶋津が指示した。だが、不穏な空気は消えない。こんな場所を尋ねてくる相手などそうはいないはずだ。しかもこのタイミングで……。

 次は窓ガラスが突然割られた。

 ガシャーンという音が響き渡る。

 くそっ! 

 警棒を取り出した。銃は携帯していない。無理にでも持ってくるべきだった、と後悔する。

 サッシが開かれ、窓から男達が3人なだれ込んできた。みな銃を持っている。

 玄関も破られた。そして現れたのは……。

 「高松さんっ!」

 直前に電話で話した相手だ。

 「ふふ」と冷酷そうな表情で嗤う高松。「告白するよ。俺が安川先生の始末屋さ」

 「まさかあんたが、そんなに落ちぶれたとはな」

 侮蔑の念を込めて吐き捨てる嶋津。

 「逆さ。俺はこれから上がっていく。安川先生のおかげでね。とりあえずおまえ達には、狩りの獲物になってもらうよ」

 嶋津と岡田は、男達にあっという間に取り押さえられてしまった。





  


 隠れ家のアパートから引き出された嶋津達は、大型のワンボックスカーの前へと連れて行かれた。  

 そもそも目立たないところを選んでいたので、人通りはない。悔しいが、連中も仕事がしやすいだろう。

 嶋津はそう思っていたのだが、意外にも声をかけられた。

 「ちょっと待ってください。何があったんですか?」

 若い女性だ。しかも、制服の警察官だった。

 チッと舌打ちが聞こえた。高松だろう。

 「話を聞かせていただきますよ」女性警察官が近づいてくる。そしてすぐに目を見張り息を呑んだ。

 高松と3人の男達が銃を持っているのを見たのだ。

 女性警察官の腰にも拳銃がある。だが、彼女は硬直して動けなかった。

 あたりを見るが、他に警官の姿はない。1人だったようだ。これでは戦力にならない。

 女性警察官は、銃ではなく無線を手にする。応援を呼ぼうとしたのだ。

 しかし、高松が素早く動いてその腕を掴み、無線をとりあげてしまう。

 「あっ、きゃぁっ!」 

 更に高松は、彼女の首を鷲掴みにすると強く締めつけ、そのまま体を持ち上げた。

 「く、苦しい。助けて……」

 辛そうな声が虚しく聞こえてくる。

 「やめろっ!」と嶋津が叫ぶ。

 「今は殺しはしない。この女も狩りの獲物になってもらう。こんなところに通りかかるとは、運が悪かったな、お嬢ちゃん」

 そう言うと、高松はグッと力を込めた。

 「あっ! ああ……」

 女性警察官の体から力が抜け、ぐったりとなった。失神したのだろう。

 高松と男達は、嶋津と岡田、そして女性警察官を手早く一番後ろの席に運び入れ、車を発進させた。

 「しばらくドライブだ。おまえ達にとっては人生最後のな」

 高松が残忍そうに嗤った。





 最後部座席の真ん中に嶋津は座らされていた。右に岡田。彼はさっきから窓の外を睨んでいる。逃げるチャンスを探しているようだが、今の状況では無理だ。

 左には女性警察官がいた。窓側に寄りかかり、失神したまま揺れている。

 サイズが体に合っていないのか、制服が少しだぼついていた。髪の毛はお団子にして後ろにまとめているが、所々跳ねている。度の強そうな銀縁メガネが今は少しずれていた。まだ若いが、おしゃれには気を遣わないタイプなのだろうか?

 いずれにしろ、あまり頼りになりそうではない。

これでは、圧倒的に不利だ……。

 どうすべきか思案する嶋津。向かっているのはたぶん丹沢山系のどこかだろう。これまでの被害者と同じように、山奥で狩りの標的にされるのだ。

 「うーん……」

 微かな声が聞こえた。女性が目を覚ましたようだ。

 「大丈夫か?」

 小さく声をかける嶋津。岡田もこちらを見た。

 「あっ?! けほっ、けほっ」

 少しむせた後、彼女は嶋津の方を向く。

 「俺は嶋津浩一。警察関係者だ。君は?」

 「き、北山利香……。港西署の地域課に所属しています」

 律儀に説明する利香。

 「ほう、利香ちゃんか」前の座席の高松が振り向きながら言った。「かわいそうになぁ、こんなことになって。これから狩りの獲物だよ。嶋津と岡田は猪、利香ちゃんはウサギ、っていうところかな?」

 「いったいどういうことですか?」

 脅えた表情で、誰にともなく訊く利香。

 「こいつら悪党に捕まったのさ、俺たちは。君はそれに巻き込まれた。すまないな」

 岡田が言った。嶋津も溜息混じりに頷く。

 「そんな……」

 蒼白となり息を呑む利香。慌てて制服を確かめるが、無線も銃もすでにとりあげられている。

 残るのは絶望だけだ。





  


