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ヘイアンリリック 第三話

【記号注】
モノローグ:M
ナレーション:N
キャラ紹介:〈〉




〈女孺(下級女官) 摩耶まや

 摩耶、井戸から水を汲んで手桶に入れ、運び始める。異変を感じて桶を見ると、水が空になっている。摩耶、桶の裏底を見るが穴は空いておらず、首を傾げる。井戸に引き返して水を汲み再び運ぶが、また桶が空になっている。

摩耶M
「やばい!いつもミスばっかなのに水汲みすらできなかったら、鬼みたいな掌侍にガン詰めされる!」






N
「午後二時。大内裏、征妖府書庫」

 行平、過去の記録を読んでいる。机には他の記録が積まれている。馳永、書庫に入ってくる。行平、顔を上げる。

行平
「馳永さん、昨晩は合流できずにすみませんでした。あの辺りを縄張りにしていた妖魔二十体を一人で斬り伏せたと聞きましたよ」

馳永
「嫌味かそれ?お前は一人で高等妖魔を倒したそうじゃねえか」

行平
「いえ、私一人では勝てませんでした。助けた方が作った歌のおかげです」

馳永
「ハッ、謙遜はいらねえ。癪なだけだ。だが覚えとけよ?次に高等妖魔が現れたら、それを倒すのは俺だ」

 馳永、書庫を出ようとする。

行平M
「何しに来たんだろう······」

行平
「そうだ、待ってください!」

 馳永、足を止める。

行平
「別の場所、あるいは別の時代から霊力を吸い寄せる黒い渦······それについて何か知りませんか?」

馳永
「黒い渦?何でそんなこと知りてえんだよ」

行平
「それは······それが妖魔の出現につながっている可能性があるからです」

馳永
「······何だと?上野こうずけに派遣される前、同じようなことを俺の叔父も話していた」

行平
「本当ですか?その話、詳しく聞かせてください」






明玉
「安里さん、后妃付きの女官や女房に一番求められるものは何だと思いますか?」

安里
「えーっと······教養とか?」

 安里、既に宮仕装束に着替えている。

明玉
「具体的には?」

安里
「······わかんないです」

 安里、慈晴に目をやる。

慈晴
「基本的には詩歌管弦、つまり漢詩、和歌、楽器に通じていること。あとは説話や仏典の知識があれば、そんなに困ることは無いわ」

安里
「多くないですか?」

富子
「大丈夫。安里は和歌の才能があるって行平が言ってたわよ?」

安里
「いえ、あれは偶然上手くいっただけですし。でも、楽器ならちょっとは」

 安里、ギターケースを持ってきて開く。

富子
「あなたが来たときから気になってたけど、やっぱり見たことの無い筝ね」

安里
「ギターっていいます。エレキ······別の種類のものも使えるんですけど、こっちに来るときに持ってたのはこの種類ですね」

慈晴
「あら、そんなに急に故郷を離れなきゃだったの?大変だったでしょう」

安里
「え?あ、まあ、はい」

安里M
「やばい、絶対ボロが出る」

富子
「ねえ、弾いてみてよ。どんな音色なのかすごく気になるわ」

慈晴
「あら、わたしも気になります」

安里M
「弾くぐらいならセーフ?」

安里
「え、じゃあ、そういうことなら」

 富子と慈晴、拍手する。安里、ギターに手を伸ばす。

明玉
「あの!話続けても?」

安里
「す、すみません」

 安里、ギターをケースに戻す。富子と慈晴、肩をすくめる。明玉、咳払いする。

明玉
「ただ后妃の方々のお世話をするだけでは、そこまでの教養はいりません。それでもそれが求められるのは、主の顔に泥を塗らないためです」

安里
「主の顔?」

明玉
「官僚や公卿の方々が訪ねてきても、后妃の方々が直接応対なさることはまずありません。女官や女房の仕事ですので」

安里
「あ、じゃあその応対のやりようが、そのまま后妃の皆さんの印象になっちゃうんですね」

明玉
「そうです」

行平
「ごめんください」

明玉
「ほら安里さん、早速やってみま」

慈晴
「はーい」

 慈晴、表に出る。

明玉
「ちょっと慈晴さん!?」

富子
「体が反応してしまうのね。流石だわ慈晴」

明玉
「桐壺様?」

安里
「ああなればいいのか······」

明玉
「安里さん!調子に乗らない!」

 慈晴、戻る。

慈晴
「行平殿でした。安里をお呼びですよ」

安里
「え、わたし?」






 安里と行平、人のいない井戸の近くへ歩き、手桶を提げた摩耶とすれ違う。

行平
「呼び出してしまいすみません。他の人達に聞かれるとまずいですので」

安里
「全然大丈夫です。それより、こんな所に来たってことは、渦について何かわかったんですか?」

 行平、周囲を見回し、人がいないことを確認する。

行平
「あの渦は半年前にも現れたそうです」

安里
「半年前?じゃあ記録が残ってたんですね!」

行平
「いえ、征妖府の先輩から聞いた話です。探しても記録は残っていませんでした」

安里
「え?」

行平
「ある征妖師が任務の最中に渦に遭遇し、やはり高等妖魔と交戦したそうです。記録書も作成してその先輩の叔父上が確認した後に提出したそうなのですが、書庫にはありませんでした」

