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【台湾建築雑観】建築師の役割

今回は少し厳しい意見を書きます。建築の品質管理に関する台湾建築師の役割についてです。
そもそも、僕の所属しているコンサルタント会社が台湾に技術スタッフを送るようにと台湾の日系ディベロッパーから要請されたのは、台湾の建築師と営造会社に任せておいたのでは、満足できる品質の建物ができないと判断したからです。その辺の実情と背景について説明します。

台湾の建築師の業務

建築師、台湾では教師の師の字を使っています。日本では建築士と書きますね。中国語でこの師の文字を使う場合、これは国家によって認められた資格を有するものという意味を持つそうです。例えば藥師(薬剤師)、醫師、技師など。日本の建築士も実態は同じですが、文字だけ見ると中国語的にはこいつらは資格を持っているのかどうか曖昧な表現に見えるようですね。

字は少し違いますが、台湾でも日本でも、建築師 / 建築士の業務は同じようなものです。おおよそ下記のような業務を行います。
1. 建物の設計条件をまとめる
2. 建物の基本設計をまとめる
3. 建築の行政に対する申請内容をまとめて建築ライセンスをとる
4. 建物の実施設計をまとめる
5. 構造設計者、設備設計者、ランドスケープ設計者との調整を行う
6. 建設工事の監理業務を行う
7. 完成した建物に対して、行政に申請を行い使用ライセンスをとる
上記の内容は、日本も台湾もほぼ同じです。

では、異なっている点はどのようなことでしょうか?下記の内容は僕の個人的な考え方です。

1. 設計図書が現場での施工性に充分配慮したものになっていない。これは、日本では施工会社が自ら雑誌設計図書の問題点を洗い出し、図面を修正していくのに対し、台湾では与えられた図面の通りに施工するというのがセオリーなので、大きな問題になります。
2. 法規をクリアして建築ライセンスを得るところに、業務の大きな部分を割いており、現場の問題に対して充分な対応をしてくれない。日本では、建築確認申請は、設計監理業務の主要なクリティカルパスの一つとしか考えません。設計業務そのものと、工事監理の二本立てが建築士の主要な業務と捉えられています。費用も設計と監理を別々に計上して見積もることが多いです。
3. 工事の品質に関しては、法規に関わる部分にしか関与せず、それ以外は営造会社の責任といった態度になりがち。日本では、建設の品質に関わる部分には全般的に建築士が関わる、責任をもって対応すると思います。

総じて、建築ライセンスと竣工後の使用ライセンスの取得の法規上の手続きには対応してくれるのですが、それ以外の工事現場のことに関しては判断はしてくれないという印象です。法規以外の諸々の品質上のことについては、有効な意見を得られない場合が多い。台湾の建築師は法規担当コンサルタントでしかないというような言い方を聞いたりします。

歴史的背景

僕はこのことは、一概に台湾の建築師が能力が足りないとは言えないと考えています。建築師の業務の内容というのは時代により変化するものであり、それは台湾でも日本でもそうです。社会の要請から業務内容も定まってくるという面があります。

まず、圧倒的に違うのはその人数です。
日本の建築士は2019年で37万人が登録されているといいます。これに対し台湾の建築師は2020年で8,000人が有資格者で、そのうち半分以上が自分で開業しているのだそうです。日本と台湾の人口比で考えると、日本では380人に1人に対し、台湾では3,000人に1人となっています。人口比で見ると日本の1/8くらいしか人数がいないわけです。
そのため、日本ではディベロッパーにも建設会社にも、建材メーカーにさえも一級建築士がいて仕事をしていますが、台湾ではそのような状況にありません。多くの建築師は建築師事務所に勤めるか、自ら開業しています。そして、建築に関わる申請業務のプロフェッショナルとして仕事をする。それが大きな業務の柱にならざるを得ないようです。それ以外の業務に人材を充てられるほど、人数に余裕がないという事情があると思われます。

また、建築師があくまで個人で責任を取るという社会的制度になっていることも大きな違いです。日本では大規模な設計事務所では、管理建築士が代表となり、申請業務の押印をしますが、その設計の責任は設計事務所が組織として担うという意識が強いと思います。
それに比して、台湾では建築師事務所は会社組織をとることができません。基本的に個人事務所としてあることを求められ、一部規模の大きな事務所は複数のパートナーで共同経営している聯合事務所といった体をとります。
この違いはどこからきているのか正確なところは知りませんが、アメリカのアーキテクト制度を真似しているのかなと考えています。
そのため、個人としての建築師が最終的に抱える責任が日本よりも大きいという状況にあります。そのため、法規に関する判断以外の責任は回避したがる。営造会社の責任にするよう仕向けるように感じられます。