 しばらく車に揺られた後、着いたのはやはり山中だった。

 森林を抜けると野原が開ける。その端にコテージふうの建物があった。車が3台停められていて、そのうちの1つ、もっとも高級なベンツの横に、猟銃を持つ男が立っている。

 近づくにつれ、その顔も認識できるようになった。間違いなく安川晋三郎だ。

 ワンボックスから男達が降りていく。エンジンは止まったが、キーはダッシュボードの上に置きっぱなしだ。

 島津はそれらを確認すると、岡田と利香に小声で端的に指示を出した。

 「俺が連中を引きつけて時間を稼ぐ。その隙にこの車を奪え」

 岡田は表情を強ばらせたが頷いた。利香は息を呑む。

 「さあ、おまえらも降りろ」

 高松が中央のシートを倒しながら命令してくる。

 島津は素早く動き、高松の前に飛び降りるようにした。そして安川に向けて大声で話しかける。

 「安川先生、俺は利用価値があるぜ。こんなヤツよりずっとな」

 高松を顎で示しながら言う。

 「とち狂ったか?」

 ギロリと睨んでくる高松。島津はそれを無視し、安川に話し続ける。

 「あんたの政敵、維新党の大島慎二代議士は、俺を気に入ってくれている。いろいろと協力し合っているんだ。だから、彼の情報はたっぷり持ってるぜ。あんた、欲しいんじゃないか、あいつの弱みとか。それに、俺が行方不明になれば大島代議士はあんたを疑うだろう。それとなく話をしておいたからな。俺を殺すのは損ばかりだぜ。高松を捨てて俺を雇え。そうすれば、あんたにいい思いをさせてやる」

 もちろんはったりだ。だが、もっともらしく見せるために、自信ありげな笑みをうかべた。





 「ふざけたことを言うなよ」

 高松が銃を手ににじり寄ってくる。

 島津は、それを鼻で嗤うようにして他の男達に向けても声をかけた。

 「おまえ達も、この高松と組むより俺と一緒の方がいいんじゃないか? こんな傲慢なヤツ、気に入らないだろう?」

 男達も島津を睨んでいる。あきらかに、連中の気をこちらに向けさせることに成功した。

 頼むぞ、岡田――。

 「島津君、と言ったかな?」安川が面白そうな表情をしながら声をかけてきた「なかなかしたたかな男だ。狩りの獲物としても丁度いい」

 ギラリと目を光らせる安川。

 「国民のためと言いながら、陰でマン・ハンティングか?」

 「ふふ、遊びだよ、遊び。国会は肩が凝るんでね。遊びが必要なのさ」

 不遜な態度で安川がそう言ったとき、突然車のエンジン音が大きく鳴り響き、先程乗せられてきたワンボックスカーが勢いよく走り出した。岡田が成功したのだ。

 「くそっ!」と高松やその仲間達が銃を手にワンボックスを見る。

 運転席の岡田は悲壮な表情だ。

 車は一旦野原の方に猛スピードで向かって行ったかと思うと、Uターンしてこちらに戻ってくる。高松達を本気で轢いてしまおうとしているようだ。

 慌てて避ける男達。高松も受け身をとるようにして転がった。

 一旦車が停まる。

 「島津、今だっ! 来いっ!」

 岡田が叫んだ。言われるまま駆け寄る島津。利香がサイドのドアを開けてくれた。

 島津が飛び乗ると、車は再び猛スピードで走り出す。





 「よしっ! 突っ走れ」

 島津が声をあげた。見ると、岡田は前方を凝視しながらハンドルを握っている。山道だし狭い。必死さが伝わってくる。

 利香は後部座席に戻り、脅えたように端に身を寄せて後ろを見ていた。

 その視線を追うと、高松達が乗る車が数台追いかけて来るのがわかる。助手席から身を乗り出した男達が、銃を構えていた。

 まだ危機は去っていない。むしろ高まったと言えるかもしれない。

 ビシッと音がして、サイドミラーが破壊された。撃たれたのだ。そして、後部ウインドウにも次々に銃撃がきた。

 「うわっ!」と岡田が叫んだ。左の肩に被弾したらしい。車が激しく蛇行する。

 まずいっ!

 島津は慌てて運転席に身を乗り出すが、遅かった。

 ガツンッ! 

 激しい音がして、車がバウンドする。次の瞬間、島津の体はまるで洗濯機に入れられたかのように転げまわる。そして頭を何かにぶつけ、一瞬気が遠くなった。

 ワンボックスカーは横転し、更にひっくり返っていた。

 島津は全身に痛みを感じながらも、なんとか岡田の元へ行く。

 「まずいな。やられちまった」

 岡田が舌打ちする。2人して割れたウインドウから這い出した。

 利香は?

 彼女の姿が見えなかった。視線を巡らせる島津。そこへ、数台の車が走り寄ってきて停まる。

 高松が怒りと憎しみの目をしながら降りてくる。

 少し離れたところにはベンツ。安川も降り立ってこちらを見ていた。





  


 これまでか……。

 島津と岡田は悔しそうな顔をしながら高松を睨みつけた。

 他の男達が駆け寄ってくる。

 その時……。

 何かが風を切るような音が、微かに聞こえた。次の瞬間、島津達に近づいてきていた男達が、バタバタと倒れる。

 え? 

