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【発達障害精神疾患持ちが1年ひとり暮らしをした結果】

昨年の今日、2022年12月3日。ひとり暮らしを始めた優花です。こんにちは。


今日は私の凄い日になりました。
昨年の今日にひとり暮らしをずっと住んでいた京都の田舎から、難波付近の大都会に居住を移動しました。

めっちゃドキドキしていたのを覚えています。

障害の特性と言ったら言い訳になるかもですが、私は引越し準備を何一つしていません。

親が不動産屋に予約してくれたり、家電等必要な物のリストアップや購入、全て親任せの私でした。

ってかそれどころじゃなかった。

ドキドキが勝ちすぎていて、パンパンな風船な状態。
何か親がひとり暮らししについて言ったものなら精神崩壊をする寸前でした。
正直いまじゃなかった。
…でもいまだった。

それは5080問題って皆さん知ってますでしょうか?
何かしら欠損のある大人がずっと高齢の両親に扶養してもらうっていう現在の日本の問題になっているトピックです。

私はそうなりそうだったんです。
父は2022年で還暦を迎え、定年退職をしました。
年金も貰えないのに、会社の規定から追い出されました。

そんな中色々な工面をその当時28歳の私はずっとは受けてはならないと思ったんです。危機感っていうのかな。

だから全然だめでも出ていかなきゃと思って家を半ば強引に出ていきました。

私は普段親に甘えまくってずっとお笑いライブを仕事終わりに毎日行って、深夜に帰ってそして仕事に朝出ていく生活をしていました。

でもそれが出来るのってライフラインや近辺整理を親がやってくれていたからでした。

だから噓も方便と言いますか、今は行けるんだけど家事や色々自分の事を自分でやる為の体力を残す為に難波近くに住んでいながらライブも減りました。
もちろん最初は嬉しくてバカ程行っていてbarにも足繫く通いました。
でもだんだんそれが自分の中でしんどくなるって分かって、敢えて知ってるけど、教えてもらったけど行かないという選択肢を作ったりなんかしている今日この頃の私です。

前段階は一旦置いておいて、本当に実家は便利です。
でもそれに私の年齢がまだ若かったら良いのですが情けない。
だからとりあえず出ていきましたが、現状甘くない。

本当にストレスを感じるのがお得意(悪い意味で)な私なので、それをいつも母親にぶつけていたんだなと後悔と共に、このモヤモヤや焦燥感をどうやって独りでやってくのか…が今も尚実体験で研究中です。

しかも独りだと疎外感も感じることもあり、私はなんでこんなにも不幸なんだろうと考える時間が多くなったりもしました。

そして今も尚悩まされているのは気候により苦しい日々があり、実家暮らしの時はすべてやってくれていたから緩和というかそれでもやらなきゃならないっていう事案が少なかったので何とか平気でしたが、それのせいで苦しみの後には散財をしてしまうという負のスパイラルからはまだ脱せていません。
親ごめんっていつも思います。

そして自分を生かすのも殺すのも自分だと感じました。
元々偏食なので私は食で殺されてはないと思いますが、生活リズムは最初はぐちゃぐちゃでしんどくなっていた記憶はあります。
やっぱり既定の時間に寝て既定の時間に起きるのがベストだと痛感しました。
なのでコロナに罹る以外では風邪を引いていません。
やはりそういうものからくると思っています。
ひとり暮らししは自由、でも自分を守るのも大事。
そう感じた1年でした。

今日も夜にライブなだけなのでやる事やって後は休息に励むつもりです。

でも自閉症スペクトラム障害、双極性障害を持つ人でもひとり暮らしで自活出来る証明を私自身で出来て嬉しいです。

これを読んでくれた子供が発達障害を持っている親御さんに希望の光を注げたら良いなと思います。

私の中でひとり暮らしは良い面が多いと思っています。

抜く所は抜く。疲れちゃうからね。疲れたら自活停止しちゃうし、言い訳作って家に居る選択肢を持って正解。

真面目過ぎた私なので【優花のペース】で生活して良いんだと実感しました。
だってこれに関しては誰も咎められないからね。咎めて私が体調と心を壊したら他人のせいだし、そこで色々と言われたくないだろうし言ってこない。
それで良いんです。

平気な時に遊ぶ。でも私はひとり暮らしして普段のHPが他人よりびっくりする位少ないのを知ったので、隠居生活を難波という大都会でしつつ、時々顔を出すって形で良いかなと感じ誰に言われようとこのペースを楽しもうと思いました。

自分にたくさん優しく、他人には実家暮らしの時よりかは厳しく(もちろん優しくはする)生きていこうと思っています。

最後に…ひとり暮らし最高だよ。
でもそれは皆が居たから、自主性を忘れず、たくさん休憩してたくさん周りに感謝してこれからも生きてこうとそう思っている次第でございます。

機会をくれた両親、まだお金の問題で色々すみません。
お友達へ、いつもメンヘラで心配かもだけど死なないのでこれからもよろしくお願いします。

2024年は色々とまた動きます。応援しててね。

優花

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