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「短編小説」Crow's egg

20××年ヨコハマ。 犯罪組織により絶体絶命となった刑事ランス。 そしてその相棒のアイリス。 2人に数奇な出来事が……。

本文文字数:約7513文字 読書時間目安:12分

☆  ☆  ☆  ☆  ☆

  


 くそっ、ここまでか……。

 廃墟ビルの一室で、ランス・イシモリは悔しそうに顔を顰めた。

 体から力が抜けていくのがわかる。同時に血液もドクドクと流れ出ていく。

 「さすがのタフガイ刑事デカもここまでのようだな、ランス」

 あざ笑うかのような声。ドン・オガワ・ゲインズ――通称人食いカニバル・ゲインズが憎々しげな笑みを浮かべていた。

 そのまわりには銃を持つ男が5人。ヤツの部下だ。先ほど彼らにより、ランスは腹部と右大腿部を撃たれた。

 「どうする、ランス? 『あんたは最高だ』って言えばすぐに楽にしてやるぜ?」

 勝ち誇ったかのように見下ろしてくるゲインズ。

 ランスは下からその顔を睨みつけた。そして……。

 「てめえは最低のゲス野郎だ……」

 ゲインズの口元がピクリと痙攣した。顎で部下達に指示する。

 銃声がいくつも響き渡った。ランスの全身に何発もの弾丸が撃ち込まれる。

 意識は粉々に弾け飛んだ。ボロボロになったランスの体が廃墟ビルのフロアにドサリと倒れ込む。

 「馬鹿なヤツだ」吐き捨てるように言うゲインズ。「一番嫌いなタイプだよ。正義漢ぶりやがって。その末路がこれだ」

 ランスに唾を吐きかけると、ゲインズは部下達を見た。

 「死体はどうします?」と1人が訊く。

 「放っておけ。廃ビルにボロ雑巾みたいに捨てられているこのザマを見れば、他の刑事達にも良い見せしめになるだろう」

 言い残し歩き出すゲインズ。部下達が後を追った。




 ランスの意識の欠片が、何かの気配を感じとった。

 なんだ……。俺は死んだはずじゃあ?

 体は動かない。視力もほとんど失われている。ただ、なぜか状況がわかった。

 そっと、誰かが入り込んで来る。

 ……?

 呼吸は途切れがちだが、息を呑むような感覚になった。

 そこに、若く魅力的な女性が立っていたのだ。しかも、全裸で……。

 女性はランスに近づくと、ゆっくりと腰を下ろし、そして横に寝転んだ。さらに、彼に抱きついてくる。

 柔らかく、温かい体にランスは吐息を漏らす。

 死ぬ間際の夢なのか? 神様が最後に粋なプレゼントをくれたってわけか?

 フッと笑った。死への恐怖はもうない。女性の体を抱きしめかえす。濡れた唇が重なり合った。

 ランスと女性は、廃墟ビルの壊れた窓から差し込む月明かりの中で、お互いを激しく求め合った。




 ……しばらく後、その部屋から女性が歩き去って行った。

 ビルの陰にかがみ込むと、全身を大きく震わせる。

 次の瞬間、彼女の体は消えた。

 小さな卵が一つ落ちているだけだ――。

 カラスが一羽、飛びたっていった。

 

 2


 ヨコハマ市警City Police第7分署に急報が入った。

 組織犯罪対策課第1係長とその部下、つまり同僚達が確認し合っている。

 会話の中にランスという名が混じっていた。アイリス・フブキは書類作成のために使っていたタブレットを叩きつけるように置くと、彼らの元へ駆けよる。

 「ランスの行方がわかったんですか?」

 係長を見据えるアイリス。

 そんな彼女を見て、同僚達が一瞬目を伏せた。

 「まだはっきりとはしていないが、元本牧ふ頭近くの廃墟ビル街で彼を見かけたという者がいる。ゲインズとその部下達を追っていたらしい」

 身支度をしながら係長が言った。

 絶望的な思いに囚われるアイリス。あの一帯はヨコハマの中でもスラム化が急激に進んでいる。ドラッグ・ビジネスで裏社会に勢力を築き始めたゲインズの組織の根城があるのも、その辺りだ。

