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【短編小説】夕陽までの空間

 通っていた高校は田舎街の中でも田舎と言われる地域にあり、住宅地の外れの丘の斜面にあった。一番高いところに校舎と体育館があり、そこから階段で10メートルくらい降りた場所に陸上グラウンド、さらに降りたところに野球場があった。斜面に無理やり作ったためか、校舎以外は自由に出入りできる構造で、野球場やグラウンドは地元の人達のランニングコースや早朝野球に使われていた。

 グラウンドへおりる階段から見渡す先には、巨大なビルやタワーマンションなどあるはずもなく、点在する住宅地と水田の先に地平線が見えた。広い空には晴れた日には盛大な夕陽が、雨上がりには虹が見えた。
 部活終わりに今日も疲れたなあなんて言いながらグラウンドから階段をあがっていく時、ふと振り返るとオレンジ色の夕陽が見えた。
 所属していた陸上部では特に自慢できるような記録は残せなかったけど、日々の練習や記録会の風景と同じくらい、夕陽の色を思い出せる。

 高校を卒業して都会の大学へ進学した。そのまま都会の会社に入った。
 仕事は順調だったりトラブルに巻き込まれたり色々だ。
 少し疲れていたのかも知れない。夕陽が見たくなって休みを利用して帰ってきた。

 体育館の脇を抜けてグラウンドへおりる階段に座る。休日の夕方、部活動はもう終わっていて誰もいない。目の前には沈んでいく太陽が見える。夕陽になるのはきっともう少し。当時と変わらない風景。

 突然、目の前の空が広大な空間であることに気づく。落ちていく太陽までずっとずっとまっすぐ目の前にあるのは無限に広がる空間で、どこまで行っても何にもない、何にもぶつからない。階段を踏み外せば転げ落ちてしまうけど、立ち上がり、助走をつけて地面を蹴り、両腕を伸ばしてそのまままっすぐ飛んでしまえば、もしかしたらどこまでも遠くまで行けるんじゃないか。誰もいないところに行けるんじゃないか。グラウンドからジャンプしても絶対に手が届かない高さで、野球場のフェンスよりも高くまで飛べるんじゃないか。

 あれ?俺、そんなに今の仕事が嫌なんだろうか。現実から逃げたいんだろうか。そこまで追い詰められているんだろうか。
「そろそろ自分の人生このままで良いのかなんて考えるタイミングかもね」
 この前、先輩に言われたことを思い出す。そうなのかもしれない。ぼんやり違うところに行ってみたいなんてことを考える。

 気がつけば太陽が沈みだしていた。思い出の中にあった通りの変わらない夕陽。青春時代、毎日のように見ていた夕陽。
 今見えている夕陽は昔より少し赤く見えるかもしれない。


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