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【まとめ】長編小説 クイック、フラッシュ&ラウド

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長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド あらすじ

長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド あらすじ

「本当の瞬間を感じたい。ただし努力はしたくない。」

 うだつの上がらない高校生、佐山は同じクラスの橋本と出会い、ザ・フーのババオライリィを聴かされる。

素早い閃光、少し遅れて轟音が鳴り響き、その瞬間に世界は二つに割れた。

 時は90年代半ば、ロンドンはブリットポップの狂騒に沸き、横浜にはコギャルが闊歩していた頃。

佐山と橋本は醜悪な十代の自我をかき消す為にバンドを結成する。

傲岸不遜、ド

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クイック、フラッシュ&ラウド 序章

クイック、フラッシュ&ラウド 序章

 白球の表面に印字されたMIKASAの文字がハッキリと視認出来た。

 掌底に当てて押し出すように繰り出された無回転サーブ。明らかに僕を狙って放たれたそれに、佐山!と注意を促すチームメイトの声や、応援に駆けつけた同級生達の歓声が一瞬消えた。

 一流のアスリートだけが感じることのできる、極限迄研ぎ澄まされた世界。僕は手首を返しフラットな面を作り、丁寧なレシーブでセッターの桜井につなごうと試みる。

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長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第1章 十代の荒野_1

長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第1章 十代の荒野_1

 僕と橋本の出会いは高校二年の秋にまで遡る。それは、こんもりとした丸い雲がゆっくりと流れる晴れた日だった。

 台風が来る度に夏の湿気を含んだ空気が吹き飛ばされていき、空気が透明度を増した。教室の窓から見える、みなとみらいのビル群が日に日にクリアなって行く中、初めて十五度を下回った日。
 僕は二学期になって初めて紺色のセーターを着て登校した。防虫剤の匂いが抜けないセーターの着心地が悪いせいか、何も

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長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第1章 十代の荒野_2

長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第1章 十代の荒野_2

「一本くれ」とも言わず橋本は傍に置いてあった僕のタバコに手を伸ばすと、自分のライターで火を点けた。

 固まる僕を尻目に暫く無言でタバコをくゆらせていた。橋本はぼくの目の前に移動し、値踏みする様な視線を投げかけてきた。痩せこけた体は逆光で影になり、枯れ枝が立っているみたいだった。二年になって同じクラスになってから、橋本とちゃんと話した事はなかった。意味不明な橋本の行動に僕は困惑しつつ腹が立って来た

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長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第1章 十代の荒野_3

長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第1章 十代の荒野_3

 それから僕らは色々な音楽を聴いた。刺激的なもの、美しいもの、素晴らしいもの、格好いいもの、馬鹿馬鹿しいもの、そしてゴミみたいなものでさえ、それはそれで魅力的だった。
 幸いな事に九十年代中頃は、僕らの前に過去の遺跡が次々と発掘されていった時代だった。オアシスやブラーやストーンローゼスの新譜が発売される一方で、過去の名作がリマスターされて次々とCDで再発されて行く。
 HMVやタワーレコードと言う

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長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第2章 ブラー、板わさ、レディオヘッド_1

長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第2章 ブラー、板わさ、レディオヘッド_1

「何だお前その背中の」
ギターを背負い廊下を歩く僕に山岸先生が声をかけて来た。
「ギターです」
 見りゃわかるだろうとばかりに僕は背中に背負ったフェンダーのギターケースを見せた。橋本とバンドを結成する事を決め、全貯金とおばあちゃんに少し出資してもらい、このフェンダーのジャズマスターを買ったのはもう一年前位になる。
「じゃ、先生さようなら」
面倒な事を言われたく無い僕は早々に立ち去ろうとしたが
「お

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長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第2章 ブラー、板わさ、レディオヘッド_2

長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第2章 ブラー、板わさ、レディオヘッド_2

 片山有紗と吉川弘美が、肩を並べてこちらに向かって歩いてくる。片山は少し茶色がかった肩までの短い髪、吉川は肩甲骨位までの長い黒髪を揺らして。傾いた放課後の日差し浴びて、片山は一際輝いている様に見えた。僕の中で警告音が鳴り響き、混乱が度合いを増す。取り乱してはいけない。勤めて冷静な対応をするように自らに言い聞かせ、深く息を吸い込んだ。
「遂にバンドやるんだね」
そんな僕の心の内を知ってか知らずか、片

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長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第2章 ブラー、板わさ、レディオヘッド_3

