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ヘイアンリリック 第一話【週刊少年マガジン原作大賞応募作品】

【記号注】
モノローグ:M ナレーション:N
キャラ紹介:〈〉



 夜の平安京。巨大な顔に手足が付いたという外見の二体の妖魔が、寺の境内でグチャグチャと音を立てて若い女達の肉を貪っている。


N
「平安中期。それは貴族が栄え国風文化が花開いた風雅な時代。そして、妖魔が蔓延る恐怖の世界」

 霞城行平と榎本馳永、境内に踏み込む。

征妖府せいようふ大尉たいじょう 榎本えのもと馳永はせなが

馳永
「すげえ霊力だ······こりゃ相当強い妖魔だな」

〈征妖府大尉 霞城かじょう行平ゆきひら

行平
「弱い妖魔の相手ばかりしていては、私達はいつまでも昇進できません。早く強い妖魔と······もっといえば仙魔と戦わなくては」

馳永
「は?お前本気か?俺は中将になるがお前は無理だ。今は榎本家おれたちの時代、落ちぶれた霞城の人間に運は回ってこない」

行平
「ご安心を。姉上と私で霞城を再興させますので」

馳永
「ハッ、みかどからのご寵愛に恵まれない更衣と俺より弱い征妖師でか?」

行平
「······どちらも事実ではありませんね。後で私の実力から試してみますか?」

 行平と馳永が角を曲がると、顔に手足が付いた妖魔が食事をやめ、二人へ振り向く。妖魔の口からは女の脚や髪がはみ出している。

〈下等妖魔 入道面にゅうどうづら

 行平と馳永、真剣な表情に変わる。

馳永
「試すまでもねえが······あいつらは倒すぞ」

行平
「ええ、もちろん」

 行平と馳永、刀を抜く。脚を飲み下した入道面が行平に飛びかかり、行平は前進してすれ違いざまに敵の両脚を斬る。

入道面
「ぐばっ、ぐばおぁぁぁぁぁぁっ!ぐおあああああぁ!」

 入道面が叫びながら両腕をばたつかせて行平を睨み、両脚を徐々に再生させていく。

行平M
(言葉を発さない。下等妖魔には違い無いだろうが、それにしては妙に大きな霊力が漂っているな······再生速度に関しては人を食った直後なら妥当か)

 刀を構え直す行平を見て、入道面は逃げようとする。

行平
古今こきんから取りましょうか。
 天つ風 雲の通い路 吹き閉じよ
 をとめの姿 しばしとどめむ」

 行平が唱えると、強風が吹き始めて周囲の物体をかき集め、入道面の行く手を阻む。

N
「天女が天界に帰るのを引き留めるため、上空の風に雲で道を閉ざすよう命じる。百人一首にも収められている僧正遍昭そうじょうへんじょうのこの歌を、行平は『逃走する相手を風によって足止めする』と解釈した。歌に宿った霊力を自らの解釈を通して詞霊ことだまに変え、超常的な現象を生んだのだ」

 入道面が障害物をよじ登ろうとする。

N
「霊力によって強化された肉体と武具。詞霊によって引き起こされた現象。それらを駆使して妖魔を征する者達を」

 行平が地を蹴って飛び出し、障害物の頂上に立った入道面を追い抜きながら両断する。

N
征妖師せいようし。平安の人々はそう呼んだ」

 着地した行平が振り向き、刀を鞘に収めながら黒い煙となって消滅する入道面を見つめる。跡形も無く消え去り、若い女の遺体が残された。行平は目を閉じて手を合わせる。

馳永
「おい、そっちも終わったか?」

 同じく刀をしまった馳永の足元で、黒い煙が上がっている。

行平
「ええ。この場の処理は補征官ほせいかんの皆さんに任せましょう。私達にはまだやることがあるようですから」

馳永
「俺に指図するな。だがまだ大きな霊力が消えてねえのは確かだな。さっきの雑魚じゃ手柄にならねえし、この霊力の正体を探るぞ」

行平
「念のため応援を呼びますか?」

馳永
「必要ねえ。どれだけ強い妖魔だろうが、俺が倒す」

 行平と馳永、境内を出る。

馳永
「二手に分かれるぞ。俺は右に行く。お前は左へ行け」

行平M
(こっちには指図するんだ······)

