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短編小説「SAD!」

 今日失恋した。長年付き合っていた彼女に振られたのだ。原因は俺にあった。不器用と言ったら、逃げなのだろうか。20代中盤にもなって、年下の彼女に振られたのだ。

「人間は簡単には変われない。」

俺が口癖のように言っていたことだ。でも、今考えるとこれは甘えなんだろうな。他人に期待していないと言うように見せて、自分に逃げ道を作っていたんじゃないかと思う。仮にこれが真実であったとしても、大きく変わるために死ぬ気で努力をするべきなんだ。というか、すべきだったと言うべきか。

 彼女はこう言った。
「あなたはずっと変わらなかった。」

 その通りでしかない。何か言い返せる言葉なんかあるのだろうか。いや、ないだろう。そして、俺は一度でも変わる努力をしたのか。いや、してないだろうな。見せかけの努力だったような気がする。なんで俺は努力をしなかったのだろう。少し考えてみた。多分、諦めてたんだろう。たとえ、努力したとしても、簡単には変われないのだから、焦る必要はないと。変わる努力というのは痛みを伴う行為だ。俺は傷つきたくなかったんだろう。自分と向き合うことで自分の弱さを受け止めたくなかったんだろう。

 今日、彼女の本当の優しさに気づいた。いつものように彼女は優しい、器が大きいなどと当たり前のように言っていたけど。そう、当たり前になっていたんだ。そして、その彼女の優しさに甘えていたんだろう。優しさを受け止めて感謝することと甘えることは全く違うのに。いつまでも彼女は俺のことを好きでいてくれると思っていた。そんな彼女が冷めてしまった。

 イヤホンを耳に差し、好きなアメリカのラッパーの失恋ソングを聞いて、涙を流す、家の近くの川の前で。目の前の景色を見て、微かに聞こえる自然の音を聞いていた。架かる橋の上を走る車、川に流れる水、そこで泳ぐ魚、建物の光、濃紺な空に光る星、全てが綺麗だった。思い出が頭を過ぎる。そして、後悔、俺は何をしてたんだ。こんなダサい姿ないよな。

 次の日から変わる努力を始めた。簡単なことだった。捨てるものを捨て切る。ただ、それだけだった。俺は逃げることもやめた。酒もあまり飲まなくなったし。金遣いに関しても徹底した。久しぶりに会った人達には
「良い顔つきしてる。」
と言ってもらった。

 人間、努力したらすぐにでも変われるんだなと思った。過去の自分をぶん殴って言い聞かせてやりたい。

 でも、彼女はある日こう言った。
「復縁できるとは思わないで。」

 そりゃそうだよな。何年も変われなかった奴が少しくらい変わったところで信じられないし。一度冷めた彼女はそう簡単には戻らない。虫が良すぎるんだ。

 俺は仕事の帰り道でガードレールを殴った。空洞の鉄は振動して音を立てていた。拳は痛くもなければ、気持ちが晴れる訳でもなかった。日に日に彼女は飲みに行く回数が増えた。終電で飲みに行っては、朝に帰る日が続いた。俺は男の影がすると、イライラしてしまっていた。その時にうんざりする。あぁ、俺も結局雄なんだと。
 
 ある日、友達の女の子と話した。
「早く離れた方がいいよ。」
「一緒にいるうちはありがたさに気づかない。」
「離れた時に、彼女はハルくんとよりを戻したいと思ってくれると思うよ。」
「大丈夫。これ私の経験談。(笑)」

 はっきり言って、2ヶ月は絶望していた。自分の人生で大きなものを失った気でいた。そんな時にストレートに伝えてくれた。しかも、その子にはとてもシンパシーを感じていた。なぜか強い説得力があった。少し心が和らいだ。

 ある日、クソだと思っているYoutuberのshort動画を見た。
「彼女が冷めた?それは彼女が自分の時間を大切にし始めたってだけなんだよ。ずっとベタベタでも重たいでしょ?今は、お互いに自分の時間を大切にできる良い機会なんだよ。」
 はっきり言って綺麗事だと思う。でも、すごく納得した。複雑に考えることなんかなかったんだ。これは正しい。人間の心理なんて、シンプルなんだ。

 今日から俺はイケてる自分を作ることに決めた。出来る限り、ファッションを磨き始める。身体もほぼ毎日のように鍛える。好きなことも本気でやる。SNSに自撮りを載せることだって躊躇わない。自分を磨き上げて、ナルシストになったっていい。とにかく自分がイケてると思うこと、楽しいと思うことを続ける。とにかく続ける。

「あぁ、人生楽しいな。俺はこっからだ。」
Youtubeで好きなアーティストのライブ映像を見ていた。支度をして、イヤホンを耳に挿し、家を出た。



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