とじまちひろ

小説をかきます/たまにコミティアにいます

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  • 2019年コミティア

    2019年に出したコミティア同人誌(オリジナル)のまとめ。 短編集だった。

  • ゆめにっき

最近の記事

熱意があってもなくてもいてほしかった

三月で地元の映画館が一つなくなる。 私がビル内の一角にある映画館の存在を知ったのはたしか大学生くらいのときだった。もちろんそれ以前からずっとあった。 だけど、映画館が入っているビル自体が結構古い建物で一階層もさして天井も高くないし広い印象もないので、映画を上映できるようなスペースなんてあるのかなって思っていた。ずっとビルの入り口に本日上映する映画のポスターが貼ってあったにも関わらず、とっくに閉店している店の看板がいつまでもでているのと同じにとらえていた。 今はだいたい、平

    • 短編:練習09

      ルーティンは時に人を現実から引き離すものである。菊田と同じ空間で三浦はせっせと売り場の棚出しをしていたし、少し前から店内放送まぎれて男が声を張り上げていることも気づいていた。店員に対し高圧的な客自体は珍しくもない。またコンビニで働く以上、面倒な客もある程度一人で対応しなければならず、菊田は激昂した相手が戦意を喪失して諦めるまで徹底して反応しなかった。彼女に対してごねはじめた客もそのうち諦めるだろうと三浦は思った。しかしふと男の怒声がいつまでも止まないことに気づいた時、すでにレ

      • 短編:練習08

        佐々木が一歩コンビニの中に入ると場は騒然としていた。 レジに立っていたのは彼女の同級生である菊田で、何事か聞き取れないような勢いで捲し立てる客を前にむつけた様子でうつむいている。菊田を怒鳴りつけている男は恰幅が良く、着ているポロシャツは遠目にもわかるほどくたびれていた。男は財布を持った手で台を数回叩いている。伏し目がちでひたすら相槌をうっている菊田の声は淡々としており、不遜な態度にも見えるが彼女が委縮していることは佐々木の目にも明らかだった。男の目を見て明るく取り繕うとか、申

        • 短編:練習07

          にくしみ 木村はもうはるかのことなんか全く、どうでもよかった。 健やかに生活していようが今まさに死のうとしていたってそんなことはなんでもなかった。私のことをなんとも思わない人のことなんてどうでもいい。 すき みちるははるかに何でもしてやりたかった。 私のしたことで、喜んでくれて私をいい人だと思ってくれるならどんなことでもしただろう。けれども、自分に何の見返りもなくたっていいとも思っていた。便利に扱われて都合の良いときだけ猫撫で声で呼び出されてそれだけで十分に舞い上がってしま

        熱意があってもなくてもいてほしかった

        マガジン

        • 2019年コミティア
          4本
        • ゆめにっき
          1本

        記事

          短編:練習06

          腹部にかすかな痛みを感じたとき、私はそれを気のせいだと思い込もうとした。内臓の鳴るぽこぽこという音、その震えを痛みと勘違いしたのだと。少しじっとしていれば痛いと感じたものはきっと引いていく。 けれども駄目だった。叩きつけるような芝先生の板書の音だけが響く教室でほかに刺激的なこともないものだから私は自分の体の痛みとまともに向き合わなくちゃならなかった。まだ激痛ではなく、例えるなら臍にゆっくりと突起物を差し込まれていくような寒気のする居心地の悪さに近い。強い痛みはまだない。しかし

          短編:練習06

          短編:練習05

          穏やかな雨が降っていた。霧のようにやわらかく寄り集まってようやく水滴になるほどのかすかな雨が伊佐木の傘の上へも降り注ぐ。駅のホームで電車を待つ乗客は皆屋根のある場所に集まっていて覆いのない場所は閑散としていた。空を覆う雲は分厚いが意外なほどに明るい。伊佐木は肌寒さも感じなかった。 そのうちに線路の上へ鯨が滑り込む。一時呼吸が浅くなるが、背筋を正し努めて冷静さを取り戻そうとする。傘の持ち手をしっかりと握り、頷くように瞬きを繰り返す。 やがて肉の壁のような巨体の下に線路が、さらに

          短編:練習05

          短編:練習04

          飛鳥の頭は丸くて小さい。そして小ぶりな頭部を支える首がまたことさらほっそりしているのでみちるは見ていて心許ない気持ちに駆られた。小さく尖った唇のみで声を発しているんじゃないかって思うような、か細くて過敏そうな高い声。二言以上喋るとその心許ない喉元を、ンくっと鳴らす。咳ではなく声でもなく、鳴くとしかいいようのない音「みちるちゃん、おはよう。今日の授業は何限からだったっけ?」ンくっ。子犬みたいなその鳴声にあたしはなぜか鳩尾の辺りが深くゆっくりと軋むのを感じる。不安と言い換えてもい

          短編:練習03

          わたしは全身を聳たせけしてかかとを床につけず歩いた。息を殺しどんな気配も先に見つけなくてはならない。扉のノブに手をかけると木で出来た枠がぎっと軋んだ。息を乱しはしなかったが胸の音が落ち着くまで少し待つ。意識して息を吐くとうすく開いた扉の隙間からつま先を差し入れ部屋に侵入した。動悸が激しい。音もなく限界まで膨らんでは萎む血管を耳の奥で感じた。あまり時間をかけてもいられない。遠くで車の走っていく音を聞いた。私は鼻だけで浅く息をしながら眠る母のそばに近づく。ふと母の肌のにおいがした

