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【短編小説】熱中症はナシで

 空が見えないくらい鬱蒼とした樹々に覆われた深く険しい山の中を、けもの道の跡さえ見つからず、突然目の前に現れる地割れ、切り立った崖、深さの分からない沼に思うように進路をとれず、頭上には奇妙な鳥が飛び回り、足元にはなにやらうごめく小さな動物の気配を感じ、常に虫の群れを周囲にまとわりつかせ、いつ飛び出てくるか分からないゴブリンや肉食獣からの襲来に緊張を続け、HPとMPを削りながらやっとのことで抜けた先の村は周囲をすべて同じような山に囲まれた非常に蒸し暑い場所だった。
 明け方に山を抜け、村の入り口で少し休憩と座り込んだら、そのまま眠りについてしまった。日が高くなった頃に気がつく。寒気がして目がまわり体が動かない。何かしらの攻撃をうけた形跡はなく、HPにもまだ余裕はある。毒をくらってもいない。どうしたことか。
 通りすがりの農民に声をかけようと思うが声も出ない。体も動かない。様子がおかしいことに気づいた農民に経口補水液を飲ませてもらってやっと回復した。危なかった。

「HPだけが生命の数値だとすると熱中症になる時は一気に減るという風にした方が良いのだろうか。そもそも蒸し暑いなかでの運動や緊張から起きた脱水なんていうリアリティがRPGにいる?」

 我々パーティは山の稜線にそって進んでいた。砂漠を歩いていたわけではない。直射日光は強かったが砂漠のそれではない。遮蔽物の無い山の上をカンカン照りの中で歩いていただけだ。HPも問題ない。朝もしっかり食事をとった。それでもメンバーが頭痛やめまいを訴えて今は一旦休憩している。高山病というほどの高さでは無い。何者かから魔法攻撃をうけているのか。朝の食事に毒が入っていたのだろうか。山の呪いか。

「HP回復は食事や薬草、それに魔法を使うというのが通例なわけだけど、熱中症はHPが減らないわけだよね?そのために給水が必要になるのかな。マラソンのような感じか。給水が必要だとわかるパラメーターは何だろう?体温?心拍数?血圧?そんなリアリティがRPGにいる?」

 周囲を巨大な炎に囲まれた石造りの神殿で悪の神官と勇者との戦いが始まる。火属性の勇者にこの状況は好都合。攻撃力も俊敏性も1.5倍。炎の剣も能力値が倍になる。
 悪の神官は大量の聖水を周囲に撒き散らす。炎で熱せられた床や壁、柱や天井のあちこちから水蒸気が吹き上がり、蒸気で神官が見えなくなるくらいだ。勇者は懸命に剣を振る。大量の汗が鎧の中を滴る。神官は攻撃の姿勢を見せず勇者と距離をとり聖水を撒き続ける。両者のHPは減らないまま時間だけが進む。いつしか、勇者の額から汗はとまり体が震え始める。悪寒で剣の先が鈍りはじめる。

「高湿度の状態は火属性なの?火属性は高温に耐えられる設定で体温上昇は代謝があがるので維持できるといった仕組み?湿度なら水属性じゃない?氷属性ではないよね。水蒸気属性はあまり聞かないし。蒸し暑いなかでの運動から起きた脱水なんていうリアリティはRPGにいる?属性ってなに?」


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