行平
「高等妖魔がいるかもしれません。一人でいいのですか?」

馳永
「問題ない。お前に手柄を半分も取られる心配が無いからな」

行平
「そうですね。それは私も同じこと」

 行平、馳永と別れて通りを進む。

行平M
(霊力がどんどん強くなっている。近いな)

 行平、刀の柄に手を伸ばす。物陰に身を隠して様子を窺うと、空中に横向きの大きな黒い渦が浮かんでいる。

行平M
(何だあれは?霊力を感じるが、妖魔の術か?そうであれば、刀に霊力を込めて斬れるはずだが······)

 行平、渦の正面に近づく。

行平M
(ものすごい霊力が吹き寄せている。どこかから吸っているのか?誰が何のためにこれを現出したのかはわからないが、問題が起こる前に斬るべきだ······)

 行平、刀を抜いて振りかぶる。直後、脇腹へ横薙ぎの打撃を受けて吹っ飛び、塀に叩きつけられる。

行平M
(なん、だ······!?)

 行平、立ち上がって刀を構える。彼の前には3メートルを超える巨体をした、四つ足の獣型妖魔が現れていた。

行平M
(渦からの霊力に自分の霊力を紛れさせたのか!)

狩獅子
「そんな恐い顔しないで?死ぬときぐらい楽しいこと考えてた方がいいよ?」

行平M
(人の言葉を話す妖魔。渦のせいで細かくは把握できないが、相当な霊力をもっている。おそらく高等だ)

〈高等妖魔 狩獅子かりじし

狩獅子
「君、征妖師だよね?この渦を壊しに来たんでしょ?仕事が無くて退屈だったしお腹も空いたからさ、征妖師はあんまりおいしくないんだけど食べちゃうよ?」

行平
「······この渦について何か知っているんですか?それに仕事と言いましたが、それは誰から与えられたんですか?」

狩獅子
「ん、君知らないの?そんなに偉くも強くもないんだ?じゃあ瞬殺かもね?」

 狩獅子が行平に飛びかかった。行平はこれを横に跳んでかわすが、すぐさま追撃が迫る。大きな爪による斬撃を刀で受け止めて距離を取り、猛スピードで突進してくる狩獅子を前方にジャンプしていなした。振り向きざまに刀を振ると、背後を襲おうとした狩獅子の鼻先に切り傷を負わせた。

狩獅子
「へえ、やるね?結構楽しいかも?」

行平M
(これまで戦ってきた妖魔よりも明らかに速くて強い。どうにか食らいついていかなければ)

 鼻先の傷が治り、再び狩獅子が行平に襲いかかる。行平は次第に防御一辺倒になり、狩獅子の頭突きを浴びて塀に衝突した。行平の口から血がこぼれる。

行平M
(······あの黒い渦が壊れたらどうなる?妖魔に影響があるかもしれないし、悪事を未然に防げるかもしれない。やってみる価値はありそうだ)

 行平、狩獅子の攻撃を転がってかわしながら渦の正面に移動し、刀を構える。それを見た狩獅子、殺気立った表情になってスピードを上げ、行平を押し倒す。

狩獅子
「何してるの?壊させないよ?どうにかなると思った?偉くも強くもないのに生意気だよ?」

 行平は顔面に牙を立てようとする狩獅子の口を刀で防ぐが、じわじわと押し込まれていく。刀身にヒビが入る。

行平M
(やはりこの渦には何かある。それをみんなに伝えなくては!それに、霞城を落ち目にしたまま姉上を残しては死ねない!)

 狩獅子の大きな口が行平の顔全体を覆うほど開かれ、その牙が眼前に迫る。そのとき、黒い渦から何かが飛び出して狩獅子にぶつかった。狩獅子が横に転がり、行平の体の上に渦から現れた何かが落ちてくる。

 行平は落ちてきたものに目をやり、自分に跨がっている、ギターケースを背負った安里と眼が合った。

行平・安里
「························え?」








N
「2016年7月。九条大学学生食堂」

 テーブルで向かい合って座る安里と利公。安里のノートを読んでいる利公が顔を上げ、ノートを安里に突き返す。安里の足元にはケースに入ったギターが置かれている。

〈九条大学二年生 バンド『アナザーキミモト』ギター 上江かみえ安里あんり

安里
「どうだった?結構自信作なんだけど」

〈九条大学二年生 バンド『アナザーキミモト』ボーカル兼リーダー 寒川さんがわ利公りく

利公
「······あんま良くない。これじゃたぶん一次審査も通るかどうか」

安里
「えーっと······どこが駄目だった?」

利公
「駄目っつーか、安里の歌詞が俺の曲と合ってない。俺としてはもっとこう、ガツンとした感じのフレーズが欲しいんだ。耳に残るリズムを作ってるつもりだから、それを乗りこなせるぐらいの強烈な言葉が欲しい」

