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【短編小説】おい、年末年始料金やめろ


〈本編4,892文字〉




「年末年始料金って意味わかんないよね。ぼったくりだよ。どこに相談すればいいんだろ。消費者庁?」

 カラオケルームに入るなり、先輩はソファに荷物を放り投げて愚痴った。

 正直それは僕も同感だけど、先輩が店員さんに面と向かって言わなかったことにひとまずホッとしている。ジャンカラがネット予約さえすればフロントでの受付無しで部屋に入れるシステムで良かった。

「それを承知でこの時期に来てるんでしょう?それもフリータイムで」

 部屋の中はかなり暖房が効いている。コートを脱ぎながら返すと、同じくコートを脱いだ先輩は少しムッとした顔で、

「あたしはいつでもいいんだよ。推薦で受かったし。まあ共テは受けなきゃだけど······でもあんたは冬休み明けたら暇じゃないでしょ?」

「だったら一人で行けばいいじゃないですか」

「はあ?一人で行くカラオケなんかつまんないでしょーが」

「人によりけりだと思いますけど」

「マヂ?あたしは嫌だね。異論は認めん」

「そんな協調性の無さでよく受かりましたね」

「へへっ、今求められてんのは聞く力より考えて伝える力なんだよ。聞く力に自信のある総理大臣なんか論外」

 先輩は一転得意げに口の端をもち上げ、カラオケのリモコンボードを手に取った。

「お、いいねえDAMぢゃん。JOYSOUNDよりDAMの方が得意なんだよあたし」

「普通逆ですけどね」

「DAMは表現力を汲み取ってくれるの。JOYで高得点出せる連中は、歌が上手いんぢゃなくてカラオケが得意なただの機械だから」

「飲み物取ってきます」

「無視すんなし」

「何がいいですか?」

「ジンジャーエール」

 先輩のオーダーを背中で受け、僕は入ったばかりの部屋を出た。まねきねこだとドリンクバーと部屋代が別だけど、ジャンカラは一緒の料金だからわかりやすくて助かる。

 ジンジャーエールと言われたけど、一通りの飲み物をコップに注いでお盆に載せた。

 両手が塞がっているから先輩がドアを開けてくれるかと期待したけど、部屋に戻ってそれは打ち砕かれた。先輩は両手持ちしたリモコンボードとにらめっこしている。

「一発目、何にするか決めましたか?」

「いやー履歴からピックアップしてやろうと思ったんだけどさ、全然知らない曲ばっかなんだわ」

「あー······それ、たぶんVTuberの曲ですね」

「キッショ、なんでわかるんだよ。あんたV豚だったの?」

 V豚。

 あんまり公の場で言わない方がいい単語を、先輩は平然と使う。

 ここまででうっすら察している人もいるかもしれないが、先輩は口が悪い。というより、言っちゃいけないことをバンバン言いまくる。そういう呪いをかけられているからだ。

 細かいことは省くけど、僕と出会った頃には既に先輩は呪われていた。顔が良くて人気者だった先輩は、同じクラスにいた性格の悪い魔女に妬まれていたんだ。

 その魔女は『顔がいい奴は性格が悪い』という法則を妄信していて、先輩に『言っちゃいけないことを言いまくらないと死ぬ』呪いをかけた。その結果、みんなあっという間に先輩を避けるようになった。

