舟運のサカイ_完成イラスト

1、やぐらが決まれば戦闘開始

高校野球選手にとって、やはり夏の甲子園大会は特別ではないでしょうか。特に3年生にとっては、夏の大会(いわゆる夏大)が一つの区切り。甲子園で優勝するか、負けるかすれば、原則そこで引退です。全国たくさんのチームの中で、1チームだけが甲子園で優勝し、他のチームはすべて負けます。いわば、トーナメントでの一発勝負はすべて、負けるチームの3年生の引退セレモニーをも兼ねていると言えます。

「ああ栄冠は君に輝く」という、夏大の歌がありますが、私は栄冠は優勝チームだけに輝くものではないと思います。出場する選手全員、いや、ベンチに入れずスタンドで応援する野球部員、保護者の方々、学校関係者、応援に参加する生徒など、すべての関係者に輝くものだと思っています。

以前、茨城県の高校野球のチームの、さまざまな側面に触れた記事を書きました↓。

今年(2019年)の茨城県の地方予選、夏の大会には、100校93チームが参加するそうです。…って、100校100チームではないのか?

 そうです、最近は、1校だけでは1チーム作れずに、複数の学校にて「連合チーム」を結成し、参加するケースが増えています。少子化の影響、野球人口の減少の影響もあるのでしょうか。もちろんこれは、単独で参加できない学校へのいわば救済措置であり、強豪チーム同士が連合チームを作ることはできません(もしそれを許したりすると、プロ注目の選手だけでチームを組めたりしますので…)。

去る6/21(金)に抽選が行われ、茨城県の夏大のトーナメント表が組みあがりました。いわゆる「やぐら」です。やぐらのどの場所に入ったか、言い換えれば、初戦で当たる相手はどこか、二回戦で当たるであろう相手はどこか、これまで仮想敵で練習してきたチームは、ついにリアルに対戦相手を意識するようになります。夏の戦闘開始、といったところですね! やぐらは、こちらの茨城県高野連のホームページから閲覧できます↓。

この記事は、どのチームが優勝しそうか予想する、という内容ではありません。そのあたりは、新聞のスポーツ欄などにお任せするとして、この記事では、ある初戦の対戦に注目してみたいと思います。

やぐらでいうと左の真ん中あたり、初戦、7/11(木)に笠間市の球場で行われる、「古河二高 VS 県西四校連合」の試合です。

2、古河二高

こがにこう。正式名称は、茨城県立古河第二高等学校。茨城県は西の端、古河市の伝統ある学校です。ホームページは以下のリンクより↓。

古河市は、古くは「古河公方(こがくぼう)」と呼ばれた武士の一団が本拠地とするなど、いわゆる「交通の要衝」です。東北本線も通っています。茨城県の西端にありながら、関東平野の中心でもあり、広い視野を持った街、というイメージがあります。擬人化するとこんな感じです↓。

この古河市にあるのが古河二高です。ちなみに、古河一高や古河三高もあります。いわゆる「ナンバースクール」というもので、茨城県では「〇〇一高、〇〇二高、〇〇三高」と呼ばれる高校が各地にあります。そして、二高はだいたい「女子高」であった歴史を持つところが多い。一例を挙げると、水戸市にある高校「水戸二高」は、表向きは男女共学なのですが、その実態は今でも女子高だったりします(以前、少数の男子が入学したものの、ほぼ女子高の雰囲気のため、継続して入学することがなかったとか…)。

さて、古河二高はどうでしょうか。ホームページを見てみると、男女共学ではあるものの、やはり女子の割合が多い。各学年6クラスで、普通科5クラス、福祉課1クラス。平成14年には、インターハイで女子のソフトボールの会場となり、古河二高のチームも出場したそうです。各部の紹介ページもあり、部活動に活気のある印象を受けます。

では、野球部(男子の硬式野球部)はどうでしょうか。ホームページには、このような文言がありました。引用します↓。

「平成25年度4月より部としての活動が始まり、61年ぶりに甲子園予選にも出場しました。部員を増やし、まずは公式戦勝利を目指して日々励んでいます。」

「平成25年度より活動が始まる」「61年ぶりに甲子園予選に出場」「まずは公式戦勝利を目指す」。

…私は、もうこのような文言を読むだけで、壮大な人間ドラマを感じてしまいます。この文言からは、何十年も予選にすら参加できなかった高校で、有志が一人ひとり部員を集めて、ついに継続的に予選に参加できるようになった、しかしまだ公式戦(夏大)では勝利をつかめていない、というイメージを持ってしまうのです。

古河市は「交通の要衝」と書きました。鉄道網もある。人口も多い。たいてい、野球の上手な選手は、もっと上を目指せる高校に進学するでしょう。古河市からなら、他県の高校に進学する人も多いはずです。そんな状況の中で、女子も多い校内環境の中で、いろいろな制約がありながらも、ひたむきに練習に励んでいる野球部の姿が思い浮かびます。

経験のある読者もいるかもしれませんが、部員の少ない状況から部員を増やしていくのはとてつもない困難を伴います。勧誘しても断られる。部員の多かった代が引退して、一気に弱体化する。組織というものは、一度衰退してしまうと、V字回復させるのは容易ではありません。その中で、単独チームとして夏大予選に参加していくこと、それだけで既にドラマなのです。

このような状況は、何も古河二高に限ったことではありません。サッカーやバスケなど、人気の部活はいくらでもあります。その中であえて青春の高校生活を野球部に費やす。ほぼ二年半も。夏大予選に参加する、93チームには93チームなりの歴史と事情があるのです。

3、県西四校連合

では、対する「県西四校連合」とは、どんなチームなのでしょうか?