安里
「強烈な言葉······?でも、わたしだってそういうつもりで書いたよ?ほら、特にラスサビ前のところ」

 安里がノートの一部分を指さす。そこには
『東風の秋 朝凪の冬 霧の春
 懐きもしない 君と過ごそう』
 と書かれている。

利公
「ごめん、そこが一番わかりにくい。というかわかんない」

安里
「······利公、わかんない?」

利公
「うん。いや、きっと深い意味があるんだろうなってのはわかる。だけどそれって、聴く人が考えてくれないと伝わらないんだ」

安里
「え、いいじゃんそっちの方が。わたし達の歌のことを考えてくれるんだよ?何度も味わってくれるんだよ?」

利公
「もちろん俺だってそっちの方がいいよ。でも、それだとウケないし売れないんだ。いや、メジャーデビューすらできてないバンドマンが言えることじゃないかもしれないけどさ······今の時代、『わかりにくい』は『つまらない』に直結する。噛めば噛むほど味が出るものより、一口で美味いってわかるものをみんな欲しがってるんだ」

安里
「でもそれって、わたし達がやりたいことじゃなくない······?」

利公
「うん。だけど、デビューしたいならウケるしかない。デビューできて、ある程度売れるまでは、我慢しなきゃいけない。安里にとってはすごくつらいかもしれないけど······それでもいつか俺達の音楽がみんなに認められるまで、そしてその後も、俺は安里に詞を書いてほしい。安里にしか、俺の曲に詞を当ててほしくない」

安里
「············利公」

利公
「ごめん、勝手なこと言って。やりたいことができるまで、安里の良さを抑えなきゃいけないんだけど······いいかな?」

安里
「いいよ。今さら他と組む気も無いし」







 日没後の、大学から寮への帰路。ギターケースを背負った安里と基子が並んで歩いている。

安里
「とか言ったけどさあ!あいつ、わたしの書いた詞の意味気づいてないんだよ!?それなのに『安里にしか詞を当ててほしくない』って、どういうつもりな訳!?」

〈九条大学二年生 バンド『アナザーキミモト』ベース 福浜ふくはま基子もとこ

基子
「でも、そう言われて悪い気はしなかったでしょ?」

安里
「それは、まあ、そうだけど······」

 安里、顔を赤くする。

基子
「ねえ、安里が思ってるその歌詞の意味って何なの?」

安里
「へ?あ、いや、まあ、それは聴いた人が考えてくれればなぁとか?」

基子
「えー!何それ!」

安里M
(言えない······利公のことが好きだよって歌詞なんだけど、流石に言えない)

基子
「結局、歌詞書き直すの?」

安里
「うん。利公の曲を変えてほしくないし」

基子
「そっか。安里と利公、高校から組んでるんだもんね」

安里
「うん」

基子
「信頼してるんだ」

安里
「うん」

基子
「付き合ってんの?」

安里
「うん······って流れで答えたけど違うよ!?そんな気配無いから!」

基子
「あ、付き合ってないんだ!いや、あたしもカールも直沢なおざわもずっと気になってたからさ!いやーこれでスッキリだわ」

 安里と基子、分かれ道に差し掛かる。

安里
「あれ、寮帰らないの?」

基子
「あー、あたし今日急にバイト入っちゃったんだよね。たぶん帰るのは十時半過ぎると思うから、先にご飯食べといて」

安里
「わかった。バイトガンバ」

 安里、手を振って基子と別れる。

安里M
(利公は『デビューまでは我慢』みたいに言ってたけど、それってホントにいいのかな?受け入れてもらうためにやりたいことを曲げるのって、普通のことなのかな?それとも、わたしがわたしのままで他の人達にわかってもらいたいってだけなのかな?)

