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連載「『公共』と法のつながり」第1回 「契約」を学ぶ意義を考える

筆者 

大正大学名誉教授 吉田俊弘(よしだ・としひろ)
【略歴】
東京都立高校教諭(公民科)、筑波大学附属駒場中高等学校教諭(社会科・公民科)、大正大学教授を経て、現在は早稲田大学、東京大学、東京都立大学、東京経済大学、法政大学において非常勤講師を務める。
近著は、横大道聡=吉田俊弘『憲法のリテラシー――問いから始める15のレッスン』(有斐閣、2022年)、文科省検定済教科書『公共』(教育図書、2023年)の監修・執筆にも携わる。


 読者の皆さん、はじめまして。
 高等学校公民科に新設された「公共」の教科書をひもといてみると、多くのページに法に関連する事項が出てきます。そこで、これから数回にわたり、「公共」と法とのつながりを意識しながら、どのような点に注意しながら学んでいくとよいのか、考えていく予定です。これから「公共」の授業づくりにチャレンジしようとする先生方はもちろんですが、法の世界に興味を持ってくださった高校生にも読んでいただけたら幸いです。

【連載テーマ予定】
Ⅰ 「契約」の基礎
Ⅱ 「契約」の応用:消費者契約と労働契約を中心に
Ⅲ 「刑事法と刑事手続」の基礎と問題提起
Ⅳ 「憲法」:「公共」の憲法学習の特徴と教材づくり
Ⅴ 「校則」:身近なルールから法の教育へ

【1】はじめに:高校の授業を見学してきました

 先日、千葉県立小金高等学校で開催された公民科の公開授業を見学してきました。テーマは、「契約の意味」「消費者の権利と責任」です。
 關遼太郎先生の「政治・経済」(高校3年生対象)は、ジブリ映画「千と千尋の神隠し」(2001年公開)の印象的なワンシーン、千尋と湯婆姿との雇用契約が「契約」の意味を考えるための教材として用いられ、私も一気に惹き込まれていきました。映画のワンシーンを法的な視点から捉え直そうとする、こんな授業を受けたなら、映画の見方まで変わってしまうかもしれません。

※画像については、スタジオジブリ公式サイトにおいて提供されているものを使用しました(https://www.ghibli.jp/works/chihiro/#frame)

 他方、岡本慎先生の「公共」(高校2年生対象)は、脱毛エステをめぐる消費者トラブルの事例がいくつも紹介され、そこに潜む消費者契約上の問題点やトラブルの解決策について話し合いが行われていきました。クラスのみんながそれぞれの意見をタブレットに書き込むと、一人ひとりの意見がたちどころにクラス全体に共有されていきますから、みんなでアイデアを出しながら解決策を考える新しい授業の可能性を感じることができました。
 そこで、連載の1つ目のテーマは、小金高等学校の2つの授業に刺激を受けたこともあり、「公共」の授業において「契約」をどのように取り上げたらよいか考えてみたいと思います。

【2】18歳成年の実現:146年ぶりの成年年齢の見直しをどう受け止めるか

 高校生の皆さんもご存じのように、2022年から成年年齢が20歳から18歳へと引き下げられました。成年年齢の見直しは実に146年ぶりであり、近年の18歳選挙権の実現とともに私たちが変革期に生きていることを実感させられる出来事となりました。成年年齢の引下げにより、18歳になれば、親の同意を得なくても一人で契約を結べるようになりましたから、“大人になる”ことの意味を“保護者の干渉からの解放”と捉え、ポジティブに受け止めた人もいることでしょう。

 ところが、実際、高校生に「18歳成年」や「契約」という言葉から抱くイメージを聞いてみると、自立の喜びよりも「心配」「不安」「トラブル」などネガティブな声とともに語られることが多いのです。学校の授業でも、18歳成年と契約は消費者トラブルなどとセットで扱われることが多いため、高校生が「契約」=“怖いもの”と警戒するのはある意味当たり前なのかもしれません。18歳・19歳を保護される対象としての「未成年」から解放し、成年として位置付けようとする法制度の改革と18歳を迎える高校生の意識にギャップがあるならば、これをどのように受け止め、「公共」の授業につなぐとよいのでしょうか。

【3】「契約」の学習内容をめぐる2つの考え方

 具体的にそのギャップを意識して、「公共」の授業で「契約」をテーマとするときに、その内容としては2つのアプローチ・考え方があります。

 1つの考え方は、高校生が契約に対して慎重に構えていることをむしろポジティブに受け止め、この際、消費者トラブルを回避する方法を教えたり、万一トラブルに巻き込まれても苦情相談できる窓口を紹介したりするなど、「契約」に関わる実用的な知識を徹底的に教えていくというプランです。確かにこのような知識は現代の消費社会においては必要不可欠ですからこのアイデアは道理にかなった考え方だということができるでしょう。