安里
「あ、失くなっちゃったんだ······」

行平
「いえ、消されたのだと思います。あくまでも推測ですが」

安里
「け、消されたって、誰が何のために?」

行平
「おそらく上層部の仕業でしょうが、理由は不明です。渦に遭遇した征妖師は讃岐へ一年、記録書を確認した先輩の叔父上は上野へ半年、それぞれ派遣されました。その間に証拠隠滅を図ったのでしょう」

安里
「え、じゃあ行平さんもどっか飛ばされちゃうんですか?すごく困るんですけど!」

行平
「いえ、一応記録書は書き直しましたからそれはないと思いますが、少し慎重に調べる必要があるようです」

 摩耶、再びやって来て水を汲み、すぐに立ち去る。

行平
「安里さんはどうですか?まだ一日目ですが、宮仕えはつらくありませんか?」

安里
「いえ、全然大丈夫です。桐壺様も明玉さんも慈晴さんも、みんな優しいので」

行平
「それなら良かった。もしあの渦が定期的に現れるものだとしたら、元の時代に戻る次の機会は半年後かもしれません。苦しくてもしばらく辛抱してもらわなければならず、本当にすみません」

安里
「そんな、わたしは平気ですし、行平さんのせいじゃないですよ!」

行平
「いえ、妖魔の被害者を救うのが征妖師の務めなのに、私はそれを果たせていません」

安里
「大丈夫、気にしないでください。わたしを二回も助けてくれたんですから、充分すぎるくらいです」

行平
「······そうでしょうか。安里さんがそう言ってくれるのなら、そういうことにさせてもらいます」

 安里、微笑む。

安里
「戻ります?」

行平
「ええ、そうしましょう」

 安里と行平、桐壺へ歩きだす。

安里
「あ、行平さんもギター聴いてってくださいよ。桐壺様のご要望なんです」

行平
「では、お言葉に甘えて」

 安里と行平、手桶を提げた摩耶とすれ違う。

安里M
「この人さっきも······どこまで運ぶのか知らないけど、この短時間にこんな何回も?」

 行平、足を止める。安里も足を止め、行平を見る。

行平
「安里さん、少し離れていてください」

安里
「行平さん?」

行平
「妖魔がいます」

 安里、顔を強張らせる。行平、摩耶に近づく。

行平
「すみませんが、その桶に水を入れるのはやめた方がいいですよ」

摩耶
「え、あ、はい?」

 行平、摩耶から桶を取って地面に置き、刀を抜く。

行平
「離れて」

 摩耶、行平と桶から距離を取る。行平、刀を桶に突き刺す。

空鱗
「ギャァァァァス!」

〈下等妖魔 空鱗くうりん

 魚のような見た目の空鱗が姿を現し、黒い煙となって消える。

行平
「妖魔が水を吸っていたようですね。水を吸って透明になる妖魔がいると聞いたことがあります」

摩耶
「ありがとうございます!良かった、これで怒られない······」

安里
「······何か聞こえません?空気を裂く感じのやつが!」

 安里、咄嗟に摩耶を押し倒す。二人の頭上を透明な空鱗が通過する。行平、空鱗の突進を受けて後退する。

 ヒュンヒュンという音が安里達を囲む。安里は摩耶に覆い被さり、行平は刀を握り直す。

行平
「どうやら······想像以上に多かったようです」

馳永
「大空の月のひかりしきよければ
 影みし水ぞまづこほりける」

 空気を裂く音が止み、いくつもの細長い氷が浮かび上がる。

 馳永、刀で氷を打ち砕きながら現れる。

行平
「馳永さん!」

馳永
「空鱗は群れで行動し、体のほとんどが水でできている。だから凍らせるのが有効なんだよ。勉強してるのはお前だけじゃねえぞ、行平」

行平M
「あれって勉強しに来てたんだ······」

馳永
「こうなりゃこっちのもんだ。さっさと叩き割るぞ、行平!」

行平
「はい!」

 行平と馳永は凍った空鱗を割って全滅させ、辺りに黒い煙が立ち昇る。






 夜の淑景舎。安里がギターを構える。

富子
「行平が来るんじゃなかったの?」

安里
「妖魔が出たので、報告書を書かなきゃいけないんです」

富子
「残念。じゃあお願い」

 安里、ギターを弾く。富子は微笑みながら、明玉は真剣な顔で、慈晴はうっとりとした表情でギターの音色を聴く。

 淑景舎の外。摩耶がギターの音を聴いている。

摩耶M
「これってギターだよね······?」

 摩耶、淑景舎の内側を覗く。安里がギターを弾き終える。富子と明玉と慈晴が拍手する。

明玉
「すごいじゃないですか安里さん!」

慈晴
「初めて聴いたけど、すごく良かったわ」

安里
「ホントですか?ありがとうございます」

富子
「歌にしろ音楽にしろ、何か人の手で生み出されたたものに霊力が宿るの。歌じゃなくて楽器で戦う征妖師がいるぐらいよ?安里には、霊力を宿らせる才能があるのかもね」

安里
「いえいえ、歌の方はたまたまですよ」

 摩耶、淑景舎内部に入る。

慈晴
「あらあら、どうしたの?」

摩耶
「あの、安里さんはいますか?」

安里
「え、わたし?」

 安里と摩耶、外に出る。

摩耶
「昼間は庇ってくれてありがとうございました」

安里
「それを言うために来てくれたの?そんなの気にしなくていいのに」

摩耶
「いえ、その······安里さんも、未来から来た人ですか?」

安里
「······へ?」



〈つづく〉

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