 安里、立ち止まる。

安里M
(みんなはどうなんだろう。基子は?カールは?直沢さんは?売れるのが先?認められるのが先?後からでも訊ける。だけど今すぐ訊かなきゃ。そうしないと、ずっと言えないままな気がする)

 安里、来た道を引き返して基子を追いかける。

安里
「基子!」

 安里、呼びながら角を曲がる。安里の目の前には黒い渦が浮かんでおり、基子が吸い込まれそうになっている。

安里M
(······何これ?)

基子
「安里!」

安里M
(······いやいや、ボーッとしてないで助けなきゃでしょ!)

 安里、渦に近づいて基子の腕を掴み、必死に踏ん張って引きずり出す。基子が勢い良く飛び出して、バランスを崩して足を浮かせた安里が吸い込まれていく。

安里
「え、ちょっ、何これ!どういうことぉぉぉぉぉぉ!?」

基子
「安里ぃぃぃ!」

 基子、安里の手を掴もうとするがわずかに間に合わない。安里、渦に吸い込まれていく。







 回想。放課後の教室。学生服の安里がギターを弾き、利公が歌っている。

利公
「安里、やっぱりギター上手いよね。耳コピもできるし、ホントにすごい」

安里
「ありがと。でも利公だって歌上手いよ。学祭でギター弾くだけだと盛り上がらないけど、歌ってくれる人がいるだけですごく良くなる」

利公
「······ねえ安里、これ見てほしいんだけど」

 利公、安里に楽譜を見せる。

安里
「これ何の曲?」

利公
「俺が作った曲」

安里
「利公が?すごいじゃん!」

利公
「まだすごいかはわからないけどね。他の人に見せるのは初めてだし。これを安里に弾いてみてほしい」

安里
「わたしに?どうして?」

利公
「それは······俺、周りからは趣味の範疇だって思われてるし、音大なんか行かせないって親にも言われてる。だけどメジャーデビューしたいんだ。俺の音楽をみんなに伝えたいんだ。それで、その、何というか、安里と一緒にできればいいなって思って······」

安里
「利公······」

 安里、利公から目を逸らして顔を赤くする。

安里
「わたし楽譜読めないよ?」

利公
「そうなの!?いや、でもまあ、耳コピできるから大丈夫」

安里
「それに歌詞が無いと覚えられないし······」

利公
「それは······じゃあ、安里が覚えやすいような、好きな言葉をつけてよ」

安里
「わたしが?」

利公
「うん。後でキーボードで弾いた音源送るからさ、安里が歌詞をつけてみて。俺一人で詞をつけるより、安里と一緒に一つの歌を作る方がずっと価値がある」

安里
「うん······じゃあ、やってみる」

安里M
(あのときは、確かにお互い好きだった。言葉には出さないし、付き合ってた訳でもないけど、利公はわたしのことを好きでいてくれた。利公が目指しているものに向かう手助けをしたかった。それなのに、今利公はわたしのことを認めてくれてないように感じる。本音をぶつけられる関係って言えば聞こえはいいけど、やっぱりどこか寂しい。いつか、わたしのしたいことと利公の目指してるものがまた重なればいいのに)

 宙に浮いた安里、黒いトンネルのような空間を進んでいく。

安里M
(······って違う!何で走馬灯とか見てんの!まだ諦めるな!といっても体は動かないし結構なスピードで進んでるしでどうすんのこれ?)

 安里、目を動かして光が射しているのを発見する。

安里M
(何か、あそこに引き寄せられてない?いやホントに引き寄せられてる近い近い近い近いちょっと待って放り出される!?)






 道いっぱいに入道面が広がっている。馳永、刀を抜く。

馳永
「何だよ、やけに大きな霊力だと思ったら雑魚が集まっただけか。期待させやがって」

 入道面、怒りの表情を浮かべている。

馳永
「群れの縄張り荒らされて腹立ってんのか?だったら丁度いい。俺も腹立ってんだ、どっちが死んでも文句ねえよなぁ!?」

 馳永、入道面の群れに切り込んでいく。







 トンネルを抜けた安里、狩獅子にぶつかって横に転がし、行平に跨がるような恰好で着地する。

安里・行平
「························え?」

 安里と行平、しばし見つめ合う。

安里M
(誰この人?何この昔っぽい衣装?というかここどこ?何かにぶつかったっぽいし謝らなきゃかな?)

