薔薇の刺繍
――このハンカチ、綺麗だな。
夕暮れの通学路のアスファルトの上に、白いハンカチが落ちていた。せめて道の端に寄せておこうと思い、拾い上げると「力也」という刺繍が目に留まる。名前の他にも、鮮やかな色をした薔薇のモチーフもあしらわれていた。
――男の人の名前だよね……?
その優美な針仕事と、持ち主であろう男性の名前があまりにも不釣り合いで面食らう。
「力也」はこんなハンカチを好んで持ちはしないだろう。きっと柔道部、あるいはそのOBに違いない。母親に無理やり持たされたのだろうか。あるいは恋人からの贈り物……?いや、もしかしたら――
私の失礼極まりない妄想は膨らむばかりだ。
部屋の明かりを消した夜、月明かりの下で再び白いハンカチを眺めてみる。
つまり、私は件の落とし物を持ち帰ってしまったのだった。もちろん、自分の物にしてしまおうなどという気はない。
これが「力也」の他人に知られたくない秘密だったとしたら、道の端に置き去りして誰かの目に触れさせることは出来ないと思ったのだ。
――だったら、交番にも届けられないじゃん。
「力也」が交番に問い合わせをしたりするだろうか。私だったら無理だ。お巡りさんに白々しい目で見られながら、ハンカチを受け取る勇気はない。
そもそも、「白いハンカチで、『力也』と名前が刺繍されているものが届いていませんか?」と聞くことすら出来ないだろう。
私は真っ赤な薔薇の刺繍の凹凸を指先に感じながら、決意する。
――私、探偵になって「力也」を見つける! それから、こっそりハンカチを返してあげるんだ!
翌日、私を起こしに来た母が白いハンカチを摘まみ上げているのを見て、叫び声を上げるのだが、私の決意が揺らぐことはなかった。きっと、多分。
シナリオライターの花見田ひかるです。主に自作小説を綴ります。サポートしていただけると嬉しいです!