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音無き世界に届く踊り

千佳ちゃんが“変幻自在”を訪れてくれたのは、その2週間前のことだった。神妙な顔つきでカウンターに座った彼女は、

「友達の誕生会を開催する場所を探しているんですけど、ちょっと条件がありまして。”和食を食べながら踊りを観れるお店”なんです。おミツさんに相談したらこちらに伺ってみた方がいいとおっしゃって・・・」

おミツさんは銀座でスナックを営む、言わば”肝っ玉母ちゃん”。鳥取から出てきてひとりでお店を立ち上げ、様々な若き才能を引き寄せながらガッハッハ!と愉快に生きておられる逞しきオバ様であった。

千佳ちゃんとはすぐに意気投合したこともあり、私は、

「東京広しといえどもそんなリクエストに応えられるお店は“変幻自在”しかないでしょう!」

と息まいて一発OK。 お陰さまで私には高いレベルで踊りを踊れる友人が大勢いるのでどうにでもなるだろうという算段であった。

すぐに思いついたのがいつかのクリスマスパーティーでもお店で踊りを披露してくれたクンちゃん。オープン後間もないうちにいらしてくれたお客様でフランダンスのインストラクターを務めており、温かな人間性にも大きな信頼を寄せている方である。趣旨を伝えてお願いしてみると、即OKという有難い成り行きであった。

ところで、 千佳ちゃんが「和食と踊り」というリクエストを投げかけてきたのにはわけがある。 誕生会の主役は耳の聞こえない由紀さんという女性で、物理的に音楽を楽しめない彼女が、どうしても踊りを観たいとおっしゃったのだとか。 千佳ちゃん、クンちゃん、そして私は、 その気持ちになんとしても応えたい、 しかも特別な誕生会にしてあげたいということで、徒党を組んでの演出を企んだわけである。

早い時間にいらした6名のグループには、まず私がご用意した渾身の和食料理を愉しんでいただいた。 「渾身」と言っても私の技量からして飽くまで家庭的な内容である。豆腐と野菜のサラダ、あんかけ肉団子、鮭のアラ汁、牡蠣を使った和風炒め、マグロのカマ塩焼きなど。肝心の由紀さんは「とても美味しい」と手話で伝えてくれて嬉しかった。

そして満を持してクンちゃんの登場である。彼女がフラダンスというものの概要と踊りを合わせる曲について解説すると、手話の先生をなさっている大山さんが見事に訳してくれた。音楽が始まる。 クンちゃんが踊り出す。由紀さんは食い入るように見つめていたが、愛とやさしさが溢れ出てくるような踊りに観客全員が感動のあまり言葉を失ってしまった。 涙をこぼしてしまう者もあり、大山さんは、

「由紀、ごめんね。音楽と踊りの調和が素晴らしかったの。私たちが一番愉しんじゃったかもしれない・・・」

と言って目を光らせた。私はその言葉を聴いて込み上げてくるものがあり、用もないのに厨房に身を潜めたりした。
 
しかし、音楽を聴けなかった由紀さんもとても気に入ってくれたようで、踊りが終わると人差し指を何度も力強く突き出し、「もう一回、もう一回!」とクンちゃんにアンコールを要求するではないか。

「すごい・・・伝わってる!」

クンちゃんは快く引き受けてくれ、 今度はまた赴きの異なるフラダンスを披露してくれた。あまりに楽しそうに踊るので皆さんも「やってみたい!」と言い出し、結局クンちゃんの指導のもとみんなで踊ってみることに。曲名は「ホワイトクリスマス」。ゆったりとした厳かな曲調なので、初心者でも楽しく取り組める一曲である。

クンちゃんが見本を見せながらひとつひとつの動きを解説しているとき、「あー、手話とフラダンスって似てるんだなー」と直感した。すべての動きに意味と由来があり、観ている者に伝わるように気持ちをこめて表現するところなどはソックリではないか。 あらためてこの企みは大成功だったと思った瞬間だった。みんなで一曲分踊り切ったら、自然と互いにハイタッチしていた。由紀さんの本当に楽しそうにしている姿が何より印象的だった。 

言葉は大切だ。我々人類が試行錯誤を繰り返して発達させてきた貴重な伝達手段だし、そこには文化や哲学の粋も尽くされている。しかし、最も大切なのは言葉ではない。その源となる心、人間のハートなのだ。そんなあたりまえのことを、あたりまえのように教わった素晴らしい夜だった。

(了)

*これは事実に基づいたフィクションです。登場人物のモデルになった人物の実名は出していません。

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