 20××年。横浜がヨコハマと表記されるようになってから、この都市が二分化する速度は増した。富裕層と貧困層がはっきりと分かれ、前者は都市中心部に集中する。カビが広がるようにその周辺にスラム街が増え、犯罪も頻発し、それを組織化して行う者達も目立ち始めた。カナガワ県警とは別に、ヨコハマシティ内の犯罪に対処する部署が必要となった。アイリスと、そしてランスも所属するこの第7分署はその一つだ。





 係長と部下達が動き出す。現地へ向かうつもりだ。

 「私も行きます」

 アイリスは当たり前のようについて行く。

 「激しい銃声を聞いたという者もいるらしい。酷い状況に直面するかも知れないぞ?」

 「私も刑事の端くれです。覚悟はできています」

 頷いて足を速める。係長と同じ車両に乗り込んだ。

 彼女とランスはたまに組んで捜査をしていた。彼の正義感と、それに起因する無鉄砲さもよく知っている。

 今回も、彼はまわりが止めるのを振り切るように、単独で事件を追っていた。

 地域にあるハイスクールまでドラッグのマーケットに入れようとしたゲインズが、対策を強化しようとした教師のグループを脅し、数名を殺害して見せしめにした。

 ハイスクール校舎の壁面に死体をはりつけにしたのだ。

 証拠は隠蔽されている。また、今の時代、ビジネスセンスに長けた弁護士や汚職にまみれた警察関係者も多く、捜査は暗礁に乗り上げた。

 結局、借金まみれになっていた男が犯人として名乗り出て終わった。そいつはゲインズが束ねる闇金の顧客だった。そして、獄中で不審死を遂げた。

 地道に証拠を掴みいずれ逮捕する。それまで我慢するんだ――係長の方針だったが、ランスは断固拒んだ。単独でゲインズに対する捜査を続けていたのだ。




 今日は、ゲインズの組織が近く大がかりな取引をするらしいという情報を掴み、1人でその裏付け捜査に向かっていたが、連絡が途絶えた。しかもその後、ある情報屋から、それがランスをおびき出すための罠だということがわかった。

 状況から言って、無事でいるとは思えない。アイリスの胸が痛む。

 現地に着いた。刑事達は皆、念のため銃を携帯している。それを手に廃ビルに入り込んでいく。

 うっ――!

 銃声が聞こえたという部屋に入ったアイリスは、目を見張った。

 フロアが真っ赤に染まっている。おそらく血だ。

 係長や他の者達も顔を顰めた。そして鑑識を呼ぶ。

 まわりの状況も確認していく。

 ランスの姿がどこにもない。ゲインズやその一味もいない。

 あれはいったい誰の血なのか?

 不穏な思いに囚われながら、ビルの外をまわるアイリス。ふと、ある物に目がとまった。

 崩れた壁面の角に、卵があったのだ。鶏の物よりちょっと小さめに見える。

 なぜこんな所に?

 触ってみると、まだ産み落とされたばかりのように温かい。

 その時、頭上でカラスが鳴いた。

 え? 

 驚き視線を向けると、一羽のカラスが隣のビルの屋上からこちらを見下ろしている。目が合った。何かを訴えかけているような気がした。

 鑑識の車が到着したので一瞬そちらを見て視線を戻した時には、すでにそのカラスは飛びたっていた。


  


