見出し画像

心に残っている仕事がその人のキャリアをかたちつくる

***

はじめに

少しフライング気味だが、デザイナーとして新社会人をスタートする方が、素敵な先輩や仕事とめぐり逢い、そして、その後の素敵なキャリアを歩むことを願って、このブログを綴りたい。

なぜ、こんなことを書きたくなったかというと、同じ日に同時多発でキャリアに関することが巻き起こり、これは私も、何かを書かなければいけない、お告げのようなものを受けとった(気がした)からだ。

※ちなみに、noteで書いたインターン生募集の記事はこちら

師匠との出会い
私のデザイナーとしての社会人スタートは、渋谷のデジタルマーケティングの大企業で、大規模なWEB開発のデザインチームだった。長い研修が終わり、デザインチームに配属となった夏の日。私はワインが似合う素敵な女性デザイナー(師匠)と出会った。その時の私は24歳。あれから10年が立ち、34歳の私は師匠と同じくらいの年になったはずだが、今でも超えられた気がしない。

私のデザイナーマインドは、間違いなくその師匠から学び、今でも自分のスタッフにデザインを教える時の口癖は、その師匠がよく私に使っていた言葉であり、私がクライアントさんと、やり取りする時のコミュニケーションのやり方は、その師匠から盗んだものである。

師匠の出身は、デザイン系ではなくアート系。デザインに関しては独学。そして、新卒すぐにデザイナーとしてスタートしているわけではなく、総合職を経験してから、キャリアチェンジして、デザイナーをスタート。渋谷の会社も、最初は通販サイトなどの運用部隊に関わり、現在の新規WEB開発といった上流工程から関わるデザインの部署まで登りつめた。いわゆる、現場叩き上げタイプの人だった。(※記憶違いでなければ)

そして、はじめてのデザイナーとしての部下が、自分だったと後に教えてくれた。そんなキャリアの影響なのか、この師匠、デザインの教え方がメチャクチャうまかった。また、本人を諭す能力(本人に気づかせる能力)も抜群だった。

私がこの師匠をここまで慕う理由は、どこかで読んだ本に書いてある言葉ではなく、本人の体験からでた(と感じざるを得ない)その言葉と態度で、手とり足取り、ゼロからデザインを教えてくれたからだ。

【言葉の事例】
「どんなに良いデザインでも、クライントがOKしないと世に出ないんだよ」
「2日かかるって言って3日目に提出したデザインと、5日かかると言って、3日目に提出したデザイン、どっちの方が印象いい?」
「WFは意図を取りとり、レイアウトはゼロベースで考えなさい」「稼働金額をみながら、仕事をしなさい」「常にベストな状態で作業できることも、修正がない仕事もないんだよ」など。

【態度の事例】
・デザインの修正は、目の前での実演ベースだったこと
・修正理由は、すべて口頭説明付きだったこと
・どんなに忙しくても話をする時は、自分の仕事を止め、私に体を向けて話をしたこと
・私が朝まで作業する日は、師匠も朝まで残っていたこと(その案件に関わって無くても)
・ヒラノ君ならできる!の根拠なき肯定的な態度で仕事をふるが、基本的には、最悪のケースを想定。自分でその仕事を巻き取ることを覚悟していたことなど。

はじめの1年間くらいは、ほとんどの実作業に対して師匠の手直しが入った。その時の師匠は、決まって「いまいちだね〜。ちょっと、変わって!」と言って、私の席に座り、Photoshopを巧みに操り、長い時は1時間半くらい、その場で修正作業をやって、みせた。

師匠は社内でも人気のデザイナーだったので、仕事をたくさん抱えていた。稼働金額(実稼働した案件に紐づく売上金額)も常にノルマを超えていた。そんなに忙しい人が、仕事の手を止め、私の仕事の手直しをしている間、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
しかし、その申し訳ない気持ちを押さえ込みながら、必死になって、師匠の作業を一瞬も見逃さないつもりで、その場で疑問に思ったこと(例えば、大胆なレイアウト変更を開始した時)などは、すぐに聞いていた。もちろん、メモを取りながら。そんなメモの中から、特に印象的だったデザインのTips & Trickを紹介したい。

「良い事例を集めてから、作業を開始すること」
仕事を始める時は、良いデザインの事例をたくさん集めること。そして、集めた事例が、なぜ良いのかを考えること。

【良い事例の参照方法】
事例を参考にする時は、なんとなく全体の雰囲気を参考にするのではなく、その細部を特に参考にすること。※トレースって意味ではない。師匠のムードボードは、色んなデザインのコンポーネント集だった。

「そのデザインを空間的に捉えること」
そのデザインを正面から見た時に、どの要素が、どういった前後関係になっているのかを考えること。※これはデッサンに通ずる考え方

【レイアウトで7割くらい良し悪しの印象が決まること】
デザインの魅力は、ほとんどがレイアウトで決まること。反対にレイアウトさえ良ければ、ある程度の欠点をカバーできること。

