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パフォーマンス管理制度の歴史


テイラーの科学的管理法

テイラーの科学的管理法(Scientific Management)は、アメリカのフレデリック・ウィンスロー・テイラー(Frederick Winslow Taylor)によって提唱された現代的パフォーマンス管理の先駆けと言われている。

彼は第二次産業革命を機に技術革新や大量生産が進む20世紀初頭にこのアプローチを開発し、労働者の生産性を向上させ、効率的な生産プロセスを確立することを目指した。

その特徴は、作業の標準化とそれに連動した報酬・インセンティブだ。

各工程の作業手順は標準化され、標準時間が設定され、それを基準にパフォーマンスの評価がされ、給与(当時は日給)に反映されるという考え方。

当時これは生産性の向上と効率的な組織運営に貢献したが、同時にチャップリンの風刺映画でも示されている通り、労働者の尊厳や動機付けの側面を無視する傾向があったため批判を受けることになった。

目標管理制度(MBO : Management By Objectives)

その後より人間らしさを重視するマネジメント理論として、1954年にピーター・ドラッカー(Peter Drucker)によって提唱されたが目標管理制度だ。

これはMBO(Management By Objectives)として親しまれ、70年経った今でも多くの企業で使われている。

この仕組みの特徴は、一方的に設定される作業工程別の標準時間によってではなく、自身で設定した目標によってパフォーマンスや報酬を管理し、メンバーの動機づけを図ることにある。

一方で、その弊害もある。

通常目標は個人単位で設定され、本人と上司以外には公開されない場合が多く「サイロ状態(個別最適>全体最適)」になりやすい。

また目標の達成率と評価・報酬が連動するため、初めから目標を低く設定する動機が働き、挑戦しない文化が浸透してしまうリスクもある。

このMBOの課題を解決する形で1990年代に生まれたのがOKRだ。

GE社の「9ブロック」

OKRに行く前に、パフォーマンス管理制度として無視できないのがGE社の9ブロックだ。

このツールは、従業員を「パフォーマンス」と「ポテンシャル」の2軸×3段階(High/Middle/Low)で評価(レーティング)し、9ブロックの箱に振り分ける。

そのボックスは、組織内での配置(昇進・昇格)や報酬、キャリア開発の方向性を決定するための基準として使われることになる。

このツールはGEの元CEOであるジャック・ウェルチが提唱し、1980年代から1990年代初頭にかけて導入されたとされ、その後多くの企業がMBOとセットでこの仕組みを模倣したと言われている。

しかしながら、何千人、何万人もいる組織の中で、違う部門で全く異なる業務をしている社員同士を比較し、どちらが優れているのかを延々と議論する(レーティングをする)ことの意義が見直され、2016年にGEはこの制度を廃止することになる。

この背景には、GEの中に長らく浸透していた「失敗を許さない」、エラーを限りなくゼロに近づけるというシックス・シグマの考え方から、「失敗を恐れないでやっていこう」という文化的シフトもあったようだ。
(参照:「GEが9ブロックを廃止した理由。新たな人事評価制度「PD」の導入によって生まれ始めた変化とは」

ちなみに、同時期にデロイト、アクセンチュア、マイクロソフトといった大手企業が、同様の理由で軒並みレーティングを廃止しており、レーティングからノンレーティングへの大きな波が起きている。
(参照:Reinventing Performance Management, In big move, Accenture will get rid of annual performance reviews and rankings, The Push Against Performance Reviews

私はこの転換期にまだアクセンチュアに在籍していたため、年に一回の評価面談から日々の対話を重視する「Meaningful Conversation」への変化を実際に経験した。

初めは戸惑いの方が大きかったが、日々のフィードバックの機会が増え、また年に一回での評価会議でも今までは20人のチームメンバーを1位から20位まで順位付けしていたが、それをしなくてよくなった(時間をかけるのは上位の昇格者や一部の特別評価の議論のみ)のは大きな負担減になったことを覚えている。

OKR(Objectives and Key Results)

少し時計の針を戻そう。

OKRは1990年代にMBOの課題を解決する形で登場し、2000年代初頭にGoogleに採用されてから広く知られることとなった。

「Objectives」は文字通り「目標」を指し、「Key Results」はその目標の進捗や成功を定量的に測定するための具体的な数値や指標を示す。

ここまでの話を聞くと「MBOと何が違うの?」と感じる方も多いだろう。

MBOとの違いを少し整理したい。

MBOとの違い(MBO⇔OKR)

  1. 性質: 目標による管理・評価 ⇔ 挑戦・連携・育成

  2. 目標達成への期待度: 100% ⇔ 50%

  3. 運用サイクル: 年次・半期 ⇔ 四半期・月次

  4. 目標管理: 非公開 ⇔ 公開

  5. 評価・報酬との「直接的な」連動: 有り ⇔ 無し

MBOからOKRにシフトする際の心理的壁

OKR導入の際、大きな論点の一つとなるのが「4. 評価・報酬との連動」だ。

長年MBOに慣れ親しんでいると、「評価・報酬と連動させない」の理解に苦労する。

MBOを導入している企業の多くは、目標設定からその達成度を数値化し、それを評価(例えばA~D)に落とし込む計算式を持っている。

特に大企業は評価期間の作業が膨大になるため、できるだけ自動化したくなる事情はよく分かる。

この結果、もちろん目標に対する達成度が高ければ評価も高くなる。

これが目標設計と評価・報酬との直接的な連動だ。

一方OKRでは、予め設定した目標や重要成果指標の達成度を元に自動的に評価を算出するようなことは無い。

評価期間のパフォーマンスとして、頭の片隅では考慮されるが、達成度が低かったから評価が下がるということはなく、これが挑戦への心理的安全性を創り出すという論理になっている。

つまり難易度が高いことに挑戦し失敗したとしても、そこから想像もしなかった学びがあったし、その過程で素晴らしいリーダーシップを発揮したから、その点を評価してAを付けるということが起き得る。

という話をすると、不安になる人事が多い。

なぜかというと、評価が評価者の観察力や説明力に大きく依存することになり、評価の客観性や公平性を説明することが難しくなるからである。

但し、個人的に私は逆だと思っている。

評価者はMBOの評価シートを用いてコメントを記載するものの、その結果導出されるランクについて説明ができない場合が少なくない。

よくある説明が「評価シートがこういうロジックになっているから」、「人事で決めているから分からない」である。

これでは自分がなぜその評価なのか、何を改善したら一つ上の評価になりえたのかが分からないし、公平にもなりえない。

つまり皮肉的なことに、評価シートのロジックを数学の公式の様に固めれば固めるほど、評価者は評価を機械的な作業として処理するようになり、思考停止に陥り、目の前の部下の強みや課題に注意が行かなくなる。

その点、OKRを導入するとそのような機械的な計算式が無くなり、評価者は日々本気で被評価者の事を考え、なぜ自分の部下が昇格や昇進に値するかを他の評価者に論理的に説明する必要性が出てくるし、そこで戦えるようにするために部下に本気でフィードバックをするようになる。

昇進の枠が決まっている場合は、他の候補者との戦いになるので、なおさらこの傾向が強くなる。

このプロセスは決して簡単ではなく、当然評価者のスキルと適切なマインドセットが求められるため、被評価者にとって「評価者ガチャ」が問題にならないように、人事としては評価者の育成が成功のカギとなる。


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