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公園のパン屋さん

「ここのパン屋は何時から開いているのかしら?」

パンを買う順番待ちをしていると、後ろから声を掛けられた。振り返ってみると、白髪のお婆さんがニコニコとした笑顔で「ねぇ、知っている?」と更に言葉を掛けてきた。

私には、朝になるとウォーキングの習慣がある。天気の良い時には広い公園を50分ほど歩くのだ。週に3〜4回の朝ウォーキングの習慣で、朝7時から8時をパン屋の前を通るとき、閉まっているのを覚えている。
だから間違いなくパン屋が営業しているのは、9時以降であるのは確かだがーー。
しかし明確に何時に営業をやっているかと聞かれると私は「知らない」のである。店は営業時間という表記はどこにもない。ただ、パンの準備ができたところで営業している、とても小さな公園のパン屋、というのが私の中で勝手に根付いた印象だった。そんなわけで、これまでパン屋の営業時間なんて真剣に考えたこともなかったのだ。

私はお婆さんに「さぁ、どうなんでしょうねぇ」と、咄嗟にそう答えたのが精一杯だった。
ああ、どう答えれば良かったのだろう。

しかしそれよりも、今パン屋の行列に並んでいるのだから、店の主人に直接聞けば良いのである。私たちが並んでいる間にも、焼きたてパンが次々に棚へ並べられていく。
なんて美味しそうな匂いだろう。
パン生地の甘く焼けた良い匂いが小さな窓口から香る。
何組かの親子連れは、窓口に並ぶ焼きたてのパンが見えるように子供を持ち上げていた。

この公園のパン屋は店内で焼きたてパンを販売していない。焼きたてパンは小さな窓を介して対面式による販売スタイルなのだ。広い公園の中にある小さな店は、10種類ほどの焼きたてパンが並ぶ。午前11時過ぎ。パン屋は入り口から30人くらいは人の列ができるくらいに凄まじい人気だった。

さぁ、行列の順番はいよいよ自分の番になる。
何にするかと小さな窓口からパン屋の主人が私に声を掛けてきた。

「えーと、あのチーズパンを1つください」

買いたいものは、1つだけだった。ちょうど並び始めたときに芳しい香りが鼻をついて、焼きたてのチーズパンを棚に並べているところだった。それを目にした時から、私は興味を惹かれていた。

チーズパン1つ150円。

公園のパン屋は名物がメロンパンだった。メロンパンにチーズパンにクロワッサンと塩パン。大概の人は4つか5つくらいを買って帰る。それはよく見る購入数だ。年配の客は8つか9つを選んで大量に買っていく。きっと近所の人にも配る習慣のある人かもしれないし、趣味仲間に配る人だっているだろう。
そんな中で、私が立寄って購入するのは自分が食べるぶんだけだ。
支払いをし終わると、私はつかさずパン屋の主人にこの店は何時からやっているのですかと尋ねてみた。

「ここは朝9時からですよ。休日も同じですんで」

気前の良いパン屋の主人にお礼を述べると、私は振り返って、お婆さんに同じことを告げた。きっと恐らくは聞こえていただろうが、お婆さんは「ありがとう」と言葉を私にくれた。

パン屋から離れて、手にしたチーズパンを頬張る。ふんわりと柔らかいパン生地だ。焼けたチーズの濃厚でまったりとした味が口の中で広がる。ほのかに感じるジャガイモペーストとパン生地が絶妙だった。

最近はずっと野菜中心の食生活に変わり、あまりパンを食べなくなった。チーズも同様である。殆ど日常的には、口にしなくなった。
私は、こうしてパン屋にふらりと訪れたタイミングで、焼きたてパンの香りにつられて食べる機会を得る程度である。

たまに食べるパンも良いものだな。
小麦の味を噛み締めながら、のんびりとした休日の公園を後にした。

了.

宝城亘.


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