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柳田國男の「橋姫」を脱線する#4 河童が手紙を託す『福山志料』『趣味の伝説』

はじめに

 前回は婦人が手紙を託す幸福譚でした。
 今回は幸福な結果には至らない、不思議な体験譚です。

初回↓

前回↓


05.手紙を託すこと(不気味譚)

 この二つの愉快な話とは反對に、氣味の惡い方面が國玉の大橋とよく似てゐるのは、「福山志料」といふ書に採錄した備後蘆品郡服部永谷村の讀坂の由來談である。
 昔馬方が空樽を馬につけて歸つて來る道で、一人の男に出逢つて一通の手紙を賴まれ、何心なく受け取つたが屆け先を聞いておかなかつたことを思ひ出し、ちやうどこの坂道で出逢つた人にその狀を讀んでもらつた。名宛が怪しいので封を剝がして文言を讀むと「一、空樽つけたる人の腸一具進上致候」と書いてあつた。さては川童の所業に相違なし、なるだけ川のある處を避けて還れと敎へられ、迂路をして漸く危害を免れた。それよりしてこの坂を讀坂と呼ぶやうになつたとある。
 即ち手紙を讀んだ坂といふ意味である。この話に馬と空樽とは何の縁もないやうであるが、川童は久しい以前から妙に馬にばかり惡戲をしたがるものである。

「橋姫」本文11

 六七年前早稻田大學の五十嵐敎授が學生に集めさせて、「趣味の傳説」といふ名で公刊せられた諸國の傳説集の中にも、豐後九十九峠の池の川童、旅の馬方の馬を引き込まうとしてあべこべに取つて押へられ、頭の皿の水が飜れて反抗する力もなくなり、寶物を出しますから命ばかりは助けて下さい、手前の家は峠の頂上から細道を七八町入つた處にあります。そこへこの二品を持つて行つて下されば、必ず寶物と引き換へますといつて、渡したのがやはり一通の手紙と樽であつた。この馬方は字が讀めたので、途中で樽の臭の異樣な事に心づいて手紙を開いて見ると、「御申す付の人間の尻子百個の内、九十九個は此男に持參致させ候に付御受取被下度、不足分の一個は此男のにて御間に合せ被下度候。親分樣、子分」とあつたので、喫驚して逃げて來た。それよりこの峠の名も九十九峠と書くやうになつた云々。

「橋姫」本文12


11『福山志料』

 『福山志料』は、文化6(1809)年に、吉田豊功・菅茶山らが編纂した備後福島藩(今の広島県東部)の地誌です。
 国男の指示通り、服部永谷村、讀坂の項にあります。

明細書ニ、昔一馬卒室樽ヲ駄シテカヘル一男子忽ニ出テコノ書ヲトトケ玉ハレトテ授ケシヲ、何心ナク受取來リトヽケル。人ノ名ヲ問ハサリシカハ、此坂ニテ人ニ逢テ其書ヲ出シ讀シムルニ、名アテアヤシトテ剥封シテ見ルニ、空樽ツケタル人ノ膓一具進上イタシソロトカケリ。扨ハ水中ノ河童ナトノシワサナラン。川アル方ヲ避テ歸レヨトススメラレ、迂路シテソノ厄ヲ免レシト云。ソレヨリココヲ讀坂ト呼フトナリ。

卷之十七 服部永谷村 讀坂
「福山志料. 上(1-20編)」菅茶山 (明43.5)
国会図書館デジタルコレクション 268コマ
内閣文庫本「福山志料」17
国立公文書館デジタルアーカイブ 50コマ

 今回は男子から手紙を渡されます。手紙の内容は、手紙を持ってきた人の腸を進上するというものでした。これは河童の仕業であるとして、川を避けて帰ったので、助かったというものです。

 無知をいいことに、自分で持って行かせるという、なんとも賢い方法で騙されています。
 河童は文字が書けるけれど、馬方は文字が読めなかったわけですから、河童の方が学があるんですね。

 河童と推測する理由はなんだったのでしょうか。
①こんなことをするのは
②腸を進上すること
③馬との縁で
以上三つが思いつきます。

①手紙を渡してきて、本人に運ばせる、そんなことをするのは河童だろうという推測です。橋姫が手紙を託すこともあるので、類話も多いでしょうし、何とでも言えそうです。

②腸と河童の関係については、調べてみると、尻子玉を内蔵と解釈する場合があるそうです。また、直接的に、腸を抜いて食うという伝承が幾つもありました。「怪異・妖怪伝承データベース」(国際日本文化研究センター)
ただし、このデータベースで「腸」を検索してみると、河童以外にも沢山出てきたので、内臓を狙うのは河童の専売特許というわけでもなさそうです。

③国男は「川童は久しい以前から妙に馬にばかり惡戲をしたがるものである」と述べており、次に紹介する話も、馬と河童になっています。何か関係があるのでしょう。

 全体として、河童と関わる要素がよく混ぜ込まれた伝承だと評してもいいんじゃないでしょうか。


12『趣味の傳説』

 『趣味の傳説』は、国男も説明していますが、大正2(1913)年に、早稲田大学の五十嵐力が学生たちに日本全国の伝説を集めさせたものです。

 小序に経緯が書かれていたので、引用しておきます。

我が早稲田大学の文科は日本の殆んどあらゆる地方の学生を網羅して居る、而して其の人達は趣味、文藝の方面に於いては、概して現代の最も進歩したる方面を代表し得べき人である。かういふ人達の頭には、各地方の伝説が美はしい色彩を取って宿って居るであらう。さういふ伝説を、学生諸子の頭に宿ったまゝに書き現はして貰って、それを取纏めて図書館にでも残して置いたならば、行く〳〵は斯ういふ方面の学問を研究する人の貴重な材料となって、我が文献に貢献することもあるであらう。

