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ふたり。/ショートショート


どうして、君が泣いているの

わたしは今日もまた、その言葉に今初めて、頬を伝う涙を認識した。
そして、さっきから視界が滲んでいることにも、
頬を何滴もの涙が流れていることにも、今更気付いた。
それを拭うでもなく、体を抱き寄せるでもなく、
ただわたしの髪を撫でながら横に座る彼には、
そのフォルムを崩す気配はない。

どうして泣いているのかなんて、わたしだって分からない。
でも多分、他の誰かが同じ言葉で、同じように話したって、
わたしはきっと涙を流さない。

髪を撫でる手が止まって、ほんの数秒。
君は、僕じゃないよ

僕じゃないし、僕のものでもない。
僕に寄り添わなくたって、
僕の感情に惑わされなくてもいい。
君は、優しいから。
人の感情に振り回されてしまうから。

君が、ボロボロにならないか心配だよ
止まっていた彼の掌が、わたしの髪をくしゃっと握る。
髪につけたオイルが、ほのかに香った。
彼は知っているのだろうか。
わたしがこうして涙するのはいつも、
彼の前だけだってことに。
彼が悲しく、寂し気に話す時だけだってことに。
誰の話にでも、感情を掴まれ泣いているわけではないのに。
ただ、理由を挙げるのには、
まだはっきりとその正体が分からない。
好き、憧れ、愛しさ、悲しみ、哀れ、、
もしくは単純に、彼の言うようなことなのかもしれないけれど。

ねぇ、それでもあなたは、こうしてわたしの前で話をするし、
わたしが涙してしまうことは想定内で。
髪に触れることも、撫でた髪をくしゃっと握ることも、
子供がぬいぐるみを抱きしめるように、あなたには必要不可欠で。
だから今日もあなたはきっと、

髪を解いたその掌を、わたしの頬に滑らせる。
崩れないフォルムのまま、わたしの顎を引き寄せる。
唇が触れながら彼の中に収まるわたしを、
ぬいぐるみの様に全身で抱きしめる。


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