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微笑みの理由

最近の姉は、ちょっとおかしい。
おかしな部分を具体的に指摘することはできないが、強いて言えば上機嫌なところとか。
今日も鼻歌まじりで帰宅すると、俺にクロッキー帳を見せてきた。

――ゆう君、見て見て。部活で描いたんだけど、とっても上手だと思わない?

頷くと、姉は満足そうに微笑んだ。
外ではクールでミステリアスな芸術系女子という印象を持たれがちな彼女だが、(実際、同級生には「お前のねーちゃんはクール美人だよな」と言われたことがある)家族の前では、こんなふうに笑ったりするものなんだ。そう思うと、少しだけ優越感が湧いてくる。
だが、姉が纏うこの浮かれた空気は一体……?
疑問は膨らんでいくばかりだ。

――今日はゆう君が大好きな、鶏の唐揚げだからね。

制服を脱いだ姉が、エプロンを身に着けて手を洗い始める。
両親が共働きだから、夕飯はいつも二人で作る。先に帰宅した方が米を炊くルールだ。だから、今日の白米は俺が仕込んだ。
おかずは姉が主体で作ることが多い。今日は手伝いは要らないらしいので、スナック菓子を摘まみながら姉の背中を見守る。
良く見ると姉の髪は伸び、背の中頃まで届いていた。いつもなら、そろそろ美容院に行く頃合いだ。
俺は、姉の色素の薄い髪が好きだった。
こんなふうに真っ赤な西日を受けて、輪郭がきらめく瞬間がとても綺麗だ。

――あのね。最近、部活が楽しいんだ。

ぼーっとしていた俺の耳に、姉の声が飛び込む。

――ゆう君みたいな、後輩が入ってきてね。その子がとっても可愛いの。石膏像を見つめる目が、真剣でね。

掴んでいた菓子が、滑り落ちた。
「ああ、そういうことか」という納得感と、「マジかよ」という苛立ちが同時にやってきて、俺が微笑みながら絞り出した言葉は「へえ……」だった。

もちろん、「その後輩には、きちんと挨拶をしなくちゃだな」という本音のルビが「へえ……」だ。

シナリオライターの花見田ひかるです。主に自作小説を綴ります。サポートしていただけると嬉しいです!