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タイムマシンのホリデイ

ダメだ。何も思い浮かばない。一週間以内に1曲、提出しないといけないのに。俺は焦っていた。けれどこんな時、焦った所で音楽の神様が降りて来てくれるわけでもないし、即興で名曲を生み出せる天才肌でもないから、気分転換を試みるしかない。音楽から少し離れてみよう。別に現実逃避するわけじゃない。別のことをしていれば、何かアイディアが思い付くかもしれないし。

今日は勝手にホリデイにしよう。めったにしない、料理をしてみた。案の定、あまりおいしくない。この際、散らかり放題の部屋も片付けてみた。過ごしやすい環境にはなったけど、気持ちの整理まではできなかった。快適な空間で熟睡しようと思った。眠れない。締め切りのことがどこかに引っ掛かっていて、なかなか寝付くことができなかった。仕方ない。散歩しよう。

少し冷え始めた秋の深夜、あてもなく歩いていた。とぼとぼ歩いた。それなりに売れたのかもしれないけど、やっぱり俺には才能なんてないのかもしれない。バンドのメンバーと運に恵まれているだけで、実力なんてない。こんな時、あいつが生きていたら、語り合えるのに。約束していた対バンも結局実現しないまま、あんなに早く死んでしまうなんて…。そんなことを考えているうちに夜が明けた。朝日の光がまぶしい。俺は公園に辿り着いていた。

早朝からひとりの少年がブランコに乗っていた。俺はベンチに座って彼を眺めていた。俺の視線に気付いたのか、少年が駆け寄って来た。「お兄ちゃんってミュージシャンなの?」俺のギターに気付いて目を輝かせた。ホリデイのはずが、無意識的にギターを背負って出かけてしまっていた。「あぁ、これはただの趣味だよ。」「ふーん、そうなんだ。僕ね、今度合唱コンクールでソロパートを歌うことになってるんだ。『タイムマシン』って曲知ってる?お兄ちゃん、弾いてよ。」あいつの曲だった。あいつのバンドで一番売れた曲だ。今じゃ合唱で歌われるくらい子どもたちにも有名になってるのか。すごいな。あいつに聞かせてやりたいよ。俺はその曲をギターで弾き始めた。少年が歌い始めた。あいつに負けないくらい上手だった。「お兄ちゃん、ありがとう。ギター上手だね。」「キミの方こそ、歌が上手なんだね。」

朝日が完全に昇って、朝焼け色から水色に空の色が変わった頃、少年は急に大人びた表情をしてこう言った。

「対バンの約束守れなくてゴメン。今のセッションで勘弁してくれよな。俺、ずっとおまえに憧れてたよ。今でもライバルって思ってるから。」

あいつだった。ニヤっと笑うとギターの弦を指でなぞった。気付いた瞬間、彼は消えていた。無人のブランコがひとりでポツンと揺れていた。

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