 第7分署の鑑識係に行くと、アイリスは端の席にいるジェイク・ヤノと目を合わせた。

 「やあ、アイリス。ランスは気の毒だったね」

 沈痛な面持ちのジェイク。彼もランスとは仲が良かった。

 「まだ遺体は見つかっていないわ」

 「しかし……」

 ジェイクが首を振った。希望を持てる状況でないことはわかっている。あのフロアに流れていた多量の血液が、ランスのものである事が確認されたのだ。

 「それより……」

 無理矢理話題を変えた。ランスのことはまだ現実として受け止めたくはない。それに、気になることがあったのだ。

 「どうしたの?」

 怪訝な顔をするジェイク。

 「これなんだけど……」

 アイリスは卵を取り出した。あのビル横で拾った物を持ち帰っていたのだ。

 「それ、何の卵だい?」

 「たぶん、カラスだと思う」

 拾った時の状況を説明した。ジェイクはますます顔を顰める。

 「何が気になったんだい? 野生のカラスが産み落としていっただけじゃないの?」

 「うん。そうなんだけど、でもちょっと……」

 アイリスは思い出す。あれは、数週間前のことだった。




 ランスと捜査をしていた時だ。合間に一緒に食事をとった。といっても適当に買ってきたパンを寂れた公園で食べただけだが。

 そこで、一羽のカラスがゴミ置き場の網に足を絡ませて動けなくなっているのを見つけた。

 ランスはそのカラスを網から外し助けた。そして、残っていたパンを分けてあげた。

 「へえ、優しいとこあるんだね、あなたにも」

 正義感の強さが厳しさとなりがちで、まわりから怖がられることが多かったランス。その意外な一面を見た気がした。

 「カラスの方が人間よりずっと純粋だろう? 俺は悪いヤツ以外には優しいのさ」

 「私にはあまり優しくないよね? 悪いヤツだってこと?」

 いたずらっぽく訊くと、ランスは慌てていた。

 「何言ってんだ。アイリスがいいヤツだって事は知ってるさ。同僚らしく接しているだけだ」

 そう言いながら、少し照れているような彼が面白かった。

 ランスはそのカラスの体を確かめ、ケガがないことを確認すると、放してやった。

 「おまえみたいに自由に空を飛べたらいいなぁ。それに、そんな鋭い爪があったら心強いよ」

 ランスはカラスに手を振った。

 飛びたってから気づいたのだが、公園近くにはスラム街で野生化したハクビシンがたむろしていた。ランスが助けなければ、たぶんあのカラスは食われていただろう。




 「まさか、そのカラスが産んだ卵だっていうのかい?」

 話し終えた途端にジェイクが笑った。

 「うーん、そうじゃないとは思うんだけど、でも気になって……」

 ランスが消えた場所、多量の血液、その場にあった卵、そして飛びたったカラス……どうしても何かがひっかかる。これは説明しがたい感覚だった。

 「で、これを僕にどうしろと?」

 「わからないから相談に来たのよ。私が持って帰るのも変だし……」

 ふうむ、とジェイクはしばし考え込んだ。そして、よしとばかり手を打つ。

 「じゃあとりあえず、こうしておこう」

 布巾を数枚持ってきてテーブルに敷くジェイク。その上に卵を乗せた。更に、スタンドライトをつけると、光を向ける。

 「なにそれ? まさか、孵化させようとでも?」

 「それもいいね。本当にカラスが生まれてくるのかどうか確かめようか? このライトは太陽光に近い紫外線を放つから、可能かも知れないよ」

 そう言って笑うジェイクに微笑み返すアイリス。その間だけでも、ランスを失ったかも知れない不安を忘れられた。

 それに……。

 この卵が生きているのであれば、ランスも無事ではないか?

 そんな妙な感覚が胸に灯ったのも確かだった。


  


 分署からの帰り道、アイリスは何者かにつけられているような気がした。

 月明かりがあるとはいえ深夜近い。また、途中スラムの側《そば》を通る。勤務が終われば銃は戻すので、携帯していない。

 本当に尾行されているのかどうか、確かめた方がいいだろう。

 そう思い、いつもと道順を変える。すると……。

 斜め前の路地へ、見知った人物が入り込んで行った。

 ランス?!

 思わず駆け出すアイリス。

 路地へと向かうと、ずっと先にランスの後ろ姿が見えた。

 「ランス、待ってっ!」

 後を追うアイリス。

 だが……。

 横から何者かが襲いかかってきた。彼女を羽交い締めにしようとする。

 とっさにかわし、横蹴りを放つ。

 しかし、避けられた。男だ。体格もいい。荒事に慣れていそうだ。

 「誰? なぜ私を?」

 問い詰めるが、当然のように何も応えない。更に後ろから別の男が現れ、掴みかかってくる。

 サッと身を翻すと、アイリスは前蹴りを男のみぞおちに突き刺すようにする。

 怯んで後退る男。

 もう1人が殴りかかってきたが、巧みに躱して膝に蹴りを入れてやった。

 その男も呻き声をあげて屈み込む。

 この隙に逃げるか、あるいは更に攻撃を加えて逮捕すべきか?

