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今あるものが何もない世界で生きることになったら?『本好きの下剋(第一部)』をAudibleで聴きました。

Audible の今月のボーナスタイトルは『本好きの下剋上』。これは2013年9月から2017年の3月まで、小説投稿サイト「小説家になろう」で連載投稿されていた、香月美夜さんのたいへん長い小説です。(全5部677話)

この小説はアニメ化もされていて、非常に有名な作品だと思うのですが、私は予備知識全くゼロで聴き始めました。

今回聞いたのは第一部なので全体の1/5にあたる部分なのですが、私はそれに気づいておらず、最後まで聴いて、あれ終わらないんだ!と思いました。笑

この物語の主人公は、本好きの大学四年生麗乃(ウラノ)です。実は彼女、冒頭部分で亡くなってしまいます。そして気がついたら、前世の記憶を持ったまま、中世ヨーロッパ風のファンタジーな世界で幼女マインに生まれ変わっているところから、この物語が始まります。

その世界は身分制度が厳しく、またマインが生まれた家はとても貧しく、もちろん前世の日本で使っていたようなもの、そして大好きだった本も何も手に入らないんです。

マイン(ウラノ)は、この世界では本が簡単には手に入らないと知るのですが、本に対する熱い情熱によって、手に入らないのならば自分で作ろう、そのためには自然にある材料でまず紙・ペン・インクの代わりになるものを探さなくては・・・というように思考を巡らすんですね。

そしてマインは目的に対して、ものすごい試行錯誤を重ねて、いろいろなことにトライしていきます。

この物語は、普段私が全く読まないジャンル(ライトノベルと言っていいのかな)だということは聴き始めてすぐに分かりました。このまま続けようかどうしようか一瞬迷ったのですが、せっかくなので聴いてみようと思いました。(自分の中で、ここまでのAudibleに対する信頼がすごく厚いから!)

そして実際に、とても楽しめました。ライトノベルだと語りがすごくアニメっぽい感じになるんですね。ナレーターは声優の井口裕香さん。行ったことのないファンタジックな世界が、脳裏に鮮やかに浮かんできます。

例えば又吉直樹さんの『劇場』を豊原功補さんのナレーターで聴いたときは、私の脳内では景色がずっとモノクロで淡々と進行していく感じがあったんですよね。それはそれでまた楽しい。Audibleって豊かなメディアだなあとつくづく思います。


私は最初、この物語のテーマは本のすばらしさを説くようなものかと思いましたが、そんな単純なものじゃないんだなと、だんだん分かってきました。

これを聴きながら、たぶん多くの人は「もし自分が、今あるものがほとんどない世界に行ったらどうするだろうか」と考えるんじゃないかと思うんですよね。

ウラノはとにかく本が好きなので、本がないことにとても苦しみます。たとえ今、自分にそこまで明確に好きなものがなかったとしても、もし自分が何もない場所に行ったら、初めて自分が一番大切にしているものが分かるかもしれないと思いました。

この物語は、以前見た『365日のシンプルライフ』という映画にも通じるところがあります。(この映画は、全てのモノを自分の部屋から遠ざけて、1日1つだけそこから取り出してくることができるというルールの中で、自分の大事にしているものが分かってくるというストーリーです。)

私はまず、自分が無人島に流されてしまったとしたら?と考えたくなりました。最初はまず食料や住居を確保して、生命の安全を保とうとすると思いますが、2,3日経ってなんか落ち着けそうな場所や食料を見つけたら、私はその次に何を欲しいと思うんでしょうね。

こんなことを考え始めて、自分のサバイバル能力を空想したくなることが、とても面白かったです。この物語の中では、自分が知らない文化で厳しい身分制度がある世界の、貧しい家の子どもという縛りがあるので、自分の思いつきだけでは動けないんですね。そして、自分の身体が幼く病弱で思ったとおりに動かないということもネックになります。

主人公も読者も、最初は不潔だなとか、不便だなとかそういう要素に目が行きがちなのですが、そういった事も含めた独特の文化と人間関係の中で、自分ができることを模索する思考って、現代でもすごく重要ですよね。

そして、物語を聞いていると、環境問題やミニマリズムやデジタルデトックスとか、そういう概念もたくさん連想されます。

主人公の前世の記憶の中で、意外にスマホとかネットという言葉が全く出てこなかったのですが、この小説が書かれたのが2013年なので、まだスマホとSNS全盛期のちょっと手前くらいだったからかな。さらに時代が進んで今、この小説を知ると、今はさらに便利すぎなのだなということを強く感じます。

また、何もないからこそ創造性はすごく磨かれるんだなとも改めて思いました。私はアウトドアが全然好きじゃないのですが、ちょっとキャンプをやってみたいなという気分になったんですよ。

べつにキャンプのシーンとかは出てこないのですが、生活の中でキャンプに通じるようなところがあるんですね。なんかすごく不便な状況で料理とか作ってみたいなと思いました。

今、アニメやYouTubeも含めて、キャンプってすごく流行っているじゃないですか。これってやっぱり、全てが豊かだからこそ、今持っているものをちょっと間引いて生活してみたいなという気持ちの現れだと思うんですよね。

わざわざ使いにくいバーナーとか食器とか使って、数日とか生活してみたいです。そうして作られた食事に感動してみたいです。


主人公マインは、とにかく本が欲しいのに売っていないから、自分で作ろうと考えます。でも、紙すら存在していない世界でどうやって作るのか。できることを全部試してどんどん失敗していくんですけど、「無いから作る」という気持ちが持つパワーは計り知れないし、今の世界では経験しづらいですよね。

そして、こんなに本が好きでそれがないということを強調されることで、衣食住だけが確保されていても、それだけでは心は豊かになれないということも、一瞬テーマかと思うんですね。

でも、自分が一番大切で楽しめることがすぐ手に入らないとき、とりあえず衣食住の心地よさも見直して、追及してみることで、すこし自分の心を救えるということも、テーマの一つなんじゃないかと思いました。

このように、物事が思ったとおりに行かないときの助けになるものを教えてくれる小説でもあります。

全体を通して自分が大事なものは、もっともっと大切にしたいと思うし、物を捨てたくもなるし、何かを作り出したくなるという気持ちが湧き上がってもきました。便利過ぎると永久に湧いてこない創造性があることに気づいて、焦りも出てきました。

私が今回聴いたのは、全体の1/5です。(と言っても、普通の長編小説と言われるものの一冊分のボリュームです。)まだまだいろいろな展開があると思うのですが、続きも読んでみたいと思いました。自分の生活がもっと変化していきそうです。

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