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茨木のり子ノート

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詩人・茨木のり子について今まで書いてきたテキストのまとめです。 かなり以前のものもありますが、ご容赦。
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記事一覧

お休みどころ

 かつて参加した朗読会でぼくが選んだ茨木さんの詩は、「行方不明の時間」でした。「すべては/チャラよ」の啖呵も鮮やかな。
 前職は営業職。もとより内向的なぼくに、お客様という神様相手の苦しい日々が続きます。積み重なる重圧を、この詩を読むことで昇華させていたのかも。
 定年から程なくして今の職を得て。相変わらず人間相手の仕事ながら、地域に寄り添う毎日に然迄ストレスは感じません。とはいえ今や歳を重ねて現

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茨木のり子と出会う旅

 このたび私……この世におさらばすることになりました。これは生前に書き置くものです。……「あの人も逝ったか」と一瞬、たったの一瞬思い出してくださればそれで十分でございます。(朝日新聞、3月21日付)

 こんなふうに、茨木のり子さんはこの3月の初め、親しい友人・知人に手紙を書き送ったといいます。いかにも茨木さんらしいなぁ。彼女の死は孤独死と伝えられ、なるほどカタチとしてはその通りなのだけれど、その

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茨木さんの詩は写生〜天野祐吉講演会を聞いて

 さて天野さんの語るところなら源内でもアラーキーでもなんでも面白いけれど、当日の本題、茨木のり子の詩の本質を語るくだりもさりげなく鋭いものでした。曰く、茨木さんの詩は叙情的なものを排した「写生」である、と。なるほど茨木さんの詩は、いわゆる「詩的」と形容されるような言葉が少ないのですね。
 「茨木のり子六月の会」会報に既出の徳永進さんのテキストの中で、茨木さんの詩「首吊」が引用されていました。これは

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詩集『歳月』

 詩集『歳月』を読み、「てれくさい」として生前には出版されなかったその理由に思いを巡らせました。

 一種のラブレターのようなもの──たしかに、赤裸々な告白、ナマな表現を得手としない彼女にしてはめずらしく、ずいぶんストレートに、失われた愛の生活を書き綴っています。たとえば「獣めく」。照れ臭かったのは確かでしょう。
 しかし、それだけではないようです。
 つまり、ぼくは率直に言って、収められた三十九

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それぞれの「私」との対話

 何十年、何百年、いや何千年・何万年を経た造形であっても、すぐれた芸術は現代のぼくたちを深い感動に誘ってくれる。芸術の不思議と言うより他ないのだけれど、しかしぼくたちが過去の作品を前にして、その作品の同時代人たちと同じ種類の感動を味わっていると考えるのは早計でしょう。例えばラスコーの洞窟壁画なら、先史の人々は描かれた動物の写実性や躍動感・色彩感覚にではなく、イコンとしての宗教性、その呪術的な意味合

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茨木のり子『詩のこころを読む』を読む (1)

「おとし物」を求めて

 茨木のり子さんの、『詩のこころを読む』を読み返しました。出版されてすぐに求めて読んだ本ですから、18年ぶりくらいになるでしょうか。読み終えてこれほど深く、透明でいて、何かしら温かい思いに満たされる書物というのは、それほどあるものではありません。
 改めて思ったのですが、『詩のこころを読む』は単なる詩の入門書ではありませんね。この本の中には、美しくそして明晰な言葉で、彼女の

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茨木のり子『詩のこころを読む』を読む (2)

茨木のり子の美意識

地上は今
ひどく形而上学的な季節
花も紅葉もぬぎすてた
風景の枯淡をよしとする思想もありますが

は、むずかしい行ですが、『新古今和歌集』(巻第四、秋歌)の藤原定家の、

み渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕ぐれ

をふまえていて、白黒のモノトーンの世界、枯れ枯れの侘びしさを長くめでてきた日本の美学への批判を示しています。そしてもっと豊穣なもの、たわわな色彩、躍動的な

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茨木のり子『詩のこころを読む』を読む (3)