小序
「趣味の伝説」五十嵐力(大正2)二松堂書店
国会図書館デジタルコレクション 4コマ

「美はしい色彩を取って宿って居る」伝説を「頭に宿ったまゝに書き現はし」ているということなので、期待値は高いです。

 九州は大分縣、大道といふ村から高瀨村へ行く途中に一つの峠があります。此の峠のすぐ下に物凄く藍色を湛へて、底へ行くほど段々深くなる大きながあります。此の池で泳いだり、魚を漁つたりしてゐる中に、行方知れずになる者が度々あるので、附近の村人等は是れは何でも河童(河太郎)の仕わざに違ひないといふので、非常に恐がつて後には池の近くへ行く者すら無くなりました。
 ところが或る年或る日の夕暮方、此處へ通り掛かつた一人の馬子がありました。始めて來たのですから、かやうな噂のある事は知りません。見ればよい池があるので、早速手綱を牽いて、岸邊へまゐり、馬を汀に立たせてしきりに洗つてくれて居ました。すると馬の手綱をグイ〳〵と引張るものがあります。馬子は驚いて、何だらうと思つて頭を上げる折しも、馬はヒヽンと一聲高く嘶いて、後の方へ二三間飛び退きました。其の途端にバサツといふ音がして、何か堤の上に落ちたものがあります。駆けよつて見ると、身丈三尺ばかりの河童でありましたから、馬子は、「此の畜生!」とばかりに組みつきました。
 河童は、落ちるはずみに頭の皿の水が溢れてしまつたので、力がありません。(河童の怪力の源は頭の上へ皿の水です)馬子は苦もなく捩ぢ伏せて、一撃の下に撲ち殺さうとしると、河童は下から手を合はせて伏し拝み、秘藏の寶物を獻げるから、どうぞ許して呉れと云つて、ひたあやまりにあやまりました。馬子にも慾があります、寶物がほしくもあり、詫び入る者を殺すのが可哀さうにも思ひましたので、
 「よし、寶を出せば許してやる。早く出せ。」
と言ひますと、河童は
 「今こゝに持ち合はせて居るのではありません。家に置いてあるのですから、どうぞ私の家まで取りに來て下さい。其の證據に一つの手紙を差上げます。私の家は此の峠を登りつめると、右へ入る細道がある。其の道を七八丁行けば、すぐに知れます。寶は此の二品と引かへに相違なく差上げます。」
と云つて姿を隱しました。
 馬子は怪しいとは思つたが、とにかく行つて見てやれと思つて峠を上り始めました。ふと其の樽に心づくと、何だか異樣の臭ひがするやうです。變だなと思つたので、早速其の手紙を開封して見ると、

  御申付の人間の肛門百個の中九十九個此男に持參致させ候に付御受取被下度候不足分の一個は此男のにて御間に合せ被下度候
     親分樣           子分より

と書いてありました。馬子は大きに驚き、命あつての物語と宙を飛んで馳せ歸りましたが、其のまゝ發熱して五六日は頭があがらなかつたと申します。
 其の後誰れ云ふとなく此の峠を九十九峠と呼ぶやうになり、河童の池と相並んで、此の界隈での物騒なところになつて居ります。

第三五 九十九峠
「趣味の伝説」五十嵐力(大正2)二松堂書店
国会図書館デジタルコレクション 130コマ

 馬子が池で馬を洗っていたところ、河童が馬にちょっかいをかけました。馬が驚いたので河童は落馬して、頭の皿の水もこぼれてしまい、抵抗できず殺されかけます。秘蔵の宝物をかわりに助けを乞い、馬子に手紙と樽を渡します。手紙の内容は「樽には尻子玉が99個、残りの一個はこの男のを」というもので、馬子は逃げ帰って助かった。という内容です。

「橋姫」では省略されていますが、逃げ帰った後、馬子は発熱しています。
07「甲斐口碑傳説」でも、帰った後玄関で気絶していました。
こういう物の怪に触れた後には、体調に不調をきたすのでしょうか。


おわりに

前回は婦人が手紙を渡していましたが、今回は河童でしたね。
しかも、自分の腸や肛門(要はどちらも同じ尻子玉ですが)を自分で運ばせるという、ゾッとする内容になっています。

思い返すと03『裏見寒話』でも「この男を殺すべし」と書かれていました。
まさか手紙の要件が自分に向いているとは、誰も思わないでしょう。

現在は、自分が手紙を運ぶことになる状況がないので、文化的に廃れてしまった話型と言ったところでしょうか。

試みに現代版を作ってみるなら、Uber Eatsなんてどうでしょうか。

Uber Eatsのアルバイトを始めて、好調に仕事をこなしていきますが、ある時全く知らないお店の注文が入り、見たこともない店で買うことになります。料理もよくわからないものだったのですが、指示通りに購入し、運びます。道中、購入した料理の異様な臭いが気になり、途中で開けて中を確認してみました。料理は明らかに人肉を使用したものとなっており、一枚の紙切れが添えてあります。
「最後に添える新鮮な眼球は、この男のものを使ってください。」
男は驚いて自転車をひっくり返し、積んでいた料理を全てぶちまけたのもお構いなしに、大急ぎで逃げ帰りました。

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