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紙の裏表を探す町に、父がいた

地元で一番大きな文具店に行った。紙売り場を見たが、うちにあるような厚さや質感の紙はなかった。とりあえず紙の裏表が分かればと、レジにいた店員さんに聞いてみることにした。

あのー、この紙って扱いありますか?裏表が知りたいんですけど・・・

父のカードと、紙を店員さんの前に出した。2人の若い店員さんは、それぞれカードや紙を手に、しばらく裏を見たり表を見たりしていたが、結局「裏表は分からない」らしく「この紙は扱っていないけれど、注文があれば似たようなものを探して取り寄せることはできる」とのこと。得られた情報の薄さに、すぐにはその場を離れられずにいると「紙の卸屋さんに聞いてみてはいかがですか」と、2つの紙屋さんを教えてくれた。

文具店を訪ねる前に、インターネットで検索して、自分でもいくつかの店は調べていた。このあたりに紙屋なんて、数えるほどしかない。まずは文具店に一番近い紙屋へ行った。古くからあった店舗を閉めて、規模を縮小して営業を再開していた。

店先にいたおじさんに、この紙を探しているんですけど、ありますか?と聞いたら、「ないですね」と即答。裏表があるらしいんですけど、分かりますか?と聞いたら「分からないですね」と即答。だめだ。何を聞いてもだめだ。あきらめて店を出ようとしたとき、名前を聞かれた。なんで?と思いながら答えると、「お父さん、東高?あの、紙飛行機やってた人?」とおじさん。

おじさんは父の高校の後輩だった。カードを始めたばかりの頃は、たびたびおじさんの店に来ては紙のことを相談していたそうだ。「でも、だんだん専門的になっていったでしょ。その後のことは分からないよ」と、ほかの紙屋を教えてくれた。

カードと名前で、紙屋のおじさんの中から父が出てきた。

こんなことってあるのだろうか。(たぶん)初対面のこのおじさんの中に、父の記憶があったことが不思議だった。紙のことを相談に来たという若い頃の父。どんなことを相談したのだろう。当時のおじさんのアドバイスが有意義で、よろこんで帰っていたらいいなと思う。分からないか・・・と肩を落として帰っていないといいなと思う。

おじさんが教えてくれた紙の卸売店でも、親切な女性の店員さんがじっくり紙を見てくれたけれど紙の裏表は分からなかった。もしかして、と20年以上前にこの紙を父がこちらで注文していなかったか聞いてみたけれど、その質問は女性を困らせただけだった。

これはなんという種類の紙なのか、かつて父はどこで買っていたのか、どちらが裏で表なのか。どれか一つだけでも知りたくて、4軒目を訪ねた。ここが最後だ。

家族経営らしい雰囲気が漂う事務所で、女性(お母さん?)がカードを見て「うわあ、これはきれいね」と言ってくれた。その笑顔がとてもほがらかで、ちょっと疲れを忘れた。奥からは小型犬らしき鳴き声が聞こえていた。担当者(息子?)不在のため後で連絡をくれるというので、カードを1枚預けることにした。そこにいた男性(お父さん?)は、紙を見て「裏表は分からないなあ」と言っていた。


これだけ専門の人たちが見て分からないのだから、この紙の裏表はないようなもの。私はそう結論付けて、これらの経緯を姉に話した。「お父さん、いろいろなところに出没するね。いろいろな人の記憶から飛び出してくる」と姉。ふと寄った店とかでも、名乗ってみたら「ああ、あの」と言われるのではないか。そういう人に出会うのではないか。そんな気がした。


数日後、4件目の担当者さんから見積もりが届いた。そこにあった紙の名前は「マーメイド」。

知っている。そう、「マーメイド」だ。なつかしい言葉。父の店でこの文字を目にしていたこと、その光景が瞬時によみがえった。

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