飛翔、あるいはカタルシス

 僕も一時期、詩を書いていたことがあります。一生詩人であり続けるのは難しいけれど、ある瞬間ある時に限るなら、人はだれでも詩人を経験する……まあ、たいがいはヘボ詩人ですけれど。
 でも、ヘボかヘボでないかはどこで判断するの? 茨木のり子さんは、〈浄化作用(カタルシス)を与えてくれるか、くれないか、そこが芸術か否かの分かれ目〉だと教えてくれます。
 たとえば、濱口國雄の「便

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茨木のり子『詩のこころを読む』を読む (4)

愉しく迷う

 道に迷うのは、道が沢山あるから。人生という道も同様で、後になって振り返ってみるともったいないほどの豊かさに満ちていた青春という時期も、当の本人は五里霧中。先輩はいても先生がいるわけじゃなし、問題を見つけるのも自分なら、答を出すのも自分。深い霧に閉ざされて途方に暮れること、たびたびです。
 ここはひとつ心の持ちようを少し変えて、迷うこと自体を愉しんでみたらどうでしょう。
 無理に何か

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茨木のり子さんと庄内

 〈天馬空を行くがごとく庄内弁をしゃべりまくった〉と、茨木さんは生前の勝さんを思い出しながら書いていらっしゃいます。ゆかりの人々を訪ねて歩かれた戸村雅子さん(鶴岡市在住)によれば、勝さんは三川町東沼のご出身とか。また茨木さんは、1949年、23才で鶴岡市出身の医師故三浦安信さんと結婚。埼玉県所沢市に住まいされました。
 このようにわが郷里と因縁浅からぬ茨木さん、山形県は庄内地方にかかわる記述も多い

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『韓国現代詩選』を傍らに

 「外国語を学ぼう」という情熱だけは、年齢に関わりなく湧いてくるもののようです。いや、むしろ、なんの動機付けも必然性もなく、かといって疑問をもつヒマもないまま強制的に詰め込まれる受験英語よりも、社会的な経験を積み重ねたその過程で興味や関心を抱いて取り組む語学学習の方が、はるかに身に付くものなのかもしれません。時間はかかるとしても、「若い時はまだ日本語の文脈がしっかりしてはいない。五十歳を過ぎれば日

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はじめての町

 合唱組曲「はじめての町」の初演に立ち合ってきました(一九九九年十二月十二日、鶴岡市文化会館)。茨木のり子さん作詩、佐藤敏直さん作曲によるこの作品は、鶴岡市が市制施行七十五周年を記念して制作を委嘱したもの。期待を裏切らない、すばらしい仕上がりです。
 「はじめての町」は、茨木さんの書かれた八編の詩で構成されています。「作詞」ではありません。自らのリズムを持って息づく、「詩」という形式の、言葉による

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慈母観音にも似て

 いつもよりいくらか日数がかかってインターネット書店から届いた、茨木のり子さんの最新詩集『倚りかからず』(筑摩書房)。その奥付を見ると、第二刷とあります。
 最近すっかり新刊情報に疎くなってしまっているぼくが、この本の発刊を知ったのはある新聞のコラムを読んでのこと(河北新報だったと思うのだけれど、あるいは朝日の天声人語だったかもしれない)。それにしても、一刷から何日も経っていないのに、もう二刷。び

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茨木のり子さんを失って

このたび私……この世におさらばすることになりました。これは生前に書き置くものです。……「あの人も逝ったか」と一瞬、たったの一瞬思い出してくださればそれで十分でございます。(朝日新聞、3月21日付)

 こんなふうに、茨木のり子さんはこの3月の初め、親しい友人・知人に手紙を書き送ったといいます。いかにも茨木さんらしいなぁ。彼女の死は孤独死と伝えられ、なるほどカタチとしてはその通りなのだけれど、その作

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