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暗黒太陽伝 ブラック・ドット・ダイアリー(10)

第10話 日の本のレイライン


ブラック・ドット・ダイアリー
BDD 二●一三年六月二十一日(金)


 もとのレイライン────→

ポイント① 鹿島神宮かしまじんぐう(茨城県鹿嶋かしま市)
ポイント● 二年C組(加賀見台中学校)
ポイント② 皇居正門前
ポイント③ 明治神宮(東京都渋谷区)
ポイント④ 富士山頂
ポイント⑤ 豊川稲荷とよかわいなり(愛知県豊川市)
ポイント⑥ 伊勢神宮いせじんぐう(三重県伊勢市)
ポイント⑦ 室戸岬むろとみさき(高知県室戸市)
ポイント⑧ 四万十しまんと川河口(高知県四万十市)
ポイント⑨ 霧島神宮きりしまじんぐう(鹿児島県霧島市)
 
 マクスウェルきょうが立てた作戦はシンプルだ。
 夏至げしの早朝、鹿島灘かしまなだに昇る朝日をポイント①から⑨まで一直線に飛ばすのだ。
 日本列島の東から西へ、全長一〇〇〇キロメートルの〝光の矢〟を突き通すのである。
 光の伝達には〝鏡〟を使う。
 協会公認の「レイ・ミラー」は直径四十六センチの正円形。
 三種の神器の「八咫鏡やたのかがみ」とほぼ同じ大きさだった。
 ポイントごとに二枚の鏡が用意される。
 一枚で受けた光をもう一枚に反射させ、次のポイントへとつないでいく。
 もちろん光そのものはポイントを経るたび弱まっていく。
 要は、光のパルス信号が伝わればいいのだ。
 協会の記録では、九州・霧島神宮を通過したパルスが中国福建省ふっけんしょうを横切り、ベトナム、ラオス、タイ、ミャンマーを横断、インド洋を抜け、セイロン島でキャッチされたという。
「パルスの伝達はそれほど難しいことではありません。会員の皆さんはこの道のプロフェッショナルですからね」
 レイライン研の部室────。
 夏至を明日に控え、日本支部長・佐々木徳治郎が、かえで沖村肇おきむらはじめに鏡の使い方をレクチャーしていた。
「ただ、イメージの伝達はいまだ成功したためしがないのです。会員の中には古代人にもそんな超能力みたいな真似は無理だろうと言う人もいます。わたくしは、信じていますがね」
 うなぎの寝床のような部室の端と端で、楓と沖村は向かい合って鏡を高くかかげていた。
 マクスウェル卿が懐中電灯で照らす光を、鏡で受け止め反射する練習だ。
「だから、協会としてもあなたがたお二人に賭けているのですよ。様々な情報を電波に乗せることに慣れてしまった現代人が、微弱なパルスで意思を伝え合うのは至難の業だと思うのです。でも、あなたがたお二人には切実な動機がある。2ーCとらわれの身となっている仲間たちと再び心を一ついにしたいという純粋な思いがある。可能性は大いにあるでしょう」
 楓が受け止めた光が、沖村の鏡にあたって白く光った。
「グッドゥ」マクスウェル卿が親指を立てた。
 楓はレジスタンスの同志である沖村と目を合わせた。
 沖村の目が眼鏡の向こうで微笑んだ。
 彼の顔は眼の白目と右頬だけ妙に白い。
 そこ以外はすべて黒いからだ。
 楓も同様に額に丸く肌色が残っているだけであとは全身真っ黒けだった。
 これこそ江里加が警告していた赤神晴海の切り札。
太陽黒点呪術最高奥儀たいようこくてんじゅじゅつさいこうおうぎ陰陽回天いんようかいてん
 黒痣くろあざと黒痣以外の部分を逆転させる必殺技。
 二人は白痣を残して黒い人になっていた。
 
「安心したまえ。皮膚ひふガンというのは、単なるおどし文句だろう」マクスウェル卿は言う。
「黒痣現象の生理学的なメカニズムは、おそらくこうだ。ミス・アカガミの呪術で刺激を受けた脳内、間脳かんのう視床下部ししょうかぶが極度の興奮状態となり、A10神経が活性化して神経伝達物質ドーパミンを大量分泌、それが黒質緻密部こくしつちみつぶに作用してメラニンの異常を招くのだよ」
「なるほど」と沖村。
 本当にわかっているのか、と楓は首を傾げた。
 レジスタンスは一人減ってしまった。
 土山三千代が脱落したのだ。
 彼女は最高奥儀で黒く塗りつぶされたショックで寝込んでしまった。
「しょうがないよ。女子にはちょっとキツすぎるよね」
「わたしも女子だけど」
「そうだった」
 二人は黒い顔に白い歯をむき出して笑った。
 一応、親が見るとびっくりするので、映画部のエキストラ用の特殊メイクで撮影が終わるまでこのままという話にはしてあるのだが。
「沖村君だって、優等生でクラス委員なのに黒焦くろこげになっちゃって、大丈夫?」
「らしくないかな。ぼくみたいなのは、どっちかというと、損得考えて赤神さんの手先になるタイプだよな」
「そこまでは言ってないけど」
「でも、ぼくは天文てんもん部なんだよ」
「へー。それが?」
「天文部員はいつ何時も『地球は回っている』と主張しなければならない。たとえ天が回っていてもね」
「よくわからないけど、要するに赤神さんが嫌いなんでしょう?」
「魔術は科学で駆逐くちくしなくちゃ。菅原さんは、どうして闘ってるの?」
「だって、勝てそうじゃん」
「それだけ?」
「うん。最初はどうなるかと思ったけど、マクスウェル卿と佐々木さんが現れて流れが変わった。わたしの好きなパターンだよ、これは。マンガの話だけど」
「お車の用意ができたようです」と佐々木。「では、そろそろ出撃いたしましょうか」
 学校の前に会員のボランティアで送迎車が二台待っていた。
 車に乗り込む前に、楓が2ーCの教室を振り返ると、人影がこちらを見ている。
 女子生徒のようだが、赤神晴海なのか今井江里加なのか、誰なのかまではわからない。
 楓とマクスウェル卿は東へ。
 沖村と佐々木徳治郎は西へ。
「ハヴァ・ナイス・デイブレイク・アンド・グッラック!」
 最終便で羽田から鹿児島へ飛んで霧島神宮を目指す沖村を、マクスウェル卿が激励げきれいした。
(つづく)


執筆中から本作とネタがカブっていると思われた
半村良の『産霊山秘録(むすびのやまひろく)』だったが、
あらためて確認してみると
モロ影響はむしろデビュー作『ほか♨いど』のほうだった。

14歳、カドカワ映画に感激して初めて買った文庫本が半村『戦国自衛隊』
高校時代は筒井康隆のドタバタSFにはまっていた。
ヴォネガット、ブラッドベリ、新井素子、式貴士、かんべむさし……
SFは普通に(とはいっても正統派ハードSFは苦手)読んでいたが、
浪人時代に栗本慎一郎を読み始めてからは
経済人類学と関連の薄い作品はSFに限らず、
文学も映画もマンガもアニメも哲学も興味が持てなくなってしまった。
青年期に受けた思想的な影響はその後の人生に大きく響く。
私はいまだにそこから逃れられていない。


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