 安里、横へ目をやる。狩獅子が起き上がり、牙を剥き出しにしている。

狩獅子
「あっちの人間が来ちゃったんだ?そのせいで渦が消えちゃうんだけど?」

 安里、反対方向へ目をやる。黒い渦が一気に収束し、消えていく。

安里
「えっと······す、すみません」

狩獅子
「すみませんじゃないよ?どうしてくれるのかな!?」

 狩獅子、安里に飛びかかる。行平、安里を抱えて回避し、道沿いの建物の屋根へと跳び移る。

安里M
(何あのでっかいの!というか街がすごく昔っぽいんだけど!そして誰この人パート2!しかもわたしお米様抱っこされてる!)

行平
「お怪我はありませんか?」

安里
「あ、は、はい!」

行平
「良かった。少し移動しますので、しばらくこのままで我慢してもらえますか?」

 狩獅子、行平と安里を睨んで跳び上がろうとする。

行平
韓衣からころも 裾に取りつき 泣く子らを
 置きてぞ来ぬや おもなしにして」

 行平が唱えると四人の子どもが出現し、狩獅子の四肢に抱きつく。狩獅子、振りほどこうともがく。

安里
「何あれ······!」

行平
「本来は引き留める子ども達を置いてきてしまったという歌です。強引な解釈をしていますので効果は弱い。飛ばしますので気をつけてください」

 行平、安里を抱えたまま何軒もの屋根を走る。安里、ギターケースが落ちないように紐を握る。行平、数百メートル離れた太い道に下り、安里を降ろす。

安里
「あの、助けてくれてありがとうございます」

行平
「とんでもない。あなたには訊きたいこともありますし」

安里
「訊きたいこと?」

行平
「ええ。なぜあの渦から出てきたんですか?あれについて何か知ってるんですか?」

安里
「いや、わたしも何が何だかわかってないんです。友だちを助けようとしたらこけちゃって、自分が吸い込まれちゃったんです」

行平M
(あの獣型妖魔が殺そうとしていたし、この人が妖魔の仲間だとは考えにくい。ひとまず敵ではなさそうだ)

行平
「この道をまっすぐ行けば大内裏だいだいりに着きます。『妖魔に襲われた。霞城行平に言われて来た』と門番に伝えれば、匿ってくれるでしょう」

安里
「······大内裏?からかってます?」

行平
「いえ、本当です。普段は平民の立ち入りを制限していますが、妖魔の被害者は保護せよと帝がお命じになったのです」

安里
「内裏に帝って、平安時代じゃあるまいし」

行平
「······今は平安の世ですよね?ここは正真正銘平安京ですし」

安里
「············あー、そういう感じか。タイムスリップ的なやつねって渦消えちゃったけど!?帰れないけど!?」

行平
「······?とにかく、もうすぐあの妖魔が追ってきます。あなたは早く逃げてください」

安里
「いや、えっと、行平さん?はどうするんですか?まさかさっきのと戦うんですか?」

行平
「もちろん。それが私の仕事ですから」

安里
「でも、その刀······」

 行平の刀はヒビ割れ、刃こぼれしている。行平、苦笑する。

行平
「すみませんが、あなたが背負っているものを見せてもらえませんか?」

安里
「いいですけど······?」

 安里、地面にギターケースを置く。行平、ケースを開ける。中にはアコースティックギターと一冊のノートが入っている。

行平
「これは······筝ですか?」

安里
「ギターっていう楽器です。すみません、武器になりそうなのを探してましたよね?」

行平
「いえ、こちらこそ突然無理を言って申し訳ない。得物が無くても戦えるよう鍛練は積んでいますから、ご安心ください」

安里
「それって、さっきの短歌のやつですか?」

行平
「ええ」

 行平、安里のノートに目をやる。

行平
「この書物、拝見しても?」

安里
「どうぞ。大した詞は書いてないですけど」

 行平、安里のノートを開く。

行平
「横書き、それも左から読むのですね?」

安里
「あ、そうです」

 行平が注目したのは、
『東風の秋 朝凪の冬 霧の春
 懐きもしない 君と過ごそう』の歌詞。

安里
「それ、自分では良くできたつもりなんですけど、他の人に見せたらよくわかんないって」

行平
「そうですか。でもこれ、いい歌ですよ?」

安里
「······え?」

 急ブレーキをかけて土煙を上げた狩獅子、行平と安里の前方100メートルほどの位置に現れる。

行平M
(僧正遍昭、もう一度お借りします!)

