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Pancake...*short story


わたしには小さい頃、"まま"という人がいた。
本当の母親ではなく、お母さんでもママでもなく、まま。
おえかき帳に、クレヨンで色違いのチューリップを描いていた時。
ふっと暗くなった視界と、ひんやりと気持ちの良い温度の掌の感覚。
"だーれだ?"という初めて聞く声に、わたしは戸惑って少しの間俯いて、
視界を遮るその手をそっと掴んだ。"・・・まま?"

彼女は幽霊だとか、わたしが作り出した幻だとか、そういうモノではなくて
実際に生きている人間ではあった。
たまに、父親と一緒に帰ってきたり、家の片付けをしてくれていた。
初めて会った時はきっと、わたしが寝ている間に既に、
家の中にいたのだろう。

いわゆる家政婦だったのではないかと言われれば、そうかもしれない。
父とわたしの二人家族。それにしては少し広い家ではあったし、
一言で社員の半分くらいが動いてしまう程には力のある役職に就く父は、
平日は顔を見ないことのほうが多いくらいに忙しくしていた。
最低限の家事をし、最低限の食事を用意してくれる、そんな人はいた。
多分それが母親だったのだろうけれど。

久しぶりの連休を取った父が、わたしの為にテーマパークへ行こうと、
泊りでホテルも実は予約してあると、提案してくれた。
わたしは喜んで父の両手を掴んだけれど、
好きにして。と雑に言い放たれた言葉が、その手を無理やり引き裂くように
飛んできたのだった。
それでも父は、どうにか彼女の気を引こうと試行錯誤したけれど、
結局わたしだけを連れて家を出た。

わたしにしてみれば、大好きな父との二人だけの外出。
しかもそれが泊りとなれば、父を独り占めできると嬉しかったものの、
ピリついた空気を感じずにいられず、追い立てられるように身支度を整え
父に隠れるようにしていたと思う。
家を出る際、きっと彼女はもういなくなるんだろうと。
それは父の悲しそうな、申し訳なさそうな1つの溜息によって
わたしは靴を履きながら、そう感じていた。

それから、彼女の姿は見ていない。父も何も言わなかった。
きつい香りだけを家中に残し、彼女が何よりも大好きだった、
高価な物達と共にどこかへ消えていってしまった。


そしてほどなく現れたのが、"まま"だった。
父から何か言われたわけでもなく、
もちろん彼女からも、それらしいことは何も告げられていない。
それは今になっても、だ。

家事や食事の用意から、小さいわたしの相手まで、
彼女はごく自然に、それが当たり前かのようにこなしていた。
ふっと息を吐きかけただけで揺らぎそうな、細く柔らかな髪を見る度、
この人は母親ではないんだと再確認していたわたしは、
父に彼女について聞く勇気もなく、
隣に座る彼女に、遠慮なく甘えることもできずにいた。

もしかしたらこの人は、父とわたしだけに見えている幽霊なのかと。
クリスマスの夜、いつもと同じようにそこにいる彼女を見て思った。
初めての手作りケーキ。
わたしも簡単に手伝えるようにと、彼女と一緒に焼いたホットケーキを
何層か積み重ねたもの。
上から緩めのホイップクリームを、流れるように落として
小さく刻んだイチゴをパラパラと散らして。
サンタさんも乗せる?と、背中から出てきた彼女の手の中に見えた、
小さなかわいらしい砂糖菓子のサンタクロース。
初めてだらけで幸せで、この人はもしかしたら、幸せで温かくなった心を
取り出して食べてしまうお化けなのではないかと思ったほどだった。



わたしはもうすでに家を出ていて、たまに手土産を持って父を訪ねる。
父は退職してから、現役時代よりも更にアクティブに、
セカンドライフを楽しんでいるようだった。
わたしが顔を出すと、父はいつも聞いたことのない話をしてくれる。
海外の話から、近所にできた新しい喫茶店の話、
今日はこのお酒に合わせてこのおつまみを作った、とか。
わたしがまだ小さかった時の、限られた時間しかなかった時の
あの頃のように。

見たもの、聞いたもの全てを伝えてくれる、父の物語のようなお話。
あの頃には二人きりで、ぎゅっとくっついて話していたけれど
今はそこに、その父の隣に、"まま"が寄り添っている。
三人で、コーヒーを飲みながら
小さく焼いた、ホットケーキをつまみながら。
わたしは、あの頃の小さなわたしを胸に抱きながら、
大好きな父と”まま”を、独り占めしているのだった。




結末が、、、どう?笑
終わらせ方が分からなくなってしまったので、
何か強制的に終わらせてしまったわ。
ただただ、頭にこのお話の景色が浮かんでいたら
それで最後にあったかい気持ちになってくれたら
それだけのために書いてました。
え?って思われる方もいると思うけど、
はい、これで終わりですっていう、お話です。笑

最後まで読んでいただき
ありがとうございました◎

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