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海外拠点のローカル化を促すストーリーとしての人事制度設計

※この記事は"PASONA SINGAPORE Newsletter 2020年3月号に寄稿させて頂いた内容になります。シンガポールの文脈で記載した内容になりますが、国を問わず、人事に携わる皆様・人事に関する悩みをお持ちの海外拠点のマネジメントの皆様にお勧めの内容になっています。

日本人駐在員1人分でローカル社員7人分のコスト

ECA International社の調査によると、シンガポールに中間管理職レベルの駐在員を派遣するために必要な費用(Expat pay packages)は、平均で$325,000(約2,600万円)。但し、このデータには低所得国から派遣される駐在員も含まれています。

実際ある日系企業では、日本人駐在員1人当たり3,000万円程度かかっているとおっしゃっていました。MOMによると、2019年度のシンガポール人の給与水準(中央値)はS$54,000(約430万円)程度ですので、単純化するとシンガポールでは日本人駐在員1人のコストで標準的なローカル社員を7人雇える計算になります。

経営環境の変化に伴い、進化が求められる人事制度

これに対し、コスト削減圧力や真のグローバル化等の目的で大企業を中心に駐在員の削減が進んでいます。それに伴い、目指す組織の方向性も「日本人ありきの組織」から、「ローカルを中心とした自律的な組織」に変わりつつあります。このように、経営環境が変化する中でそれに呼応する形で進化しなくてはならないのが人事制度です。

なかなか見直されない人事制度

では、皆様の会社では定期的に人事制度が見直されているでしょうか?既存の人事制度の運用だけでなく、昨今のコロナウィルスに代表されるような突発的な問題への対処に忙殺され、そんな暇はないという方も多いのではないでしょうか?

当然その時々で業務の優先度は変わってきます。しかしながら、中長期的な事業・組織・風土の構築に大きく貢献する人事制度の見直しは、駐在人生を賭ける価値があるテーマだと言えるかもしれません。

人事制度の質を決めるのは「ストーリー性」

さて、ここで一つ質問です。「質の良い人事制度」と「質の悪い人事制度」の違いとは何でしょうか?人事制度を「正しく」見直すためには、この違いを予め知っておく必要があります。

もちろん、この質問の答えは一つではありませんが、私は「ストーリー性」にあると考えています。質の良い人事制度は、経営環境から事業戦略、人事制度が一つの物語として有機的に繋がっています。逆にそうでない人事制度というのは、制度自体が独立しており、経営環境や事業戦略と整合が取れていません。

もちろん評価や報酬を含む人事制度はそうそう頻繁に変えられるものではありませんが、一方で内外環境や事業戦略に合わせて定期的に見直されなければ、戦略を実現する人材が揃わず、結果的に人事制度が経営の足を引っ張ることにもなりかねません

知っておくべき国による思考の違い

ローカル社員主導の組織作りの一環として、人事制度の見直しにはローカル人事マネージャーを巻き込むという方も多いのではないでしょうか?その際、日本人とローカル担当者の一般的な考え方の違いを知っておくと何かと役に立ちます。

一般的にですが、シンガポール人はプロセスより結論を好みます。つまり、問題に対して即座に対策・結論を考える癖がついており、その回転の速さが「優秀さ」に直結します。一方、日本人は「なぜ?」ともっと深く考えようします。これはあくまで違いであり、善し悪しではありません。但し、この違いを理解しておかないと一向に議論がかみ合わないといったことが起きるため注意が必要です。

ストーリーを共有する

では人事制度を構築するにあたり、この「思考の違い」を超えて日本人とローカル社員が上手く協働するには何が必要でしょうか?

やはりここでも「ストーリー」が鍵となります。よくあるのが、課題出しまでを日本人が主導で行い、対策検討からローカル社員を巻き込むというプロセスです。これだとストーリーが分断され、ローカル社員がストーリーの全容を知らない、もしくは簡単に共有されているけど納得しないまま対策を考えることになるため、最終案に対する合意形成が難しくなるリスクが高まります。

そのため、ローカル主体の組織作りを本気で目指す場合は、大上段の議論からローカルを巻き込み、一緒にストーリーを紡ぎ上げることが重要です。この体験を共有すれば、細かな論点に入った際の齟齬を抑制することができます。

人事制度を介してキャリア構築上のメリットを訴求

ここまで検討の「進め方」のコツをお伝えしましたが、人事制度構築上の具体的なポイントも一つご紹介したいと思います。人事制度見直しのきっかけとなる課題は会社によって異なりますが、よくお話に聞くのが「ローカル社員の高い離職率」です。

競争が激しくキャリア意識の高いシンガポールでは、その会社で働き続けるキャリア上のメリットに対してとても敏感で、優秀な社員程その傾向が強くなります。

そのため、働く側が働き続けるメリットを感じない限り、優秀な社員から辞めてしまいます。そのメリットを設計するために、資格等級基準とそれに連動した育成体系・評価プロセスを構築することをお勧めしています。

社内でスキルアップ・キャリアアップする姿を想像できるか?

一般的に、新卒一括採用から階層別に育成・昇格が進んでいく日本では資格等級基準が作られることが多いですが、海外では採用時に作成されるジョブディスクリプションで代替しているというケースもよくお聞きします。

ジョブディスクリプションの課題は、採用直後の仕事しか書かれておらず、その次にどんなステップがあるのか、どのようなスキルが身に付くのかわからないということです。

それに対し、資格等級基準の作成を通じて各階層で求めるスキル要件を定め、一つ上の階層に上がるために必要なスキル補填の機会を会社が提供します。

また、そのスキル要件と評価視点を連動させることで内部昇格への希望も持てますので、働く側にとってスキルアップ・キャリアアップのシナリオが描きやすくなります。これにより、スキル要件と評価視点の連動は、駐在員が変わる度に評価視点が変わるといった弊害も減らすことができます。

まとめ

 ・日本人駐在員の数が減少傾向にあり、海外拠点の現地化が急務。
 ・外部環境や事業戦略の変化に伴い、人事制度の見直しも必要。
 ・人事制度の質は、大上段からの戦略からのストーリーで決まる。
 ・自律的な組織を作り上げるために、全体のストーリー設計から
  ローカルのキーパーソンを巻き込む。
 ・優秀な人材を引き留めるには社内でスキル/キャリアアップの機会を
  与える。

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