また、歴史的に国民党が独裁的に政治をリードしていた戒厳令の解かれる前は、政府機関の発言が絶対で、民間はそれに従うという時代がずっと続いていました。この様な状態では建築師の役割は、政府機関の下請けというようなものでしかなかったようです。あくまでリーダーシップをとるのは政治家であって、建築師の役割は自律的なものではなかった。そのような時代から民主化の時代になってだんだんと建築師の役割が増えてきているのだと思います。
台湾の建築師が日本のような意味で建築の設計と監理に関わり出したのは、この30年ほどのことでしかありません。そう考えると、この業務について考え方や態度が日本と同じでないことも、仕方がないところがあります。

そして建築師の監理業務の内容は、今まさに変化しつつあると僕は見ています。これは公共の仕事から始まっています。公共の建設工事では、現場に対する常駐監理業務を行政から求められ、そのための多くの人員を配置しています。
しかし、この業務体制はごく最近始まったものでしかありません。そのため建築技術者も常駐監理者という立場で何をなすべきか分かっていない。今まさにOJTで学習中なのだと僕は考えています。

現在のコンサルタント業務で様々な設計事務所側の監理技術者を見ていますが、日本人技術者の目から見ると、不十分な働きしかしていないと見えます。ほんのごく一部に日本人のスタンスに近いと思われる技術者もいますが、それは逆に例外的です。

現場の問題が解決しない

このような状況にあり、法規コンサルタントとしか機能しない台湾の建築師と仕事をすると、工事現場の施工に関わる問題を解決したいと考えた場合に、なかなかうまくいきません。この状況を日本と比べてみます。

例えば、設備と構造の収まりがうまくいかないといった問題が発生した場合、日本ではまず建設会社がそれを監理建築士に打診します。監理建築士はそれが実際にどう施工することが可能か、考えて図面化する能力があるので、提案する内容を建設会社に示します。建設会社はその提案を更に具体的な工事にブレークダウンして、施工図にまとめ工事に臨みます。
建築士と建設会社の連携が自然にできています。

これが台湾では、現場の問題が法規的内容でない場合、建築師は頼りになりません。建築師側の技術者に現場の問題を解決する経験が少ないために、合理的で有効な解決方法を示すことができないケースが多いのです。
台湾の営造会社は、そのため建築師に問題を打診しても何ら有効な回答を示してもらえないということになります。そして問題は先送りにされ、現場では施工会社の判断で施工が行われてしまいます。

「唯一的法定監造人,不監造」

上の言葉は日本人ではなく、台湾人から聞いたものです。建造人(監理技術者)は法規で必要と定められているのですが、この建造人が品質管理、工事監理の視点から見ると実質上何もしてくれないと言っているのです。

この状況に対応するために、台湾ではディベロッパー自らが建築技術スタッフを雇って諸々の調整ごとを行っています。品質確保のためには建築師に任せているだけでは充分ではないと考えているのです。
もう一つの対応方法は。子会社として営造会社を育てるという企業グループもあります。継続的にこの営造担当の子会社との発注請負を繰り返し、彼らに技術的ノウハウを蓄積させる。こうすればディベロッパー側は企画に集中でき、技術的な問題はこの子会社に任せておけます。

翻って日本の状況を見ると、建築設計事務所と建設会社に任せておけば、概ね基本的な品質を満足した建物が仕上がってきます。このことの良し悪しはあると思っていますが、状況としてはディベロッパーは技術的なことを彼らに任せておけば十分といった環境にあります。

発展途上の建築師の監理業務

諸々の条件で台湾の建築師は品質管理の点で不十分な働きしかしていないというのが、日本人の視点から見た印象です。しかし、これは建築師個人の資質の問題ではなく、社会全体での監理という品質に関わる業務がまだ要請され始めたばかりだからだと理解しています。比喩的に言えば、日本で経済成長がひと段落した時期、例えば1964年の東京オリンピック後、設計図を書けばそのまま建物が建てられ、監理という意識がまだ薄かった時代。そのような段階に台湾の監理業務があるのでしょう。
また、それだからこそ僕のような人間が台湾にいる意味もあるわけで、それは日本のディベロッパーの役に立つということが第一義ですが、台湾における品質管理業務にも、台湾人技術者と関わっていくことで役に立てているのかもしれないと考えています。


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