【小説】 こいコーヒー(後編)

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【小説】 こいコーヒー(中編)|東野京 (note.com)


ゆりなさんとの連絡はある日突然途絶えてしまった。
特に何かしらのきっかけが有ったかというと、身に覚えがない。

何度か出掛けたりしたが、直近の際も特に変わった様子はなかった。
喧嘩や言い争いの類は出会ってから一度も発生したことがない。

メッセージアプリでのやり取りも、特におかしな様子はなかった。
しかし、突如としてゆりなさんからの返信が途切れたという状態だ。

最後に私が送信したメッセージは既読となっている。
しかし、それに対しての返信がこないまま数日の時が流れた。

意を決して再度メッセージを送信してみたが、追撃分のメッセージが既読になることはなかった。


自分が何かゆりなさんの機嫌を損ねるようなことをしてしまったのだろうか。
何か、自分にはもう会いたくないと思わせてしまったのだろうか。
思い当たる節がないのがかえって辛い。

ゆりなさんのことを忘れらないまま、私は茫然と過ごし続けた。
休みの日には彼女と出掛けた地に足を運ぶ日々が続いた。

どこに行ってもゆりなさんと遭遇することはなかったし、足を運ぶたびにこれまでのデートが蘇って胸を締め付けるような思いが溢れるばかりだった。


どう考えても脈がないことは明白であり、彼女のことを忘れるべきなのだろう。
頭では理解しつつも、心がそれを拒否している。

ゆりなさんのことを忘れたくないし、諦めたくない。
会えない間にも彼女への思いが増し続けていることを感じる。

当初から彼女のことが気になっていることは確かだったが、思えば思うほどその気持ちが膨らんでいくことを感じている。
理性よりも感情が優位にはたらいていることを強く感じている。

彼女に会えない、連絡も来ないという日々が続き、私は気が狂いそうだった。
それほどまでに彼女に恋してしまっていて、この気持ちはどうにも抑えられないほど私の中で存在を増してしまっているのだった。


ある日のことだった。
スマートフォンに一件の通知が灯っていた。

メッセージアプリの新規メッセージを告げる通知だったが、
おそらくゆりなさんからではないだろう。

そう思いつつも食い入るようにスマートフォンを見つめ、すぐにメッセージアプリを立ち上げる。

送信主は彼女であり、彼女でなかった。

「ゆりなの母です。生前彼女がお世話になりました。ゆりなは闘病の末、この世を去りました。貴方には特にお世話になったと聞いています。ゆりなは最期の時も貴方のことを気にかけていました」

突然の連絡、予想外の内容に衝撃を受けた。頭を鈍器で殴られたかのような衝撃だ。

私は単純にフラれたのだとばかり思っていた。その方が良かった。
メッセージを読む限り、ゆりなさんはもうこの世にいないということになる。

「ご連絡いただき、ありがとうございます。最後に一目ゆりなさんの姿を拝見することは可能でしょうか」

頭がいっぱいでどのように返信すべきかも分からないまま、何とか絞り出したメッセージを送信する。
会ってもどうすることもできないが、一目その姿を見たいという気持ちが抑えられなかった。

そもそも質の悪い冗談であってほしいという気持ちも拭えなかった。
ドッキリや湾曲した別れ話であってほしいという気持ちが強い。
自分が傍にいられなくても良いので、彼女には生きていてほしい。

「〇〇病院の××号室です。いつ移動してしまうか分かりません」
ゆりなさんの母を名乗る人物からの返信がすぐにきた。
内容を見た瞬間、私はすぐに動き出していた。


ゆりなさんの母を名乗る人物からのメッセージが来てから一時間もしないうちに私は告げられた病院を訪れていた。
病院がすぐ近くで本当に良かった。

まだ間に合うだろうかという焦りを滲ませながら、××号室へと急いで向かう。
エレベーターの到着が待ちきれず、階段を駆け上がった。

肩で息をしながら、××号室のドアを開ける。
そこには見覚えのある彼女と、見覚えのない女性がいた。

ベッドに横たわるゆりなさんとそのすぐ傍で彼女を見つめている女性。
この女性がメッセージをくれた主なのだろう。

「先程はご連絡をいただき、ありがとうございました。どうしても一目姿を見たいという一心で来てしまいました。不躾な振る舞いをお許しください」

「いえ、ありがとうございます。ゆりなも喜んでいると思います。良かったら顔を見てあげてください」

ベッドの上に横たわるゆりなさんは私と会っていた時よりもやせ細っていて、別人のようだった。

「ありがとうございます。連絡が途切れたのでずっと気にはなっていたのですが、病気だなんて知りませんでした」

「実はずっと闘病していて、幼いころから入退院を繰り返していたんです。普通の子と同じような経験をさせてあげられず、辛かったと思います。最近では一時退院の度に出かけることが多かったのですが、貴方が相手をしてくれていたのですね」

「たまたま知り合い、ゆりなさんと出掛ける機会が何回かありました。そんな状況とは知らなかったとはいえ、無理をさせてしまったのだったら申し訳ありません」

「いえ、貴方と出掛けるのが本当に楽しみだったのだと思います。最近はどんな検査も治療も前向きにこなすようになっていて、弱音も吐かなくなっていたんですよ」

そう告げるゆりなさんの母親の目には涙が浮かんでいる。
ゆりなさんの母の真面目な態度と動かないゆりなさんを見て、これがドッキリや冗談ではないことを改めて実感させられる。

私は泣けなかった。感情が追いついておらず、泣く準備が自分の中でできていなかった。
唐突に告げられた現実を受け入れられないまま、ただただ立ち尽くしていた。

「良かったらこれを」
そういってゆりなさんの母は一冊のノートを差し出した。
彼女のやりたいことリストだった。

「私なんかが受け取ってしまっても良いのでしょうか」

「はい、ゆりなも最期にそれを望んでいました」

本当にもらってしまってよいのかという思いはありながらも、それが彼女の遺志であるというのであれば断るべきではないだろう。

私はやりたいことリストを受け取り、病室を後にした。


後日、私はお通夜に参列し、ゆりなさんの母親にお墓の場所も教えてもらった。
驚くほど呆気なく進んでいき、最後まで泣けないままだった。

家に帰った私はやりたいことリストを開いた。
彼女と消込していった項目を見ると自然に涙が流れてきた。

やりたいことリストの後半は私と話した行きたい場所の羅列が続いている。

リストの末尾には殴り書きされたような一文が躍っている。
「貴方と一緒に過ごしたい」

気が付くと涙が止まらなくなっていた。
先延ばしにせず、もっと早く告白するべきだった。

最期のひと時まで、恋人として過ごさせてあげたかった。


私は休みの度にやりたいことリストの消化を進めている。
彼女の願いを全て叶えたいし、こうしているとゆりなさんと一緒に過ごしているような気分になるからだ。

時々ゆりなさんのお墓を訪れ、進捗状況を報告している。

「私が死ぬまで一緒にいようね」
やりたいことリストに向かって語りかけるが、当然返事はない。

「今日は何をしようかな」
晴れ渡る空を見上げ、私は歩き出した。

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