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ショートストーリー『サンタになった日』

『サンタになった日』

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「はーい、少し早いクリスマスプレゼントを今から返すぞー。」

期末テストが終わった開放感と、もうすぐやって来る冬休みに浮ついていた教室に、先生がわざと水を差す。えーとか、やばーいとか、あっという間に波紋が広がり、教室のあちこちが騒がしくなる。

テストの結果、冬休みの予定、塾の冬季講習、部活の練習、模試の日程、バイトの面接、クリスマスはどこで誰と過ごすのか…話題も広がる。遊ぶ奴も、勉強する奴も、忙しそうな奴は一年中楽しそうだ。

勇人はこの前できた彼女とイルミネーションに行くらしい。健太郎は冬の選手権に向けて部活の合宿があるらしい。いつものメンバーと一緒にいる理由を失った俺の予定は空白だ。

「正也クリスマスどうすんの?」

隣の席から聞こえてきた声でふと我にかえる。余波が俺の席まで到達した。

「あー、バイト。」

サンタはいない。そう知った時からサンタに手紙を書かなくなり、いつしかクリスマスは新しいゲームソフトが増やせるラッキーなイベントになった。高校生になると彼女にプレゼントする奴や、部活で使うシューズを買ってもらう奴がいて、そういう奴らが急に大人に見えた。そして、俺にはそういうクリスマスは一生手に入らない気がした。

「この時期忙しいんだよね。」

ちなみに、シフトはまだ出していない。

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この時期は街中がクリスマスに便乗している、ように思える。

電車の中吊りでよく見るアウトレットの広告も、塾の広告も、冬のチャンスを逃すまいと必死だ。よくよく考えたら広告なんて一年中あるのに、なぜかクリスマスシーズンだけは気になる。

そこそこだった期末テストの結果を持って家に帰ると、リビングの隅で母親がクリスマスツリーの飾り付けをしていた。

「おかえりー。これを出すと我が家にもクリスマスが来たって感じがするよね。正也クリスマスの予定は?」

小さい頃は姉ちゃんと、このツリーを飾りながらクリスマスの準備をし、サンタに書いた手紙を靴下に入れて置いていた。当日の夜はいつもドキドキして、早く寝ないとサンタが来ないぞと親に言われて心配をしたが、結局いつの間にかぐっすり寝ていた。朝飛び起きてリビングに行くとプレゼントが用意してあって、サンタが来たことをみんなに早く言いたくて仕方がなかった。

「あー、バイト。」

「えー、じゃあクリスマスの夜いないの?」

ツリーのてっぺんの星を用意しながら、案の定、母ちゃんが残念そうに反応する。

サンタが来なくなっても母ちゃんは毎年唐揚げを作り、親父は仕事帰りに並んでケーキを買って来る。それが我が家のクリスマスだった。とはいえ高校生にもなって、家族とクリスマスを過ごすのはどうなのかとちょっと気にはなってきた。でも、家族と過ごすよりも優先してやりたいことは持ってなかった。

「この時期忙しいんだよね」

埋まらなかった空白を潰すために、シフトを出した。

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クリスマス当日。

バイト先は、家から自転車で10分程のところにあるハンバーガーショップ。クリスマスは、普段なら売らない骨付きのチキンを売ることになっていて、俺はその売り子担当になった。

「え、これバイトも着るんすか…」

スタッフルームでトナカイの格好をした社員から、丁寧にビニール袋に包まれたサンタのコスプレ衣装を渡される。

「当たり前でしょ。俺なんてトナカイだよ?サンタの方がいいじゃん。他の子はみんな楽しいって喜んで着てたよ?」

「いやー、キツいって。」

社員に聞こえるか聞こえないかくらいの声でボソボソとぼやきながら着替えていると、正也くん早くー!と呼ぶ声が聞こえた。

いつもの何倍ものお客さんが並んでいる。骨付きチキンを当てにしてきたのか、たまたま通りがかって気になったのかは分からないが、そんなにクリスマスにチキンが食べたいか?と呆れてしまうくらいに忙しかった。

「サンタさーん!」

幼稚園くらいだろうか。無邪気に走ってくる女の子が、レジを終えて一息ついていた俺に抱きついてきた。

「これからプレゼント配りにいくの?わたしのお家にくる?」

忙しさのあまりに、自分が今サンタの格好であることもすっかり忘れていた。そもそも小さな子供と何を話せば良いのか分からず思考がフリーズした。

「えっと…」

「ねぇ、わたしのお手紙読んだ?プリンセスベリーの変身ティアラが欲しいの。」

”女の子”というより、もう”女子”の会話のそれに圧倒されていると、骨付きチキンを受け取ったお母さんが女の子を呼んだ。

「えりちゃん行くよー。プリベリのクリスマスケーキ買って帰るんでしょ?」

「うん!やったー!たのしみ!サンタさんばいばーい!」

果たしてこれで良かったのか分からないまま手を振った。お母さんと手を繋いで帰る女の子の後ろ姿が見えなくなってもしばらく眺めていた。仕事に戻ると行列はさっきよりも伸びていた。

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「あー、忙しかった…」

サンタの衣装を脱ぎながらつい口から漏れた。

クリスマスの予定なんて無理やり埋めるもんじゃないと後悔しながらも、嬉しそうな女の子を思い出した。

ふと鏡を見るとサンタの帽子が意外と似合っていた。

『サンタになった日』

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