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帰りたくなる町、真鶴


神奈川県真鶴町。

ここは神奈川県南西部に位置する港町。
人口は7000人弱と県内で人口が2番目に少ない地域で、神奈川県で初めて過疎認定を受けた町だ。

過疎地域と聞くと、人口減少によって地方の活力が失われ、増加した高齢者を少ない若者で支えなければならない、厳しい状況をイメージすることが多いのではないだろうか。

しかし、私が真鶴に対して抱いたイメージは
それとかけ離れた、とても豊かなものだった。


初めてでも、どこか懐かしい町。

真鶴町に初めて行ったのは今から約5年前。
2019年のお正月だった。

1月2日、私は姉に誘われて真鶴 三ツ石の日の出を見に行った。


当時、姉は真鶴に惚れていた。(今もだが)
どうやら職場の同僚に真鶴出身の方がいたらしく、その方に真鶴を案内してもらったことがきっかけのようだった。

そして、私もこの日を境に
真鶴が大好きになってしまった。


振り返ると、当時は姉についていくだけで
あまりわかっていなかったが、真鶴は知れば知るほど魅力的な町だった。

私たちは、初日の出を見るために始発で家を出て、真鶴駅から真鶴半島の先端、三ツ石の見える真鶴岬まで約1時間かけて歩いて向かった。

駅を出るときには真っ暗でツンと澄んだ空気が徐々に明るくなり、港の船が太陽の明かりに灯され光る姿はとても美しかった。

そこから、真鶴の象徴でもある”お林”を通り、岬に向かう。
お林については後述するが、真鶴が誇る大自然であり、他ではなかなか見ることのできない、伸び伸びと生茂る木々には圧巻された。

まるでジブリの世界に迷い込んだような、息を飲む美しさだった。

魚つき保安林(お林)とは

江戸時代、明暦の大火により木材が大量に必要になったことから、幕命により小田原藩に割り当てられた15万本のマツ苗が萱原だった真鶴半島にも植林されました。明治維新後には、皇室御料林として一般の人は立ち入ることはできず、マツ林は見回り人により大切に保護されてきました。明治37年 森林法に基づく「魚つき保安林」に指定され、真鶴町漁業を支える大きな役割を担っています。

 昭和22年 御料林は国有林となり、昭和27年には真鶴町に払い下げられ、マツだけではなくクスノキやスダジイなどの巨木が生い茂る混交林となり、真鶴町の神聖なる場所として大切に守られてきました。

神奈川県真鶴町オフィシャルサイト
https://www.town.manazuru.kanagawa.jp/soshiki/sangyoukankou/kanko/1444.html


初めて行ったのが年始だったこともあり、
真鶴のお店はほとんど閉まっていた。

だから、真鶴の第一印象は"お林原生林と、三ツ石から見える朝日がとてつもなく美しい"というものだった。
その時、真鶴の良さを聞かれても『とにかくお林の木々がすごいんよ!なんか呼吸してるみたいに生い茂ってて美しいんよ!』ぐらいにしか言えなかった。

けれどそれはあながち間違ってもいなくて、岬に行くまでの道や、自然の姿はどこか”そのまま、ありのままが残された景色”な気がして、初めてきたのにどこか懐かしさを感じるものだった。


だから、なのかわからないけれど、
年末年始に実家に帰るように、
「ただいま」と言うように、

その翌年も、初日の出を見にいくために年の初めには必ず、真鶴を訪れるようになった。
2021年を除いて。


人も自然もあったかい、それが真鶴

そこからと言うもの、2022年、2023年も年始には真鶴に向かった。

そして、その頃ちょうど手を伸ばして仕事をしながら参加していた環境省のプログラムで一緒になったメンバーと、『人と自然、地域のあり方や豊かさ、まちづくり』などについて考える中で、私の大好きな真鶴について調べてみよう、となったことがきっかけでより真鶴を深く知ることになった。

真鶴は神奈川県唯一の過疎地でありながら、移住者が増加している今アツい地域でもある。

真鶴が移住者から注目を集める理由の一つに、「美の基準」という真鶴のまちづくり条例があった。

日本が好景気に見舞われた1990年代。
古くから守られてきた街並みが壊されてしまうようなリゾート開発の波が、真鶴にも押し寄せた。
周辺地域には投資目的でどんどん新たなビルやホテルが立ち並び、住人は「いつか真鶴町も他と同じように壊されてしまうのではないか」と言う不安に駆られた。