 驚いて見ると、彼らの胸に細いナイフのような物が突き刺さっていた。

 「まさか……」

 岡田が息を呑みながら、おそらくナイフが飛んできたと思われる方を向く。島津もつられて見た。

 そこには、黒いライダースーツを身につけた、見事なプロポーションの女性が立っていた。セミロングの黒髪が風になびいている。

 足下には警察官の制服が……。

 あれは、利香? 

 ハッとなる島津。下にあんな物を着込んでいたから、だぶついていたのだ。そして、髪を下ろし眼鏡を外したその顔は、別人のように美しい。

 「噂があった」岡田が呟く。「安川の狩りの被害者遺族が、復讐を依頼したらしい、と。相手はトムという一流の情報屋。そして、トムが組織化した悪党だけをターゲットにする暗殺者集団で、近年噂の女性暗殺者が……」

 「知っている。俺もあくまで噂で聞いただけだが、漆黒の華と呼ばれる美貌の女性暗殺者……」

 島津と岡田が呆然としたような表情で状況を見守る。

 「貴様……!」

 高松が銃を手に、女性を睨みつける。

 「告白します」女性がフッと笑みをうかべながら言った。「私は暗殺者、エリカ。ターゲットは、安川晋三郎」





 「くそっ!」

 高松が銃を撃った。エリカは素早く地面を転がると、連中が乗ってきた車のうち一台の陰に身を隠す。微かにドアを開閉する音が聞こえた。乗り込んだのか?

 「早く始末しろっ!」

 安川の怒号が聞こえる。

 高松は、銃を手にエリカが隠れた車に向かう。だが、何かを感じとり立ち止まった。そして、車の後部座席に向かって何発も銃撃する。

 弾切れし銃を下ろす高松。そしておもむろに車に近づき、後部座席のドアを開ける。しかし、誰もいなかった。

 次の瞬間、車のボンネットを跳び超えるようにして、エリカが姿を現す。手にはナイフ。それを高松に向けようとしたが……。

 高松は振り向きざま、空になった銃をエリカに投げつけた。おそらくこうなることを想定していたのだ。ヤツは機動隊員としても優秀だった。戦闘に慣れている。

 「あっ!?」

 腹部に銃が当たり、エリカが怯む。更に、素早く動いた高松に右手を捻り上げられ、ナイフを落としてしまう。

 高松は右手で彼女の首を掴む。

 「あうぅ……」

 目を見開き驚愕するエリカ。その表情が、次第に怯えと苦痛に染められていく。

 「この小娘がっ!」

 力をこめてエリカの首を締めつける高松。彼女の体が軽々と持ち上げられる。

 だが……。

 エリカは首を絞められながらも、大きく頭を振った。セミロングの髪が勢いよくなびき、高松の目をかすめる。

 「うぐっ!」と呻いて一瞬力がゆるむ高松。

 エリカはその隙を見逃さず、彼の顎を膝で蹴り上げた。掴まれていた右腕と首が離れる。着地した彼女は、一瞬でナイフを拾うと、くるりと回転しながら高松の胸に突き刺す。

 心臓を貫かれ、高松はその場に崩れ落ちた。





 「う、うわぁ……」

 情けない声――安川だ。オドオドと後退ったかと思うと、後ろを向いて逃げ出した。

 エリカはゆっくりと振り向きナイフを構え、華麗なフォームで放つ。

 宙を飛んだナイフが、安川の背中、丁度心臓の裏側に突き刺さった。

 「あがぁっ!!」

 安川の足が止まり、その場に膝立ちとなる。

 エリカは彼に歩み寄ると、肩に手をかけ、背中のナイフを抜いた。

 「狩られる側の気分はどう、先生?」

 そう言って微笑むと、彼女は安川の延髄をナイフで破壊した。そして「遊びも程々に、ね……」と耳元で囁く。

 骸となった安川がその場に倒れた。

 「この車、下まで借りるわね」

 安川のベンツまで歩み寄り、振り向くエリカ。微笑みながらこちらを見ている。 

 「スリルがあって楽しかったわ、島津さん、岡田さん。あなた達みたいな人、けっこう格好いいわよ」

 ウインクをしてベンツに乗り込むと、彼女はあっという間に走り去って行った。

 「助かったんだな、俺達。しかし、すごい場面を見ちまったな……」

 呆然としながら岡田が言う。島津は何も応えられなかった。

 あれが漆黒の華、エリカか……。

 また、どこかで会うことができるだろうか?

 そんな期待を込めながら、島津は彼女が去っていった方をいつまでも見つめていた。

                                     Fin 

この記事が参加している募集

私の作品紹介

お読みいただきありがとうございます。 サポートをいただけた場合は、もっと良い物を書けるよう研鑽するために使わせていただきます。