長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第2章 ブラー、板わさ、レディオヘッド_3

 橋本が向かった先は校庭を取り囲むように並ぶ運動部の部室棟。その一角にあるラグビー部の部室だった。
 様々な部活のジャージやTシャツが所々に干され、それが砂埃にまみれている。乱雑とした劣悪な環境と、それをものともしない生命力。まるでどこかの国のスラム街の様だ。
 落書きと傷だらけの薄汚いドアを開けると、目当ての高田が折良くソファに座り踏ん反り返っていた。

「なんだお前ら、何しに来た。」
百キロに

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長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第2章 ブラー、板わさ、レディオヘッド_4

長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第2章 ブラー、板わさ、レディオヘッド_4

 シナリオ通りに目的を達成して鼻歌混じりに歩く橋本を横目で見ながらも、なんだか腑に落ちない。吉川と仲良くなる事を餌に高田をバンドに引き入れようとする橋本の作戦は充分理解できた。だが、何故よりによって高田でなければならないのかは依然謎のままだった。

「なぁ何で高田なんだよ」
僕は率直に疑問を投げかけた。
「え?だってドラムとキャッチャーは太ってる方がいいだろ?基本だぞ」
「あとは?」
「あとは?な

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長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第2章 ブラー、板わさ、レディオヘッド_5

長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第2章 ブラー、板わさ、レディオヘッド_5

 野球部の部室は、校庭を挟み、ラグビー部とは反対側にある。校庭では、キン!と金属バットの澄んだ音が響き、既に新体制となった後輩達が元気に声を上げている。ノックもせず開けた部室のドアから中を見渡す。夕日は校舎に遮られ、部屋内は薄暗い。後輩達の汗臭い制服と野球用具が乱雑に置かれているばかりで誰の姿も見えなかった。

「山内は引退したんだから部室にいる訳ないだろ」僕は片隅に転がっていた野球ボールを拾いな

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長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第2章 ブラー、板わさ、レディオヘッド_6

長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第2章 ブラー、板わさ、レディオヘッド_6

「山内お前何にも頼まないのか?」
話をしようと誘い、学校の近くの馴染みの蕎麦屋「ほりやま」に入ったが、山内はメニューを見ようともしないでぼんやりと厨房を見つめている。
「元気出せよほら、なんでも好きなもの食べろ。佐山の奢りだってよ」
「阿呆か、俺八百円しか持ってないぞ」
そんな定番のやり取りを見て山内は、ハハっと乾いた愛想笑いを浮かべたあと俯いて
「俺、板わさで。」
と蚊の鳴くような声で言った。

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長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第2章 ブラー、板わさ、レディオヘッド_7

長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第2章 ブラー、板わさ、レディオヘッド_7

 すっかり日が暮れた横浜の街を駅までプラプラと歩く。居酒屋、個室ビデオ、キャバクラ、風俗、いつのまにか看板に明々と火が灯っている。昼間の薄汚いだけの街並みと違い、猥雑な雰囲気が徐々に満ち始めて来ている。良くこんな所に高校を建てたものだと生徒ながらに呆れるが、もうすっかり慣れてしまった下校風景である。
「本当にこんなんでいいのかなー」
橋本の主導によりあっと言う間に決まってしまったメンバーについてで

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長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第3章 ウェイストランドボーイズVS小太りズ_1

長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第3章 ウェイストランドボーイズVS小太りズ_1

「バンド名どうすんだよ」
ドラムのスツールに踏ん反り返って座りながら、高田が腕組みをしている。まだドラムを始めて二カ月も経っていないのに、既に雰囲気だけは重鎮の様だ。
「バンド名とか言ってる場合じゃねぇだろ。お前本当に練習して来たのか?」
素人揃いのメンバーの中でも、この男が一番不安だった。
「したよ。家でジャンプとマガジン叩いて。もう完璧だよ」
そう言い切ると高田はドカドカとドラムを乱雑に叩いて

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長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第3章 ウェイストランドボーイズVS小太りズ_2

長編小説:クイック、フラッシュ&ラウド 第3章 ウェイストランドボーイズVS小太りズ_2

「バンド名どうすんだよ」

「お前それしか言わないな…」

スタジオを終え、僕らは横浜駅前のマクドナルドに入った。四人掛けの席に五人の男と三本の楽器がひしめき合って肩を寄せるように座る。あれから時間の許す限り何度も曲をみんなで合わせた。出し尽くした疲労感が心地よく身体に残り、僕の喉はガラガラに枯れていた。

高田を無視してポテトを食べながらふと山内の頭髪に目が向いた。

「山内、お前髪伸びたな…」

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