【写真に頼るデザインを避けること】
駆け出しのころは、写真を頼りに”間”を持たせるデザインではなく、造形によって”間”を持たせることを意識した方が早く成長できること。

【全体的につくり、細部のつくり込みは最後にすること】
まず、大きなレイアウトからつくり、徐々に細部に入っていくこと。最初はグレースケールでつくり、カラーリング、写真の当て込み、バナー、アイコンの作り込みは最後にやること。※修正が起きた場合の影響範囲が大きい箇所から取り掛かる。※これはデッサンに通ずる考え方

***

誰にでも忘れられない
心に残っている仕事がある


配属されて数日たったある日、ついに師匠からデザインの仕事が舞い降りた。自分のデザイナー人生で、はじめての仕事は、デジタル放送S社が、月2回配信しているメルマガの次回予告のエリアに使用するバナーだった。

私は、はじめてのデザインの仕事に舞い上がり、全身全霊で制作した。そして、Illustratorで制作した渾身のバナーが完成した。それはまるで、原研哉さんが手がけたかのような、真っ白いスペースの中の小さい文字で「夏フェス10日間連続放送!!」と明朝体できれいに構成されたバナーだった。そして、自信満々に見せた。すると、こんな言葉が返ってきた。

※ 当時のバナーを簡単に再現したイメージ


「ヒラノ君、このバナーを見て、その番組を見たいと思う?」

誰かと出会うということは、その人の言葉と出会うことでもあり、そんなに深く考えずに放った一言が、受けてにとっては、今後の生き方の指針になる可能性もある。上記の言葉は、間違いなくその類の言葉だった。

この言葉は、どんなサービスデザインの手法よりも役立っている。なぜなら、はじめて自分で手がけたデザインに対する、最初のデザインフィードバックだったからだ。そこには、デザインをする上で大切なこと(利用者視点と機能視点)が含まれていた。

つまり、この言葉をもらい、やっと気づきいたのだ。自分がデザインのことを、本当のところ何も分かっていなかったことに。そして、

「見ないと思います」

と素直に答えた。その後、師匠は自分の作業を止め、自分の方に体を向け、丁寧に以下のようなことを伝えてくれた。

・音楽番組であることや夏フェスのシズル感が、何も伝わってこないこと
・利用者がその番組を見たいと思える視点でバナーをつくること
・美しいものだけが、デザインではないこと
・そのデザインの機能(目を止め、情報を伝え、クリック)を意識すること

私は自分が作った真っ白いバナーを眺めながら、とても恥ずかしかった。なぜなら、自分は音楽番組のバナーひとつ、満足に作れないデザインスキルだったからだ。しかも、Illustratorで座標計算による、ピクセルコントロールもできていなかった。(その粒度で制作をしてきたことがなかった)

そして、佐藤可士和さんや原研哉さんといった有名なクリエイターに憧れる前に、やらなきゃいけないことが山ほどあり、それが全くできていないことを知った。

さらに、世の中には、名もなき素晴らしいデザイナーが、こんなにもたくさんいて、自分はその輪の中に、全く入れていないことを痛感した。自分のスキルレベルは、まだデザイナーのスタートラインにすら、立っていなかったのだ。

とても恐ろしいことに、自分が情デで学んだ、いわゆる上流工程のデザインは、今この場所では、全く求められず、さらに目の前で直面している課題(バナー制作)に対しては、役に立たないことが分かった。私は寒気がした。

あぁ、なんて自分のデザインの幅が狭く、引き出しが少ないのだろうか。自分の表現力が圧倒的に足りていない事実に気づき、そして、覚悟を決めた。

その覚悟とは、大学の学びをいったん、横道に置くことへの覚悟だ。今の自分が真っ先にやるべきことは、情デで学んだ、インタラクションやエクスペリエンスといった上流工程の話ではなく、目の前にあるバナーのグラフィックであり、WEBデザインであることなのだと理解した。

その日の帰り、池袋のジュンク堂に行き、たまたま、手に取ったグラフィックデザインの本『デザイン解体新書』(これが超大当たりの本!)を購入。翌日からは、WEBデザインのギャラリーサイト(あんじょうできてはる、イケサイなど)を巡回、様々なWEBサイトをスクリーンショットしてはフォルダに分けた。今は無き、iGoogleのRSSで「DesignWalker | ロサンゼルスで働くウェブデザイナーの日記」といった有力WEBデザインの情報発信も登録した。

そして、文字、カタチ、色、写真、グラデーション、コントラスト、リズム、レイアウト、情報の整理、トーン、シズル、質感といったグラフィックを構成する要素の勉強はもちろん、社内のデザインの9割はPhotoshopだったので、そのテクニックや、TIPSを読み漁っては、実践で試す毎日が始まった。

