見出し画像

短編:練習09

ルーティンは時に人を現実から引き離すものである。菊田と同じ空間で三浦はせっせと売り場の棚出しをしていたし、少し前から店内放送まぎれて男が声を張り上げていることも気づいていた。店員に対し高圧的な客自体は珍しくもない。またコンビニで働く以上、面倒な客もある程度一人で対応しなければならず、菊田は激昂した相手が戦意を喪失して諦めるまで徹底して反応しなかった。彼女に対してごねはじめた客もそのうち諦めるだろうと三浦は思った。しかしふと男の怒声がいつまでも止まないことに気づいた時、すでにレジ前には列が出来ていた。慌ててカウンターに入り客の対応をしている間も男は菊田を詰るのをやめない。あまりの早口と場違いな声量で怒鳴り続けているため、何を言っているのかさっぱり聞き取れなかった。まるで動物が吠えているようだ。何気ない生活空間にふいに首輪なしの犬が出現したような非日常さがある。
なんにしても、と三浦は自身に言い聞かせる。なににしても目の前の客をさばいてからだ。菊田を助けてやるならその後だ、と。
その時、列に並んでいた女性の一声で事態が変わった。
鈴を地面に叩きつけたような意志的な声。明るい髪色をした彼女は人形のような顔をしていた。菊田に絡む男を非難した女性に別の客も同調する。その客は恰幅が良く明らかにクレーマーの男よりも若いせいか、捨て台詞らしきものを呟きながらも相手はそそくさと出ていった。いつ来たのか菊田の友人である佐々木も列に並んでいたらしく、言葉少ないながら彼女を元気づけていく。やがて客が捌けると菊田はカウンターを離れ、店の奥にいる先ほどの女性に話しかけにいった。

POV② 前回と同じ話

記事|note


サポートいただけると助かります。やる気や、今度買う駄菓子に繋がります。