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キス

上野公園のスタバで本を読みながらカフェミストを飲んでいた。休みの日、気持ちはとても晴れやかで読書が進んだ。

そんなとき、噴水のフチに腰掛けてキスしているカップルが目に入った。見つけてしまった。私は見てはいけないものほど、ついつい盗み見してしまうタチなのだ。どこにでもいる野次馬がひとり。

彼と彼女はきっと付き合いたての大学生。お揃いのスニーカーを履き、シミラールックで世に幸せを訴えている。相手のことしか眼中になく無言で口と口を擦りつけ、舐め合っている。


あ、そんなことしちゃだめでしょ。子どもが広場にいるよ。


いつの間にか私は読書をやめてカップルの観察ばかりしていた。

人前でキスをしなくなったのはいつからだろう。始めての恋人ができたとき私たちはどこに行ってもキスばかりしていた。

夜の公園。駅のホーム。カラオケボックス。映画が始まる前の暗闇。

あのキスへの情熱はどこにいったのか。今は休日にひとりで本を読んでいる時間が好きだ。私たちも若かったのだろう。相手の存在を強く感じていたかったし、もはや自分の一部にしたかった。その思いが愛情表現のキスとして溢れていたのだ。

私はあの時みたいな燃える恋をもう一度してみたいと思えるだろうか。

一口すすったカフェミストが冷え切っていた。

あのカップルもいなくなっている。


私は立って席をあとにした。

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