 一瞬考えたが、それを乱すかのように拍手の音が聞こえた。

 振り返ると、そこには意外な男が……。




 「さすがだな、アイリス・フブキ刑事」

 ゲインズだった。彼の後ろには屈強そうな男が3人立っている。しかも、皆銃を持っていた。

 うっ!

 銃口を向けられ、怯むアイリス。

 「これにつられてきたんだろう?」

 ゲインズが懐中電灯のような物を取り出した。スイッチを入れると、数メートル先に男性の映像が映る。ホログラム。その姿はランスだ。

 罠! 私をおびき寄せるために……。

 「何のつもり?」

 厳しい視線でゲインズを睨む。

 「ランスといい、君といい、真面目で正義感の強い警察官がまだこの辺りにいるのが目障りでね。特に第7分署はそうだ。だから、君にはちょっとした役割を担って貰うよ。見せしめ、っていう役割をね」

 残忍な笑みを浮かべるゲインズ。

 「なんですって?!」

 再度身構えるが、後ろから先ほどの男2人が腕を掴んだ。更に首にも手をまわしてくる。

 「は、放してっ!」

 叫び声をあげるアイリス。

 ゲインズは拳を握りしめると、思いきりアイリスのみぞおちに叩き込んだ。

 「あうっ!」

 激しい衝撃を受け、全身から力が抜ける。次の瞬間、後ろの男が強く頸動脈を絞めつけてきた。

 アイリスはあっという間に気を失い、グッタリとしてしまった。

 「運べ」というゲインズの声が闇に低く響く。

 その一部始終を、空から一羽のカラスが見ていた。

  



 第7分署鑑識係では、今日の当直であるジェイクが珈琲をいれていた。

 室内には彼1人だが、好きなアイドルの曲がかかっているので寂しさはない。

 ふと、曲の合間に何かが揺れるような、カタカタとした音が聞こえてきた。

 「なんだ?」

 怪訝な顔になり、音の原因を探すジェイク。

 卵だ――。

 アイリスが持ってきた、カラスの卵。それが今、揺れている。しかも、小さいながらも力強く、デスクまで震わせているのだ。

 「どうしたんだ、これ?」

 驚き駆けよる。すると、卵の奥から何かが光を放ち始める。更に、みるみるうちに大きさを増していった。

 ゴクリ、とつばを飲み込むジェイク。

 これは、ただの卵じゃない……。

 どうすればいいのか迷うが、答えは出せなかった。ただ見ていることしかできない。

 すると、膨れあがった卵が破裂した。煙幕のようなもので室内が染められる。

 うわっ!

 慌てて目の前の煙を振り払おうとする。ようやく開けた視界の先には、全裸の男が立っていた。後ろ姿だが、背中の筋肉が逞しく際立っている。

 「え? だ、誰?」

 目を見開き、かすれたような声で訊く。すると、男は振り返った。




 「ランスっ! ランスじゃないか。無事だったのか?」

 そう、そこに立っていたのはランスだった。

 彼の表情は険しかった。ジェイクを一瞥しただけで、すぐに走り出そうとする。

 「ちょっ、ちょっと待てよランス。何があったのか教えてくれ」

 「そんなヒマはない」

 絞り出すような声になっていた。

 「僕も一緒に行くから、話をしよう」

 「ダメだ。一緒には行けない」

 「まさか、裸で行くつもりか?」

 いったん止まるランス。素早く動き、鑑識課員達のロッカーへと駆けよった。鍵が閉まっているはずだが、軽々と開けてしまう。

 なんて力だ。どうなってるんだ?

 唖然とするジェイク。

 ランスは誰かが予備で置いていたらしいレザーパンツを取り出すとそれをはき、すぐに駆け出す。鑑識課のドアを力強く開けた。

 「待てったら、ランスっ!」

 追いかけるジェイク。

 ランスは聞く素振りも見せず、廊下の先の窓に体当たりし飛び出して行った。

 「なっ!? 何やってんだ、ここは3階だぞ」

 窓に駆けより外を見る。しかし、ランスの体は下にはなかった。

 え?