行平
「東風は春、朝凪は夏、霧は秋の風物です。それなのに全てちぐはぐになっている。おかしいと思わせておいての下の句です」

 風が吹いて障害物が積み重なるが、狩獅子は容易く突破する。行平、再び詞霊で障害物を作る。

行平
「犬か猫か子どもかはわかりませんが、懐きもしないのだったら普通かわいがりません。それでも、どんな季節も一緒に過ごそうという気持ちになっている。それほどまでに愛しいということですね?」

 狩獅子、障害物を突破する。

行平M
(解釈が強引すぎて力が弱い······!)

行平
「ここでちぐはぐな上の句が活きてくる。下の句の状況のおかしさを補完している。そして、一見夏が無いように思えますが、ちゃんとあるんですよね?それが『なつきもしない』、つまり『夏来もしない』ということですね?」

 狩獅子、さらに障害物を突破する。

行平
「懐かれないことで夏が来ない、夏とは栄華の絶頂や繁栄を想起させますが、なぜそれが来ないのか。犬猫や子どもだったら少し不自然です」

 安里、一心に行平の言葉を聞いている。

行平
「つまり、これは恋の歌です。想い人が自分を愛してくれないために幸福の絶頂に達することはない。それでもその人といつも一緒にいたいという恋心を詠んだ歌です。『懐く』という表現がまた何ともいえないいじらしさを感じさせますね」

 狩獅子がまたも障害物を破り、行平と安里の目前に迫る。

行平
「他の方がどう言うかは知りませんし、関係ありません。私にとっては、あなたの歌は間違いなく名歌です」

安里M
(······わかってくれたんだ。考えてくれたんだ。認めてくれたんだ。わたしが込めた意味、全部。何か、こんなこと感じてる場合じゃないのに)

回想利公
『あんま良くない』
『わかりにくい。というかわかんない』
『安里の良さを抑えなきゃいけない』

 安里の頬を涙が伝う。行平、それを見て微笑む。

安里
「ありがとう、わかってくれて······!」

N
「歌の作者の意図と解釈がずれるほど詞霊は弱くなる。しかし、その逆もあり得る。作者の意図を完全に汲み取ったとき、作者、歌、解釈者の三つの霊力が一つにつながって増幅し、圧倒的な力を生む」

 最後の障害物を破った狩獅子、行平に飛びかかる。行平、狩獅子の鼻先に拳を叩き込む。

N
「解釈一致」

 狩獅子、大きく吹っ飛ばされて地面を転がる。

狩獅子
「あのさあ、痛いんだけど!?」

 狩獅子、再び行平に飛びかかる。行平、跳び上がって狩獅子の顔面にハイキックを直撃させる。狩獅子、塀を突き破って転がり、立ち上がって接近しようとするが力尽きて倒れ、黒い煙となって消滅する。

安里
「勝った······?」

行平
「ええ、勝ちました。あなたのおかげです」

安里
「わたし?でも戦ったのは行平さんですし」

行平
「いえいえ、私達征妖師は、あなたのように素晴らしい歌を作ってくれる人がいなければ戦えません。だからあなたのおかげです」

安里
「征妖師?それにさっきは何となく流しちゃいましたけど、歌で戦うってどういうことですか?」

行平
「そうですね······あ、その前にあなたのお名前を訊いてもよろしいですか?」

安里
「安里です。上江安里」

行平
「改めまして、霞城行平です。安里さん、見たところ京の人ではないようですが、宿はありますか?」

安里
「いや、ないです」

行平
「では立ち話も難ですし、よろしければ私の姉のところへ行きませんか?妖魔の被害に遭ったと知れば、必ず受け入れてくれます」

安里M
(確かに泊まるとこ無いし、悪い人じゃなさそうだし、ついてってみる?タイムスリップもので現地協力者は必須っぽいし······)

安里
「ん、待ってください。妖魔?の被害者を受け入れてくれる場所って、さっき行平さんが言ってた······」

行平
「ええ、大内裏です。今から行くのはその中にある、帝や后妃の方々がいらっしゃる内裏ですね」

安里
「だいり?ってあの内裏?行平さんのお姉さんってお妃様!?」

 安里が驚き、行平は力なく笑う。

行平
「行きましょう安里さん。我が姉の住まう後宮へ」



〈つづく〉

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