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すべての原作ファンが観るべき 映画『ザリガニの鳴くところ』

18日公開の映画『ザリガニの鳴くところ』を観ました。
とても、とても良かった。
エンドロールのテイラー・スイフトのテーマソングまで、「湿地の少女」の世界に浸れる素晴らしい2時間だった。
試写会にお招きいただき、ありがとうございました。

正直、観る前はすこし不安でした。
具体例は差し控えますが、小説の映画化は暗黒の歴史に血塗られている。
原作ファンほど、映画化と聞くと「ああ、台無しにされたら、どうしよう」という心理が働く。
小説『ザリガニの鳴くところ』は屈指のお気に入りなので特にその思いが強かった。

原作の魅力についてはいまさら書くことはありません。掛け値無しの傑作。
未読なら、上記のnoteはパスして下のリンクからどうぞ。

原作ファンの方が楽しめる?

この文章は「原作ファンの精神安定剤」として書きます。
結論から書くと、本作は原作へのリスペクトがあふれた素晴らしい映画化になっています。

でも、不安ですよね。たとえば映画の宣伝や予告編。
法廷ミステリーの側面が強く打ち出され、「いや、この小説は、そうじゃないだろう」と思う原作ファンは多いでしょう。

「1500万部突破の大ヒットミステリー」。
もちろん、ウソではない。
コピーは「真相は、初恋の中に沈む」。
うん。
…………んん?

不安になり、不信感が芽生えるのも、わかります。
でも、大丈夫です。
「湿地の少女」カイアに会いたい、湿地の豊穣な世界に浸りたい、という原作ファンの望みは、ちゃんと叶えられます。

デイジー・エドガー=ジョーンズは、ティーンエイジャーから20代まで、カイアの成長を見事に演じてくれます。黒人夫婦のメイベルとジャンピンは、原作から抜け出したかのように、そこにいます。
ロケーションとセットも素晴らしい。
脚本のルーシー・アリバーが「湿地自体がキャラクターになっている」と語るように、カイアと一体不可分のあの湿地が、小説のイメージ通りに「出演」している。
そしてカイアの家。
小説を読んでいると、スケッチと収集物にあふれるカイアの家をこの目で見たい、訪れてみたい、と強く思うでしょう。私はそうでした。
この望みも、想像を超えるレベルで、ちゃんと叶えられる。
カイアの家は、当時の建材・資材を探し出して建てられたものだそうです。光の入り具合も含めて、イメージ通りでした。
その他のどの場面も、「ああ、あそこだ」と感じる納得の仕上がりになっています。

脚本はどうか。
ストーリーの流れは原作に忠実なものです。
ただ、約2時間という時間的制約から、駆け足感は否めず、原作に比べて謎解きや法廷劇の描写への配分が厚くなっています。
仕方ないところかと思いつつ、「2時間45分のディレクターズカット」を期待してしまう自分がいるのは否定できません。

でも、だからこそ、この映画は原作ファンにお勧めしたい。
映画単体でも素晴らしい出来ですが、おそらく原作を読んだ人の方がこの映画をもっと楽しめるからです。
小説の核となっている要素、たとえば湿地と邂逅して成長するカイアの歩み、テイトとの交流、カイアの自然観と「行動」の動機づけなどは、映画作品として表現するのには限界があり、描写は断片的です。
特にカイア、テイト、チェイスの3者の関係の変遷は、カイアの思索と成長の「間」が必要で、脚本の最大の難所だっただろうとと想像しました。
さきほど「2時間45分のディレクターズカット」を夢想したのは、このあたりのバランスを考えてのことでした。
じっくりと湿地とカイアを描く、自然小説としてのパートがもっとふんだんにあれば、Blu-ray購入必至だな、と。

念のため繰り返しますが、脚本は巧みに練られていて、映画単体でも破綻はない、どころか、丁寧なストーリー展開で十分楽しめます。
しかし、原作ファンなら「断片」を脳内でつないで、より深みをもってこの物語を改めて理解できるだろうと感じました。

映画を見た方はほぼ間違いなく「原作を読み返そう」と思うでしょう。
鮮明になったイメージを元に、「あの湿地」に帰りたくなる。
現に私が今、そうなっています。
そして、おそらく再読後、もう一度映画を見たくなるでしょう。
私はそのつもりです。

私には『A River Runs Through It』や『Stand By Me』など、ときに原作を読み返し、ときに映画を見返す、お気に入りの作品がいくつかあります。
『ザリガニの鳴くところ Where the Crawdads Sing』も、そのラインナップに仲間入りしそうだなという予感がします。

劇場でカイアと「湿地」に再会できるのが楽しみです。

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