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短編:練習08

佐々木が一歩コンビニの中に入ると場は騒然としていた。
レジに立っていたのは彼女の同級生である菊田で、何事か聞き取れないような勢いで捲し立てる客を前にむつけた様子でうつむいている。菊田を怒鳴りつけている男は恰幅が良く、着ているポロシャツは遠目にもわかるほどくたびれていた。男は財布を持った手で台を数回叩いている。伏し目がちでひたすら相槌をうっている菊田の声は淡々としており、不遜な態度にも見えるが彼女が委縮していることは佐々木の目にも明らかだった。男の目を見て明るく取り繕うとか、申し訳なさそうにする、といったことは出来そうもない。尋常ではない大声で怒り狂っている男なんて誰でも怖い。レジ前にはすでに列が出来ており菊田の同僚である三浦は別のレジで連なる客をさばいている。佐々木は目的のペットボトル入りの水を片手に列の最後尾に並んだ。何かするべきだとわかっているけれども、どうすればいいかわからない。
そのとき、佐々木の前に並んでいた長髪の女が声をあげた。
「おじさん。そろそろ終わりにしてよ。後ろがつかえてんだけど」
怒鳴っていた男も、その後ろに並んでいたスウェット姿の男も、彼女を振り返った。突然のことに声をかけられた男は一瞬言葉につまる。女の前に並んでいたスウェットの男は慌てて前に向き直り、レジ前の男に対して大きく舌打ちをした。男は長髪の女に何か言い返しそうとする素振りをみせたもののスウェットの男がじりじりと前へ出て威圧するので、結局肩をいからせて店を出ていった。女はわざわざ前に並んでいた男の背中を叩いて礼を言うと相手は面映ゆそうにした。そして女は列から外れる。佐々木の脇を通り過ぎた時、声をあげた女が立原であることに気が付いた。レジを売っている菊田も一瞬店の奥を見る。彼女も立原だということをわかっている様子だった。

POV①



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