 ところが、ここで先の見解に対し、もう1つの考え方が示されます。たとえば、民法学者の大村敦志さん(学習院大学教授)は、「契約のもたらす危険をいかに回避するかを教える」だけでは、「契約」の半面(影の面)を教えたに過ぎず、なぜ「契約」が大事なのかというもう1つの面(光の面)が欠けている(註1)と述べ、契約の教育が、実用的かつハウツー的な知識の提供にとどまるような消費者教育に収束していくことに警鐘を鳴らしています。この意見に私は大いに共感します。「契約」の学習内容が消費者トラブルに関連する知識の習得に特化してしまうと、何のために「契約」があるのか、あるいは社会生活を営む際に「契約」がどのような役割を果たしているのかなど、「契約」に関する基本的なものの見方や考え方を身に付けることができないまま社会に出ていくことになりかねません。ましてや、消費者トラブルに遭遇しても、契約に関する判断のための枠組みを持っていなければ、被害そのものを認識できないことになりかねないのです。

【4】「契約」の意義と機能を考える:「身分から契約へ」を手がかりに

 それでは、「契約」の基本的なものの見方や考え方を身に付けるためには、どのような学習を進めていけばよいでしょうか。次に具体的に述べてみましょう。

 「契約」の意義と機能を授業で取り上げるなら、「身分から契約へ」という言葉を手がかりに学習を組み立ててみるのはどうでしょうか。「身分から契約へ」とは、イギリスの法史学者ヘンリー・メイン(1822~88)がその著『古代法』(1861年)において述べた言葉であり、古代では人間を規定していたのは身分であったが、社会の発展に伴い、個人の自由な意思に基づく契約がしだいに社会関係を規定する要素となるに至った事実を表しています(註2)。つまり、封建社会において人は身分に縛られていたのですが、身分制から解放された近代市民社会においては、人は身分や社会的地位に束縛されることなく、自らの意思によって自由に社会関係をつくることができるようになったこと(私的自治の原則)に焦点を当て、そのことの意味を「公共」の授業で考えてみるのです。

 このことを経済の視点で捉えてみると、人は自由に経済活動を行い、自己の利益を追求することが認められるようになったことを意味します。他方、このような経済活動を法の視点で捉えてみると、人は、身分の束縛から解放され、自由・平等・独立した法的主体として、どんな相手と、どのような内容の契約関係を結ぶかを自由にできるようになった(契約自由の原則)ことを意味します。だから、メインは、このような法の歴史的変化を「身分から契約へ」と呼んだのですね。ここで押さえておきたいポイントは、人が誰からも強制されずに、もちろん国家からも干渉されることなく自分の自由な意思に基づいて他者との間に契約を結び、社会を成り立たせていることです

 ドジャースと10年総額7億ドルの大型契約を結んだ大谷翔平選手をあげるまでもなく、私たちも日常生活ではコンビニやスーパーで買い物をし、電気通信事業者との間に契約を結んでスマホを使っていますし、勤務先との間では雇用契約を結んでいます。また、市場では多くの企業が無数の商品を提供しています。私たちは、その中からどの企業の、どんな商品を、いくらで購入するか、こんなことを考えながら買い物をし、お気に入りの商品を手に入れています。商品交換を基本とする経済活動は契約自由の原則によって支えられながら機能していることがわかります。経済活動と契約がこんなに深く結びついているとは意外な組み合わせであったかもしれません。しかし、ここはとても大切なところで、私たちは、日々、自らの意思で契約を結びながら経済活動や社会関係を成り立たせているのです。「公共」の授業においても、法と経済の関係を注意深く捉えてみると、なぜ経済の学習においてさまざまな法律が登場するのかそれが経済活動にどのように関わっているのかが見えるようになっていきます。

 そうであるなら、高校生も契約を通して自己実現をめざしたり、より望ましい社会の実現に向けて取り組んだりすることもできるのです。進学先の大学とどんな在学契約を結ぶかは、自身の人生を左右するほど大きな影響を与えるかもしれません。また、環境に負荷をかけない努力をしている企業の商品を購入する(売買契約)という消費行動をとるなら環境保全に役立つかもしれません。一人ひとりの契約を通した行動がよりよい生活や持続可能な社会の実現につながる可能性があるのです。

 それでは、今回はここまでと致しましょう。最後に、これまでの学習内容を法的な観点からまとめましたので、頭の整理に活用してください。

・私たちは、自由で平等、独立した法的主体である
平等な個人と個人は、自由な意思でお互いの社会生活関係を自治的につくることができる=私的自治の原則
契約は、個人と個人の、意思表示の一致によって成立する=契約自由の原則

【註】

  1.  大村敦志『「法と教育」序説』(商事法務、2010年)64頁参照。なお、57~70頁に「契約が大切なのはなぜか」・「消費者教育・法教育と契約」に関する論稿が収められており、授業づくりの参考になります。こちらは教員向けの参考書となります。

  2.  高橋和之ほか編集代表『法律学小辞典〔第5版〕』(有斐閣、2016年)1250頁。

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