小説 熊野ポータラカ 【第4話】死者の復活



少し時間を巻き戻そう。その日、山本と、待ち合わせをしていた「めはりや」は熊野の郷土料理めはり寿司の専門店だ。塩漬けの高菜で白飯を巻いためはり寿司はそもそも地元の猟師の保存食で、目を見張るように大きな口を開けて食べることからそう命名されたと言われている。マコトはめはり寿司が大好物で、新宮に来る度に、叔父にせがんでその店に連れていってもらった。その裏通りに花屋「マリア・ヒメネス」はあった。大きな花柄の骸骨の看板が目立つ。シュガースカルと言われるものだ。待ち合わせまで30分あり時間を持て余したのでマコトは何の期待もせずに「マリア・ヒメネス」に立ち寄ったのだ。大きな音楽が奥から聞こえている。その日はメキシコでは死者の復活を祝う日だった。大きなスピーカーが店の奥にあって派手なメキシコ音楽がかかっている。店の中は、まるでパーティ会場のようだった。30人くらいの着飾った男女が、好き勝手に踊ったり、楽器を演奏したり、歌ったり、酒を飲んだりしていた。マコトは、すぐに〈マリーゴールドの女の子〉を見つけた。派手で淫靡な世界の中で、そこだけ聖なる場所のように光り輝いていた。〈マリーゴールドの女の子〉以外は皆思い思いの仮装をしていた。オレンジ、ピンク、紫、青、色とりどりの衣装、フラメンコシューズ、長いフレアスカート、大きなショール、マタドールのようなスーツ、カラフルなソンブレロ、顔にはスカルフェイスのメイクか骸骨のデスマスク。〈マリーゴールドの女の子〉は別な星の住人のように、一人ポツンとレジにいて体を軽く揺らしていた。白のシンプルなコットンシャツに色褪せたジーンズに薄いターコイズグリーンのエプロン姿がとても似合っていた。手には花柄のスカルマスクを持っていた。よく見ると小さな白い羽を背中に付けている。マコトは近づいて話しかけた。
「昔、君とこの店で会ったことがある」マコトはなんの抵抗もなく、話しかけられたことに自分で驚いた。
「覚えている」〈マリーゴールドの女の子〉は答えた。
「本当に?だいぶ前のことだよ」
彼女は笑ってうなずいた。心なしか少し頬が明らんだ気がした。
「私はまだ小学生だった」
「大人びていたね」
「今もあまり変わらないでしょ」
「そんなことはない。素敵な大人になったよ。白い翼がすごく似合う」
「あら、嬉しい」
〈マリーゴールドの女の子〉の笑顔が日差しのように明るく、周囲を照らした。右頬に傷跡が残ってはいたが、不思議なことにそれが彼女の内面からにじみ出る魅力を引き立たせていた。それは言葉にできない。マコト達のいるレジの場所だけが、切り取られて、大空を漂っているような気分だった。奥から大きな声が聞こえてきて、我にもどった。
「マリ!そこのテキーラをとってくれ」店長と思しき口髭のある中年の男だ。地上に引き戻された。そこで初めて、マコトは彼女がマリという名前だとわかった。
「お客さんがいるから少し待って」

マリは、答えた。
店の奥から大音量でマリアッチが流れてくる。マコトとマリは10秒くらい何も言わず見つめあった。時空が凍りついた。まるで永遠の時間のようだった。
「これに懲りずまた来てね」マリは、花を渡してそう言ってまた笑った。それはまさに天使そのものだった。マリーゴールドを手渡しすると時に、手が触れた。マコトは突然天国に瞬間移動したような気分になった。その感触は次の日になっても失われることはなかった。もう一度、その気分を味わいたいと、狂おしいほどに思い詰めた。その日の夜はほとんど眠れなかった。マコトはこの日を境に別な人間に変身してしまったかのようだった。毎日「マリア・ヒメネス」に通うようになった。その日から神倉の家に、しばらく泊まることにした。近くの喫茶店でランチを食べて、散歩して、花屋でマリーゴールドを三本ずつ買うのが、マコトの日課になった。神倉の家は有名な火の祭り「お燈まつり」が行われる神倉神社の真下の町だ。子供の頃、この家に泊まり、叔父さんに何度か2月の火祭りに連れて行ってもらったことがある。「お燈まつり」は上り子と呼ばれる参加者が、ハナという飾りのついた松明を持って神倉山の頂で火をもらって石段を駆け下りるというシンプルな祭りだ。松明は、ヒノキの板を五角錐に組み合わせて紐で縛ったもの。ハナはヒノキを薄く削った木の皮だ。よく燃えるから着火剤の役割を果たす。火を持って山を走るのは、現代から見れば狂気そのもの。喧嘩で人が重傷を負うこともあり、いつも山の下で機動隊と救急車が待機していた。マコトは、高校生になってから一緒に登る友達がおらず、参加しなくなったが、このクレージーな祭りが初登りの時から大好きだった。大学で文化人類学を専攻したのも、元はと言えばこの祭りの起源を調べてみたくなったからだ。残された文献があまりなく、結局ほとんど何もわからなかったが、熊野三山の歴史については多少詳しくなった。卒論のテーマは「熊野参詣曼荼羅」を選んだ。この個性的な宗教絵画は、密教の曼荼羅形式を用いて、熊野参詣の歴史と意味と行程を説明する。そこには地獄、餓鬼、修羅、畜生など階層化された世界が描かれている。「熊野を参拝して、皆で浄土に行きましょう」というのがこの曼荼羅の主旨だ。熊野三山は神社だから、完全に神仏習合である。今風にいうとPRレディの〈熊野比丘尼〉たちが全国で熊野参詣のキャンペーンを行った時、この曼荼羅でプレゼンしたということらしい。お馴染みの「那智の滝」、「那智の山」、「補陀落渡海(即身成仏の儀式)」や聖地の様々な人々の物語がわかりやすく描かれている。マコトの研究テーマをもう少し詳しく説明すると「熊野曼荼羅の構成要素とその配置、当時の宗教観念と図像の関係について」というものだ。マコトは特に「補陀落渡海」に関心を持った「補陀落」はサンスクリット語で観音浄土を意味する「ポータラカ」の音訳、9世紀から18世紀まで、南の海のかなたにあるといわれるポータラカを目指して船出する捨て身の業を「補陀落渡海」といった。それが那智以外でも行われたことを知り、足摺岬や茨城県まで足を伸ばし、関係したお寺を訪ねてインタビューをしたり、文献を調べたりもした。お燈まつりに関しては、ゾロアスター教(拝火教)との比較研究を考えてはいたが、まだ多少の文献を集めるレベルで止まっていたし、テーマが重すぎた。


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