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優しくしたこと、優しくされたこと、全部まだ好きだな


世界が揺れているのか、自分が揺れているのか、わからなくなるときがある。

リアルな今で手一杯な私は、持て余す感情を走り抜くことしかできない。

今がいつも夢のようだった旅は一度終わった。
ずっと続かなくても実は良かったけれど、それはきっと、本当は抜け出すことなんてできないからだろう。


いつか、異国の暑い道。
足りなくて余るバックパック。
言葉にすれば少しズレてしまって、言えずじまいのまま一人歩いた。
汗で湿ったTシャツ、甘い絵葉書。
サンダルを蹴飛ばす。
そうか、足を進めた方が前なんだと知った。

何日もベッドに潜っていた日々。
どうりでおかしいね、さっきまでここにしまっておいたのに。
見返せない手帳、深夜のジョークで健康管理。
目指したのは月の裏側、踏み外す現実で夢をこねた。

列車に乗って地平線をなぞった。
思い切り窓から乗り出して歌ってたあの子の長い髪からシャンプーの匂いがした。
規則的なリズム、目を瞑ればどこへでも行けた。
ヘンテコな色のアイスキャンディーのヘンテコな味。

聴き覚えのある歌が、波にさらわれていく午後のこと。焼けた肌の二人。
あぁこの人の隣はこんなにも優しいのに、私はどこまでいってしまったんだろう。

たった2センチのことが、ずっと気に食わなかった。
そんなの夜に燃やしちまえよ、これで二人はいいはずだった。

小さな、小さな、小さな、それに触れた。

聞こえないのは耳を塞いでいるから。
信じないのは声が聞こえるから。
わからないでいる権利が、私にはまだある。

大げさに騒いだ次の日なんかは、未だにちょっとこそばゆくなる。
真っ赤な朝日にすべてを見透かされたよう。
宙に投げた思想を誰かが奪い取ってゆく。
あの人が振りほどいた手が、少しだけ愛おしく思えた。

欲しかったのは優しさだけじゃない、ずっとそう思っていた。
正しいとか正しくないとかより、ただそばにいられたらよかった。それが言いたかった。
残りの充電は9%。
ウインカーの音にせかされて、やっとごめんねと言った。
あの人もごめんねと言った。

「忘れるのも時にはいいね」
「泣くときは言ってね」
「楽しかったなぁ、ほんと」
「ほんと」
「ありがとう」
「ありがとう」
「元気でね」

小さな、小さな、小さな、それに触れた。

嫌いになる余裕なんて、私には全然なかった。
汚れたリュックの中から、こもった布団の中から、眩しい列車の窓から、繰り返す波の音から、私は何度もあの年月を見つける。

去っていくものがあるならば、
それが確かにここにあったことを、私は絶対に逃したくない。

運んできたのは、記憶ですらない。
私の大切な孤独は、もっと大切なみんなによって守られているらしい。


もうきっと伝えられないだろうけど、
優しくしたこと、優しくされたこと、全部まだ好きだな、とふと思った。

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