 キョロキョロと視線を巡らせる。

 その姿は、夜空に浮かんでいた。

 ランスの背中から大きく黒い羽が広がっている。彼はそれを羽ばたかせながら、猛スピードでどこかへ飛んでいった。

 


 6


 気がつくと、廃ビルの一室に寝かされていた。

 ハッとなり、慌てて立ち上がるアイリス。

 「お目覚めかい、お嬢ちゃん?」

 ゲインズが彼女を見下ろしながら声をかける。まわりには屈強そうな5人の男。

 くっ!

 身構えるアイリスだが、即座に男達に掴みかかられ、壁に押しつけられた。

 「は、放して。やめてっ!」

 叫ぶものの、男達はせせら笑うだけだ。

 「やれ」とゲインズが顎で指示を出す。

 1人がアイリスの腹部を殴りつけた。

 うぐっ!

 呻き、前のめりに倒れそうになる。髪の毛を掴まれ上体を起こされると、今度は両頬を張られた。

 「きゃあぁっ!」

 壁に背中からぶつかる。更に別の男が手を伸ばし彼女の首を掴んだ。そして締めあげる。

 く、苦しい……。

 息ができず、目の前が真っ白になりかけた時、ふっと手を放された。

 その場に崩れ落ち「けほっ、けほっ」と噎《む》せてしまう。

 「裸にひん剥け。刑事にしとくのはもったいないほどいい女だ。食い尽くせ」

 ゲインズが残忍そうな顔で嗤いながら言った。それに従い、男達が迫ってくる。

 「い、いや、いや、いやぁ……」

 逃げ場のないアイリスは怯え、ただ首を振ることしかできない。




 その時……。

 ドガァ! と音が響いて、廃ビルの壁が一部崩れ落ちた。

 「なんだっ?!」

 男達が驚愕しながら目を見張る。

 しばし砂埃がたちこめ、それが消えると、レザーパンツに上半身裸の男が仁王立ちしていた。

 「ランスっ!」

 驚き、声をあげるアイリス。

 「馬鹿な。確かに殺したはずだ」

 男達も驚愕していた。その向こうで、ゲインズも呆然とした顔で立っている。

 「ゲインズ、何度でも言ってやる。おまえは最低のゲス野郎だ」

 ランスの声は、地の底から響いてくるかのようだった。

 「何してる? 殺せ、今度こそ殺せっ!」

 ゲインズの叫ぶような指示により、男達が銃を取り出す。

 すると、ランスの背中から漆黒の羽が飛び出した。それを羽ばたかせると、彼の体は宙に浮き、素早く移動する。

 「何だと?」

 「ば、化け物っ!」

 戸惑いと怯えの混じった怒号が飛び交う。

 銃声も響くが、どれもランスには当たらない。

 彼は空中で腕を翻す。すると、その指先に、ナイフのように鋭い爪が現れた。

 必死に銃撃を続ける男達の合間を縫うように、ランスは飛びまわる。彼がいったんフロアに降り立つと同時に、男達の首筋から血飛沫が舞った。

 彼は宙を素早く飛びながら、鋭い爪で男達を斬り裂いていたのだ。

 ぎゃあぁぁっ! 

 断末魔を響かせながら倒れる男達。残ったのはゲインズ1人だ。




 「ま、待て、ランス。すげえじゃねえか。俺と組めば天下を取れるぜ。とりあえず金は好きなだけやるから、ちょっと待て」

 後じさりながら訴えかけてくるゲインズ。

 「おまえがこれから組むのは、地獄の亡者達だよ」

 そう言い捨てると、ランスの爪がまるで槍のように伸びた。ゲインズの心臓を刺し貫く。

 がふっ、と血を吐き出しながら、次期暗黒街の帝王と呼ばれた男は息絶えた。

 「ランス……」震える声で彼を呼ぶアイリス。「いったいこれは……」

 目の前の出来事が信じられない。夢なのか……。

 「俺にもわからない。何があったのか。ただ……」

 彼が視線をアイリスに向ける。その瞳はこれまで同様澄んでいた。間違いなく、あの正義感の強いランスの目だ。

 「新しい命と強い力を授かった。どうすればいいんだ?」

 しばし沈黙し、見つめ合う2人。

 月明かりを感じ、アイリスはようやく彼に近づく。その腕にそっと触れた。

 「ゆっくり考えましょう。これからのことは」

 ランスが頷く。そして2人、歩き出す。

 ビルの上から、一羽のカラスが見守っていた。

                          Fin

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