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家康・官兵衛の誠実さ

 徳川家康は、あの織田信長と同盟を結んだ。その器量を買っていた、長男、信康と、夫人、築山殿を武田に内通していると信長に疑われ、殺せ と言われ、
それに従った。それでも、信長が死ぬまで、その同盟を貫き通した。

 戦国時代、きっての軍師といわれる
黒田官兵衛も、信長を裏切って謀反を起こした荒木村重の居城🏯に行くものの
失敗し幽閉される。
 信長は、城内で裏切ったと思って、
息子の長政を殺してしまった(実際は、
竹中半兵衛がかくまっていた。)。
 それでも官兵衛は信長を裏切ることなく、1年間の幽閉生活を耐えて、落城後、信長や秀吉の元に戻った。官兵衛は
幽閉中にかかった病気で、片足を悪くしてしまった。

 戦国時代は、裏切りにつぐ裏切りの時代だった。
 徳川家康の律儀さ、黒田官兵衛の
誠実さは、混沌とした時代に、人々は
光り輝くものに、みえたに違いない。
 家康、官兵衛は、この時、得た信用が、後々、人の心を掴んでいった。

 律儀さ、誠実さ。
 時代を超えて、人の心を掴むものであ
 る。

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