 その後紆余曲折あって僕と先輩は知り合って、さらに何やかんやあって僕が魔女を倒したんだけど、魔女の死後も呪いは解けなかった。

 だから、先輩は言っちゃいけないことを言いまくる。それは仕方ないことだ。

 ちなみに、魔女は僕から見ると先輩より美形だったから、皮肉にも自分自身で法則を証明してしまったことになる。

「違いますよ。前に友だちが歌ってただけです」

「うっわーあんたよく頑張ったね。Vに興味の無い人がいる中でVの歌を歌う奴なんか、悼たまれなくってたまんないんだけど」

「······先輩、なんでそこまでVTuberを毛嫌いするんですか?」

「だって、あいつらは自分の顔も声も出さないぢゃん」

 そう言った瞬間の先輩の眼は、少し昔を見つめていた。

 先輩はひどい暴力にさらされた。ネット上での言葉の暴力。先輩を傷つけた連中は、誰も彼もが匿名だった。正体を隠して、無責任に先輩を攻撃した。

 魔女ぐらいなら僕一人でも何とか倒せるけど、その暴力からは先輩を守りきることができなかった。

 先輩は、そいつらとVTuberを重ねている。

「何か問題発言をしたり不祥事を起こしたりしてもさ、かおと声なんかいくらでも変えてまた表舞台でのうのうと生きていられる。そんな奴らの言動に責任なんて伴う訳無いし、そんな奴らに何万人も信者がいるのが気持ち悪い。それを布教しようとしてる奴らとか社会悪でしょ。まだ顔をさらして『身長170cm以下に人権は無い』とか言ってる奴の方が応援できるわ」

「··················先輩」

「············何だよ、急に黙っちゃって」

 自分でもヒートアップしすぎたのがわかったのか、先輩はジンジャーエールに口をつけてゴクゴクと飲み下した。

 それから喉で弾ける炭酸に少しだけ涙目になりながら、

「あ、ごめんね?あんたギリギリ170無いんだっけ」

「いや、そういうことじゃ」

「大丈夫。あんたの人権はあたしが認めるから。あたしがあんたの最高法規」

「······そりゃどうも」

「もっと喜べよ」

 口振りほど不機嫌そうではない先輩は再びリモコンボードに視線を落とし、

「やーっとV以外の知ってる曲があったよ」

「まだ履歴漁ってたんですか?」

「ねえ、『勇者』だって。YOASOBIの」

「クソムズいやつじゃないですか。一発目で喉壊しますよ?」

「いやー『勇者』も嫌いじゃないんだけどさ、やっぱ『群青』が一番好きだわ」

「フェイヴァリットを語るほど知らないでしょう」

「というかフリーレンも推しの子も観る気しないんだよね。主題歌YOASOBIって、何か製作陣の商売根性が透けて見えちゃってシラける。蛙化現象ってたぶんこのことだわ」

「違うと思いますけど」

「『SPY×FAMILY』も観る気しなかったんだけどたぶん同じ理由だよね。OPヒゲダンのED星野源ってやりすぎでしょ。やっぱ緑黄色社会ぐらいが丁度いいよ」

「······薬屋は観たんですか?」

「観たよ。なろうのわりには面白かった」

「『なろう=つまんない』みたいになったの可哀想ですよね」

「うん。テンプレ祭りで何が面白いんだかさっぱり。で、話戻すけどさ、YOASOBIって幾田りらとAyaseで結婚したらマヂでサムくない?」

「戻るどころか飛躍してますけど。男女ユニットってだけでそういう目で見るのはどうかと思いますし」

「いや、でもさ、考えてみてよ!もしあの二人がくっついたら、『Ayase、お前最初からそのつもりだったんだ······』ってならない?あんな淡白そうに見えてさ、ゾッとするよね」

「そんなことは無いと思いますけど」

「いやいやわかんないよ?幾田りらの方からかもしれないし。音楽やってる女なんて大体ヤリマンなんだから」

「先輩、今のこれまでで一番言っちゃいけないことですからね。今日は悪意キレが凄いですよ?」

「え?だってウチの高校の吹奏楽部なんて見てごらんよ?みーんな彼氏もち。何かあったらすぐ被害者ヅラしてカースト上位の王子様に守ってもらおうとするんだから」

「··················」

 ここで僕は、またしても何も言えなくなってしまった。

 先輩をいじめたのは、吹奏楽部の女子達だった。先輩を呪った魔女も、元を辿れば吹奏楽部の女子達にいじめられたことで歪んでしまった。

 直接的に攻撃されただけでなく、間接的に言いたくも無いことを言わないと生きられなくさせられた。

 先輩と接していてわかったけど、本当のこの人はとても真面目で優しい人だ。この呪いは苦痛でしかないだろう。

 だから先輩が吹奏楽部の女子、ひいては音楽をやっている女性に対してマイナスイメージをもつのも理解できる。

「なーんかさ」

 僕の沈黙を搔き消そうとしたのかはわからないけど、先輩が間延びした声を出してリモコンボードを押しつけてきた。

「YOASOBIって気分ぢゃないな。他に何か無い?」

「そうですね······ミセスとかどうです?『青と夏』とか」

「うっわ、大嫌い。あたしミセスみたいな青春を美化して若者にすり寄ろうとしてる奴ら死ねばいいと思ってるんだよね。受験に失敗したらそいつら殺して刑務所入ろうかと思ってたぐらいに」