          短編:練習02

          はあはあはあはあと犬みたいな呼吸しかすることができず胸と背中が空気をバネにするポンプのように動き続けている地面へ両手足をついてどうにか健全な精神を取り戻すべく深く息を吸い吐く動作を繰り返すが耳鳴りどころか動悸さえちらとも落ち着くことはなく音高く脈打つ心臓の動きと同じように目頭がしぼんでは膨れ目の下がひくひくと痙攣する地面がゆれ体が振子のようにどこへ倒れるべきか迷ってうねうねと左右へ大きく傾ぎ往復し続けている何をしているのかと戸惑いの滲む声が頭上から降ってきて体裁を保ちたい私は

          短編:練習02

          短編:練習01

          昼のいぶしたような陽のにおいもほこりっぽい空気も今は足元に沈んでいた。子どもでもまだ眠るまいという時間だが人の気配はまるでない。澄んだ外気が心地よく、みさきは胸をふくらませ息を吸い込んだ。ふとあたたまった空気が顔をかすめる。道行く人はいなくとも明かりがついている家には当然人がいる。その前を通ると、しょうゆを甘くした匂いや、あたたかいお湯の匂いが風にのって運ばれてくる。頭の奥が覚めるようなにおいだった。みさきもふと自分の家が思い出され、うっすらと恋しくなる。外に漏れる家の明かり

          短編:練習01

          お題:親知らず

           日曜の朝、私は台所に立って親知らずを磨くことに躍起になっていた。  それがいつ頃生えたのか、正確には覚えていない。何度目かの歯科検診で「君は親知らずが生えているけれど」と指摘されて発覚したのだ。 当時の私は、確か高校生だった。 「おやしらず?」  医師に口の中を覗き込まれ、仰向けに寝そべっていた私は背もたれが起き上がるのも待ちきれずに体を起こして聞き返した。 舌の先で左右上下一番端の歯に触れる。分厚くて小粒に感じるそれら全て親知らずらしかった。小学生の時から通っている歯医者

          お題:親知らず

          ダム

          耳の脇で砂を噛んだような音がした。 外は雲一つない晴天だった。昨夜半端にしめたカーテン越しに差し込んでくる光が眩しい。目が覚めた途端ベッドの中が暑くて、早々に起き上がる。この部屋には時計がないのでテレビをつけた。日がすでに高かったので予感はあったが、家を出ようと思っていた時間の十分前だった。なんとなく億劫でアラームをつけなかった弊害がばっちり出ていた。 六月の下旬を過ぎたが、まだ梅雨入りのニュースを聞いていない。それどころか週間天気予報を見る限り明日から週末まで雲一つ無い

          アンナとハンナ

           お姉ちゃん、と雛乃は言った。「私、川に行きたい」。 なんだかわざとらしいぐらい、フロントガラスを真っ直ぐに見つめていた。 「ドブ川でもいいの?」  私は、泥のついたジャガイモを洗ったときのように、底の見えないほど淀んだ川を思い浮かべながら言った。あの川が一番家から近い。ザリガニさえ釣れないのだと聞いた。いつからあるのか、所々に黴の生えたクーラーボックスがずっと川岸に落ちていて、誰も手入れをしないから、川の両際に背の丈ほどの雑草が生い茂っている。川辺に下りることは無理だ

          アンナとハンナ

          プール

          夜のプールは昼に見るかたちとまるで違う。粘度が高くて体の形にまつわりつくようなのに、どうしても白々しい。体を冷やす以上のことはけしてできず、沁み込んではいかない。  草野は泳ぐことが嫌いではなかったけれども、得意じゃなかった。二十五メートルを泳ぎきれるかさえ怪しい。はじめ、スクロールの練習でもしようかと思って泳ぎ始めたら、三メートルもいかないうちに夏帆にとめられてしまった。 「音も波もたちすぎ。激しく泳ぐのはやめようね。見つかっちゃうから」  普段の授業と同じように、草

          エイリアンズ

          莉穂は力いっぱい目をつぶり、引き換えに大きく口を開けている。懸命に後ろに体を傾けるので、背後に立ったみさきは腿で倒れてくる背中を押し戻している。銀のヘラを舌に押し当てられて、莉穂は小さくえづいた。粒のような歯がヘラに当たってかちっと鳴る。 「なんともありませんね」舌圧子を引っ込めると医者は言った。  俯き加減のスイカより一回り小さな頭が不満げに揺れた。莉穂は足をぶらつかせ背もたれのない椅子の脚に時々つま先を引っかけている。 「えっ、そうなんですか?」とみさきが言う。

          エイリアンズ

          ゆめにっき1

          木で出来た戸棚がありまして、棚は三つ、一番下の段には開閉式の扉がついています。 うちで飼育しているヒョウモントカゲモドキ(名前はひなたです)が二段目の棚にいました。飼育ケースのなかでまるまると太っていて健康状態が良さそうなので、嬉しく思いました。 ふと、一番下の棚に段ボールがあることを思い出しました。 そして段ボールの中には猫をしまっていました。ひなたが来るより前に飼育していた猫です。かなり長い間、そのことを忘れていました。 段ボールにしまった時点で、近いうちに餌をあ

          ゆめにっき1