その後、このメルマガのバナーづくりの仕事を通して、自分のグラフィック能力とその引き出しが増え、Photoshopのスキルが備わった。幸いなことに、このバナーのデザインは毎回テーマが変わる。時代劇、アイドル、韓流、音楽フェス、映画、スポーツ、クリスマス、アニメ、クリスマスなどなど、世の中にある様々なエンターテインメントのテーマだ。私はこのバナーづくりを通して、グラフィックのルック&フィールとその演出表現を学んでいった。

※ 制作したバナーの一部例

***

その時は気づかなくても
後から繋がるキャリアもある

よく美大出身者、デザイン学部だから現場即戦力みたいなことを耳にする。もちろん、学生時代に寝る暇惜しんで制作し、学外でインターンやバイトをする人は、大学で学んだことと同じようなことをする職場であれば、間違いなく即戦力になる。

しかし、中には、私のように大学で学んできたことと、現場で求められていることが異なり、そのスキルをそのまま転用できない人もいる。

私の基本的なグラフィックデザインの技術は師匠から、基本的なグラフィックデザインの知識は本から、卒業後に得た。それでも、グラフィックデザイナーと肩書きにかけるほど、その職種に対する高度な専門性は持っていない。

しかし、「基本的なグラフィックデザイン能力」×「大学で学んだインタラクションデザイン」が組み合わさり、WEBデザインに転用できた。ディレクターから落ちてくる企画書やWFを読み解く力は、大学時代にならったエクスペリエンスデザインでの観点に支えられている。そういった応用の積み重ねで10年間デザイナーとして生きていた。

数年後独立し、RICOH THETAに関わる仕事が舞い込んだ時、やっと、大学で学んだことが本格的に活きた。そして、そのUIデザインは、Photoshopによって0.25px単位でこだわり抜いて仕上げたデザインである。(※既にSketchはあったが、いまいちな印象だった)

また、デンマークで手伝っている仕事はソーシャルデザインといった大きいデザインの枠組みではあるが、実作業は、Photoshopでの人物写真を切り抜き、等身大パネルを20体ほど作ることだったりする(それがなぜ、ソーシャルデザインに繋がるのかは、また別の機会に譲る)

これらは全て、師匠が何気なく放ったかもしれない、あの一言に繋がっている。

***

これから、新社会人になるデザイナーへ


今の時代、無駄なことをせず、最短距離でキャリアを積んでいくやり方もある。その一方で、自分のような過去のスキルを、今、目の前で起きていることに転用しながら、生きていくキャリアの積み方も存在する。

現在の肩書きはデザインリサーチャー、リサーチャー(研究員)、デザイナーとしてるが、10年前に情デを卒業した時、リサーチャーになるなんて想像すらしていなかった。むしろ、アートディレクターになるんだと信じて、疑わなかった。

自分のキャリアをふり返ると、心に残った仕事がその転機となっている。少なくとも、このバナー制作は、社内で信頼されるWEBデザイナーを目指すんだ!と転機になった仕事だ。そして、目の前で起きていることに、覚悟を持って取り組んだからこそ、それが未来に繋がり活きた。

これから、新社会人になるデザイナーへ。大学で学んだデザインと、目の前の仕事が異なっても悲観的になりすぎないで欲しい。むしろ違うのであれば、それは新しい能力を「お金をもらって」手に入れるチャンスでもあるのだ。通常、新しい能力は「お金を払って」手に入れる。しかし、そこで得たことが「いつ、どこで、どのようにして」役立つのかは分からない。それは、ふり返ることでしか、確認できないからだ。

ならばこそ、目の前で起きていることを信じられるなら、覚悟を決めてBETする価値はあるのではないか。もし、信じられないなら、すぐ転職し、信じられることに対して、時間と若さをBETした方が豊かだと思う。ただし、やりたいことや興味があることは、簡単に変わる可能性もある。人間は環境依存なので、すぐに回りの影響を受けるからだ。

そして、その新社会人の面倒を見る人たちに(自分のスタッフへ助言する時の自戒も込めて)伝えたい。何気なく放ったその一言が、その若者の可能性を広げることも、狭めることもあるのだ!ということを。

***

おわりに

私のキャリアはこの師匠以外にもたくさんの人の言葉や仕事によって、紡がれている。全ての人について熱く語りたいが時間も限られているので、最後にひとりだけ、是非ご紹介したい人がいる。それは、リーダーシップ開発、キャリア開発で超超超超超超超超・有名な小杉俊哉さんだ。

最初の渋谷の会社での新人研修で、小杉さんのセミナーを数回にわたって受講し、そこでの学びが間違いなく自分のキャリア、ひいては生き方の土台となっている。当時、配布されたスライドの資料は、今でも読み返している。

改めて、このような素敵な新人研修を開いていただいた会社と小杉俊哉さんに御礼を申し上げたい。


サポートも嬉しいですが、twitterフォローでも十分嬉しいです! https://twitter.com/hiranotomoki