「別にミセスはそんな曲ばっか作ってる訳じゃないですよ。『ダンスホール』とか青春要素無いじゃないですか」

「うーんよく知らないから何とも言えない······でもまあたぶんミセスが嫌いなんぢゃなくて『青と夏』が嫌いなだけだね」

「はい、では他の曲を聴いてください。『私は最強』とかもミセスが楽曲提供したやつです」

「あと受験期のカロリーメイトのCMとか夏休みシーズンのポカリスエットのCMも嫌い。あれって『青春とはキラキラしてるべきだ』っていう妄想を詰め込んで大人が気持ち良くなってるだけぢゃん?青春ポルノだよ、青春ポルノ。法律で禁止するべきだね」

「話聞いてます?」

「聞いてる。あれでしょ?『ONE PIECE』の映画のやつでしょ?あたしあの漫画読んだこと無かったからさ、この間ジャンプラで無料公開されてたやつを読んだんだけど途中で諦めちゃった」

「まあ長いですからね。どの辺りでやめました?」

「ゾロが仲間になった辺り」

「序盤も序盤ですね。1,000話以上あって第4話とかですよそれ」

「いや、何か絵が合わなかった訳よ。あと説明セリフが多すぎて嫌になっちゃったのもあるけど」

「あの絵柄じゃないと読めないほどストーリーが陰鬱なんですって。あと超大作なんだから序盤の設定説明ぐらいさせてあげてくださいよ」

「超大作って、長すぎでしょあれ。鬼滅は短かすぎだけどさ、せめて呪術ぐらいに収めればいいのに」

「呪術はまだ完結してないでしょ」

「たぶん今年の春には終わるよ?マヂで今アツいから」

「単行本勢なんでネタバレやめてくださいね。25巻もまだ買ってないんで」

「五条vs宿儺、どっちが勝ったか」

「言わなくていいです」

「だったら早く読みなよ。あれがあの漫画のベストバウトだから」

「渋谷の虎杖&東堂ブラザーズvs真人よりも?」

「それは人による。あ、そういえばさ、呪術で思い出したけど」

 先輩は不意に僕の顔を見て、




「魔女とか呪いとかの設定、あんたの中でまだ生きてるの?」




 言っちゃいけないことを言った。

「······設定って、何てこと言ってるんですか」

「だってそうぢゃん。あたしはいじめられてないし、呪われてないし、魔女なんていないし、そもそもそんなに人気者でもないし」

 言葉に詰まる僕に、先輩はあっけらかんと続ける。

「そんなにいろいろ設定付けしてまで、あたしを肯定しなくていいよ。あたしは生まれつき口が悪い。あんたの妄想癖が生まれつき激しいのと同じでね。あたし達、似た者同士なんだよ」

 言いながら僕の手からリモコンボードを取り上げた先輩は、再び履歴を漁り始めた。

「············でも、そう思い込まないとおかしいじゃないですか」

「何が?」

「先輩が僕と仲良くしてることですよ。先輩みたいな人が妄想野郎と一緒にいるなんて、おかしくないですか?」

「いやいや、バカだね~あんたは。お、噂をすれば鬼滅のOPあったよ。これでいいや」

 先輩がリモコンボードを操作すると、モニターに予約完了の表示が出てきた。

「『いじめられて心が弱ってたところに優しくされた』とか、『必死に戦って魔女から救ってくれた』とか、『呪われていても普通に仲良くしてくれた』みたいないい感じのドラマが無くてもさ」

 先輩は充電器に刺さっている二本のマイクを抜きながら、



「            」


 僕に片方を手渡した。

 暖房が効いているせいか、先輩の頬は紅潮していた。

「さあ、あたしmiletやるからあんたマンウィズやってね」

「······わかりました」

 応えて、僕達は歌い始める。

 三味線とエレキギターによるイントロに呑まれて聞こえなかったけど、先輩はきっと、また言っちゃいけないことを言ったんだろう。




〈おわり〉

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