そこで動いたのが、当時の町長、三木邦之さんだった。
町を守るために、乏しき町の水源を確保するために、
その町に暮らす住人の暮らしと生活を最優先に、
「どんな町を作るのか」と言う観点で住民との会議を重ね、
町に存在する”美しさ”を言語化し、共通認識を持てるようにした「美の基準」というまちづくり条例を制定した。

条例が制定されるまで約2年。何度も合意形成を重ね、やっとの思いで可決されたものだった。

この美の基準は場所、格付け、尺度、調和、材料、装飾と芸術、コミュニティ、眺め という8つの項目別に構成された、すでに真鶴にある美しさを数値ではなく言葉で表現したものだ。(キーワードは全部で69にものぼる。)

私が特に好きなのは、
小さな人だまり、実のなる木、そして青空階段だ。

それぞれ真鶴が大切にしていることや、まちづくりで大事にしたい価値観、真鶴にすでにある美しさを表現した言葉であり、それはどこか優しさとこの街の温もりを表現している。

小さな人だまりは、町にあるちょっとしたベンチや椅子。
後ろには壁があり、街中に突如現れたりするが、散歩の途中にひょっと座れるような椅子があることで、そこに人が腰掛け、集まり、ちょっとした会話が始まる。そんなことを表現している。

また、実のなる木は、真鶴のおうちでよく見かける。
みかんや金柑など、実をつける木が真鶴にはたくさんある。実のなる木があると、実をつけたときにたくさんの人にお裾分けができるから。という意味があるそうだ。

昔はご近所さんやお世話になっている人に、自分の畑で育てたお野菜をお裾分けする、なんて文化が多くの地域にあったはずだ。それが都市化が進んだことにより当たり前ではなくなってしまった。だけど本当は生きていく上で大切なお裾分けの精神、多く取れたから、あげようという贈与の心、そうしたものを大切にしていこうということに改めて気づかせてくれるようなワードである。

そして、青空階段は空に向かって伸びる階段。
真鶴の丘のほうへ向かうと、海を見渡せる場所には空に向かって伸びる階段が見かけられる。

こんな風に、この町にある美しさを、誰もが共通認識として再認識できるような美の基準は町民のシビックプライド(この町に住んでいる誇り)にもつながっているのではないかと思う。

真鶴のまち歩きの楽しさは、この「美の基準探し」にもある気がする。

●「美の基準」とは
「美の基準」については、まちづくり条例の第10条に記載されています。

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第10条(美の原則)
町は、まちづくり計画に基づいて、自然環境、生活環境及び歴史的文化的環境を守り、かつ発展させるために、次の各号に掲げる美の原則に配慮するものとし、その基準については規則で定める。

(1)場所
建築は場所を尊重し、風景を支配しないようにしなければならない。

(2)格づけ
建築は私たちの場所の記憶を再現し、私たちの町を表現するものである。

(3)尺度
すべての物の基準は人間である。建築はまず人間の大きさと調和した比率をもち、次に周囲の建物を尊重しなければならない。

(4)調和
建築は青い海と輝く緑の自然に調和し、かつ町全体と調和しなければならない。

(5)材料
建築は町の材料を活かして作らなければならない。

(6)装飾と芸術
建築には装飾が必要であり、私たちは町に独自な装飾を作り出す。芸術は人の心を豊かにする。建築は芸術と一体化しなければならない。

(7)コミュニティ
建築は人々のコミュニティを守り育てるためにある。人々は建築に参加するべきであり、コミュニティを守り育てる権利と義務を有する。

(8)眺め
建築は人々の眺めの中にあり、美しい眺めを育てるためにあらゆる努力をしなければならない。

神奈川県真鶴町の「美の基準」とは?

こんな素敵な美の基準によって、他の都市では残りきらなかったような文化や美しさ、町の暖かさや変わらぬ温もりが存在し続けているからこそ、
初めてきたのにどこか”懐かしい”と思ってしまうのではないだろうか。


書きながら、真鶴と出会ってもう5年も経ったことへの驚きと
5年で真鶴との関わり方も大きく変わったことへの喜びを感じていた。

そして、それとともに改めて自分が真鶴を好きな理由を、
もう一度見つめ直したいなと思った。

あのとき、初めに真鶴に惚れたあの感覚を忘れないために。


最後になるが、
真鶴は、本当に素敵な町なんだ。
自分にすごくフィットする町なんだ。

ふらっと、さくっと、気軽に帰れる、
ただいまなづるできる町。

自分の大切な人を、連れてきたい町。

次行くときは、たまには一人でぼーっとお散歩したいなあ。


人生はつ づ く

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