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【短編小説】一夜にして世界を変える夢

「飲み会やった焼き鳥屋でノロが出ちゃって営業停止食らっちゃったのよ。それはとても残念ですねって話なんだけどさ、俺もノロっちゃったわけ。
 上も下もゲーゲーな状態で3,4日ダメだったの。ラッキーなことに仕事はそんなでもなかったら頑張って各所に電話ちょっとしただけで済んで、あとはベッドとトイレの往復で復活するまで一週間くらい。日付さえわかんない感じで。」

 インターネットの仕事をしている先輩にもそんなことがあるんだ。
 ネットの仕事というわりに人に会って話をするのが好きな人だし、そういうこともあるだろう。日頃の行いが、と言いかけたけど踏みとどまった。

「ちょうどその間にさ、有料化になっちゃったんだよ。騒動にのっかれなかったのは残念だよ。その時はそれどころじゃなかったし、それ関係の連絡が来ても何もできなかったんだけど、悔やまれるよね。」

 先日、国内で広く普及している短文投稿SNSが急に有料化した。
 突然クライアントアプリ用のAPIが規約変更で締め出され、多くのユーザーが利用できなくなった。以降、有料版アプリを入れない限り利用できなくなり、ほぼ全てのユーザーが締め出された。
 無料サービスで即時性が強く、広く普及してからはそれを利用したマーケティングやテレビの企画も日常化していた。
 イベントの直前告知ができなくなり、大きなメディアを持たないバンドやグループ、団体の集客が明らかに止まった。客もそれ以外で告知を得る経験が少なくなったことにはじめて気づいた。
 テレビでは視聴者のリアクションを集める仕組みが使えなくなり、トレンドワードランキングも無くなった。視聴者とつながる手段が突然消えた。
 他のSNSやホームページでは変わらず告知をしていても、ネットサービスによってユーザーの違いが如実に現れたことは、情報発信側だけでなくユーザーにも驚きだった。
 いかに一つのサービスに依存していたかが今になって分かった状態だ。

「一夜にして世界を変えるとか、夢みたいな話だよね。それが起きちゃったんだもの。普通は世界が良くなる夢だけどさ。それでもすごいよね。たまんないよ。そういう混乱を観察して、パニックがどう起きるかとか、どうすれば起こせるのかとか、どういう行動をするとか、色々あるじゃない。」

 この現象が先輩の大好物なことは長く付き合っているから良く分かる。もう起きてしまったことなのに目が輝いている。

「色んな人が思うようにいかなくて困ってる時、自分も困ってたわけだけど、種類が全然違うのよ。なんなんだよって思うよ。俺、ベッドとトイレの往復しかしてなかったわけ。くやしいよねえ。
 次は何でこういうこと起きるかな。はやく起きないかな。」

 先輩はいつも少し怖い。


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