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【短編小説】彼女の番

 いつもの彼女の部屋、いつものラグの上で眠っていた。
 先月行った店で見つけて二人で柄を選んだキルティングのラグ。まだ新しいけど彼女の部屋の匂いがするラグ。その上で眠っていた。とてもあたたかい。背中には彼女の手。優しく撫でられる。腰の上くらいまでゆっくり、柔らかくなめらかに、何度も何度も撫でられる。
 ポンポンと軽く叩かれ、今度は頭を撫でる。毛が逆立たないくらいにそっと優しく。何度も何度も、ゆっくり、優しく。

「トール君はとってもいいこですねえ」

 彼女の声。いつもの僕を呼ぶ声。包み込むようなあたたかい声。
 気持ちよくて喉が鳴る。体をくねらせる。向きの変わった背中にまた彼女の手がのる。あたたかくて気持ちがいい。

 ふと気づく。彼女の手はこんなに大きかっただろうか。
 小柄な彼女の手が僕の背中をこんなに包み込むほど大きくないはずだ。いったいどうしたことか。

「トール君は寝るのが好きですねえ」

 確かに彼女の優しい声がする。背中におかれた手からも彼女のわずかな振動が伝わる。いつもより声が大きい気もする。耳元で話しているのだろうか。そこにいるのは彼女なはずだ。間違いなく僕は彼女に撫でられている。気持ちがよくて目が開かない。力が抜ける。喉が鳴る。ゴロゴロゴロ。
 僕は今、もしかしたら、猫になっているのかも知れない。猫になって彼女の部屋で彼女の前で愛でられながら寝ているのかも知れない。あくびが出る。ふわああああ。

 目がさめた。

 自分の部屋、リビングのソファに座っていた。彼女の気配はない。一人のようだ。どうも今まで夢を見ていたようだ。不思議な気持ちのいい夢。

 足元があたたかい。彼女のラグと一緒に買った同じ柄のひざ掛けがかかっている。その上に真っ白い猫。ペットは飼っていない。知らない猫が夢の中の僕みたいに気持ちよさそうに寝ている。静かに息をして膨らんで小さくなってを何度も何度もゆっくり繰り返している。
 驚かせないようにそっと猫の背中に手をおく。今度は彼女の番なのか。


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