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ロンシャンの礼拝堂

パリ15日目。今日もル・コルビュジエ巡礼の旅は続く。以前から行ってみたかった、フランス東部ロンシャンにあるル・コルビュジエが建てた教会、ノートルダム・デュ・オー礼拝堂を見にいく。パリから往復10時間ほどかかる旅。あまりの長さに躊躇したが、行きたいという気持ちが勝り、決行する事にする。

TERというフランスの電車

朝8時ごろ出発の電車に乗り、約3時間半。近くの街、ヴェスーに着く。乗り換えまで1時間半ほどあり、お腹も空いたので駅近くのレストランを探すが、見事にどこも閉まっている。フランスでは日曜日に店が閉まる、というのは聞いていたが、パリで不便は感じたことがなかった。しかし地方では堪える。モノプリさえも閉まっている。おそらく街で唯一空いていた喫茶店をやっと見つけ、ガレットとお茶を買う。しかし定員さんに私のフランス語がかなり通じなくて苦笑。

ヴェスーにあるかわいいサロン・デュ・テ 「ジョルジェット」

ローカル電車に乗り換え20分。東部の村、ロンシャンについた。電車から降りた人は私たちだけ。ちらほら車が走っているだけで、他に人は見えない。もちろん店も殆どない。パリから4時間半、かなりの田舎町に来た。

ロンシャンのサイン

バスもUberなども勿論なく、猛暑の中30分ほどかけて歩き、ようやく礼拝堂に到着。殆どの人は車で来るようだ。イタリアの建築家レンゾ・ピアノが手掛けた新しく美しい案内所でチケットを購入し、礼拝堂がある丘に向かう。まず初めに目に入るのが、巡礼者の家。礼拝堂の建設労働者たちの住まいとしてル・コルビュジエが建設した。小さな家だが、至る所から自然光が入り、広さを感じる。またル・コルビュジエがよく使う赤と黒、青、緑、黄色で彩色されていて心が躍る。

巡礼者の家の外観

ダイニング/リビングエリアにはル・コルビュジエの指示で中世絵画のレプリカが飾れていたが、最近日本人の研究者がそのレプリカを更に復元して貼り替えたようだ。ル・コルビュジエの周りには必ず日本人がいる。

巡礼者の家の中

その家の前に聳え立つのが、マッシュルームのような不思議な形をした礼拝堂。見る角度によって形が全然違う。

礼拝堂の外観
違う側面から見た外観

中はひっそりとしているが、壁にある無数の小さい窓から、そして三つの小礼拝堂の十字架の形をした窓から、自然光が差し込んで明るい。一番大きな礼拝堂が外から見ると塔のように見える所だ。

一番大きな礼拝堂

厳かな雰囲気があるけれども、遊び心も満載で建物の隅々において新しい発見と嬉しい驚きがある。

この礼拝堂、第二次世界大戦による破壊や老朽化など数々の苦難を乗り越えて、40人の所有者たちが戦後、ル・コルビュジエに再建を以来した。その頃多忙で出資額も少なかったので、一度断ったル・コルビュジエだったが、丘から見える風景に感動。また自由に設計させてくれる、という点も気に入り、1953年に建設を始めた。1955年に竣工。以来、世界中から多くの人々が訪れる場所となり、ユネスコの世界遺産にもなっている。

この40名の所有者達、場所柄からして農家や労働者階級の人が多く、信仰心の熱い方々だったろうと思うが、その先見の明、柔軟さには感嘆せざるを得ない。その当時時代の寵児だったル・コルビュジエに大胆にも依頼し、こんなに斬新な建物を建てさせたのだから。

カトリック教徒の人も、そうでない人も、世界中から大勢の人が礼拝堂に引き寄せられ、その風景と一体化した建築美に感動し、畏怖し、自然と祈りを捧げたくなる。まさに所有者たちの思惑通りだ。信仰の真髄を理解したからこそ得た発想だったのだろう。

帰りは「十字架の道」という山道を降りて駅に着く。来た道よりもずっと早く、景色も綺麗だった。長時間の旅のため、一泊することも考えたが、宿泊しなくて正解だった。何も食べるものもなく、他にすることもない私達は夜中惨めだっただろう。

礼拝堂に続く十字架の道

帰路にまた5時間弱かかり、パリに着くのは午後10時を越える。それでもやっぱり来て良かった、と心から思える旅だった。


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