これは、茨城県の県西、つまり西のあたりの4校の野球部が、連合チームを結成して参加する、ということです。具体的には、「石下紫峰」「岩瀬」「岩井」「坂東総合」の4つの高校の野球部が、チームを組みます。もうこれだけで壮大な人間ドラマ、というより、奇跡を感じます。

これらの4校は、部員が少ない。そのため、それぞれ違う高校の選手が、一緒のチームとして戦うことになります。練習はどうするのか? 作戦やサインはどうするのか? チームワークは? 監督は? 応援はどのように行うのか? 私のような外部の人間がちょっと考えただけでも、課題はたくさんです。

佐賀県の記事ですが、「連合チーム」に関する記事をご参考までに↓。

日本社会の構造変化を体現した、さまざまな課題を含む連合チーム。しかし、「選手ファースト」の視点で考えますと、「夏大予選に参加できる」ことは、野球部員にとってどれだけの喜びになるでしょうか。この1点だけでも、連合チームを組む意義があるように、私には思えます。

想像してください。9人に満たない、単独で試合に出られない部活動を続ける部員の気持ちを。楽しいことは他にもたくさんある高校生活なのに、あえて白球を追いかける日々を過ごす部員の気持ちを。その保護者の方の気持ちを。学校関係者の気持ちを。「もうやめたら?」と言うのは簡単ですし、部員も「やめようかな…」と思ったこともあるでしょう。

これらの課題と葛藤を乗り越えて、連合チームは球場に姿を現すのです。もう一度繰り返しますが、連合チームは「奇跡」なのです。

4、勝利の栄冠はどちらに?

かたや「悲願の公式戦(夏大)での1勝」を目指す古河二高。

かたや「奇跡の4校連合」を組む県西四校連合。

正直に言えば、優勝争いには影響しない一戦かもしれません。ただのありふれた初戦かもしれません。ですが、初戦だからこそ、この試合では壮絶なドラマが生まれると思います。

おそらく両チームとも、抽選で強豪校と当たってしまうことになっていたら、ちょっと勝利は難しいかな?と思ったかもしれません。しかし、この組み合わせにはどちらも「ワンチャン」あります。

どちらが勝つかわかりません。単独チームの古河二高のほうが、チームワークは良いかもしれません。連合チームのほうが、それぞれの個性を生かした相乗効果が生まれるかもしれません。どちらが勝ち、どちらかが負けます。負けたほうの3年生は引退です。古河二高が勝てば、悲願の1勝です。連合チームが勝てば、奇跡の1勝です。勝った方はもちろん勝利の栄冠を手にします。しかし、負けた方も、自分なりに胸を張って頑張ったという栄冠を手にすると思います。それは一生モノの栄冠です。

このような対戦が組まれたことに、私は野球の神様の差配を感じるのです。

5、あと約2週間

いかがでしたでしょうか。実際の高校名を出してしまいましたが、あくまで内容はホームページなどの記載からの私の推測に基づくものですので、事実と異なる点がございましたら、ここでお詫び申し上げます。

地方予選では、チームの数だけ、試合の数だけ、ドラマがあります。何より、あなたの家の近くの球場で開催されます。もし機会があれば、球場に直接、足を運んでみてはどうでしょうか?

それにしても今回の記事は、いささか高ぶる自分の感情を込めた文章になってしまいました…。私は「お涙頂戴」の映画などよりも、スポーツ系の「人知れず苦労する系」で涙腺が緩むほうなのです。駅伝やマラソンなんか見ていると、もうだめです。今年2019年の茨城国体や、来年2020年の東京オリンピックなどでも、ハンカチ必須かもしれません。

まとめにかえて、野球漫画を1つご紹介します。言わずとしれた『ドカベン』の作者、水島新司さんの異色作『おはようKジロー』です↓。

どこが異色作か? 野球経験者だけではない、いろいろな部活動から選手を集めて、野球チームを作り上げるところから話が始まるところです(陸上とかテニスとか…)。この記事では触れませんでしたが、大会の時だけ校内の他の部活から「助っ人」を呼ぶチームも、全国では意外に多いのです(で、助っ人が意外に活躍したりします)。

そう言えばドカベンも、最初は柔道部に入ってましたしね…。どれだけ知識の守備範囲が広いんだ、水島新司さん。どの試合も面白いのですが、私は地方予選の1回戦(つまり初戦)の描写が、一番面白いと感じました。大会が進むにつれて、主人公Kジローが、ドカベンの山田太郎ばりにホームラン打ちまくるのはご愛敬です(笑)。興味のある方はぜひご一読を。

いよいよ7/6(土)、茨城県夏大の地方予選が開幕です。水戸市ノーブルホームスタジアム(水戸市民球場)にて。あと約2週間です。茨城県、そして全国の高校球児の皆さん、悔いのない日々をお過ごしください!

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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