見出し画像

社会の歯車

 昨日は仕事終わりに、宮ちゃんと夜桜を観に行った。北大の北18条ロータリーで待ち合わせして、春限定のサッポロクラシックを片手に歩きだした。エルムトンネル上の緑道では、学生たちが踊りの練習をしていたり(時期的にYOSAKOIだろうか)、獣医学部前ではバーベキューをしていたり。その学生たちの群像を横目に、新川へと歩を進める。

 途中でマクドナルドに立ち寄る予定にしていたので、初めてモバイルオーダーを活用。あっという間に完成するので、もう少し店に近づいてからがいいと、宮ちゃんからのアドバイス。その横には、武蔵女子大があり、学生たちがバス停で帰路に着いている。
 混雑しているマクドナルド店内でスマートに商品を受け取り(もはや場としての店内の機能はなかったが)、信号を渡ると、日本一の長さと言われている新川さくら並木が始まる。さくら並木と言っても、新川に沿うように並んでいる並木の両側は、交通量が非常に多い、新川通りが走っている。忙しなく帰路に着く車の列と、いつの間にか観光地化しつつある並木の間を縫う人の列。そこに、本州にある歴史的な奥行きは感じられない…は、あまりに紋切り型でもはや意味をなさず、そこには「日本一の長さ」をつくろうとするフロンティアマインドがあるのかもしれない。

 並木道を進むとライトアップされた「新川夜桜ざくら2024」の会場に到着。ごくごく小規模なエリアがライトアップされており、私も含めた観光客という名の市民が、パシャパシャとスマホで写真を撮っている。その行為の連なりは一体どこに行き着くのか。会場の始点には、新川地区の奉納相撲で活躍した若勇(わかいさみ)関の石碑があり、その前で少女が、父の要望に応じ記念写真を撮っている。それは一体、何の記念なのか。家族の記念写真なのは間違いないが、果たして。

 短いライトアップエリアを飛び越え、暗がりの桜並木の下で、モバイルオーダーで注文したマクドナルドをひろげる。背後には、けたたましく、仕事帰りの自家用車が往来し、その光が眩しい。川に近い沿道では、高校生の集団が、自転車で帰路に着いている。小学生の仲間たちは、「すりに遭わないように気を付けたほうがいい」とお互い声を掛け合いながら、自転車を止めてライトアップ会場に向かっている。
 
 彼らを横目に、私たちは琴似へと向かうことにした。当初は温泉に行く予定だったが、ビールを飲み、気温も下がってきたので、少し身体が寒く、この後風呂に入ると湯冷めしそうな気配を感じた。琴似に向かう道中には、「クラシック」と題した、今では見かけなくなったチェーン店ではないレンタルDVD屋があった。気づけばあっという間に、琴似駅へと辿り着いていた。

 お目当ての「盤渓そば」が早めに店じまいしていたので、しばし琴似を彷徨うことにした。次にお目当てだった琴似神社隣の「いっぺい やっぺい」は、「トナリハジンジャ」に変わっていた。
 気がつくと、昨年宮ちゃんと手稲登山をした後に立ち寄った銭湯近くに差し掛かる。そこでさらに一昨年、小樽で一緒に行った銭湯のことを思い出し、記憶が連なっていく。一方で、まちも自分もどんどん連なりからは遠ざかっていく。

 結局、最初に一目惚れをした小さな居酒屋へ入ると、小さなカウンターで、手が届く距離に店主がいる。店主は銀行を退職して66歳でこの店を辞めて、気づいたら14,5年もこの店をやっていたという。常連客はそれぞれ一人でこの店をやってきて、店で仲良くなるそうだ。この日も、最初に一人で来た常連客が店を後にした直後、違う常連客が来たので、店主が電話をして、最初の常連客が戻ってきたところだった。彼は、家は琴似ではないが、「家にまっすぐ帰れない病」だという。すごく人のよさそうな優しい顔立ちで、「以前は北18条に住んでいたんだ」と話してくれた。
 六宝亭や、ジャンヌ、牛太郎、みゆきちゃん食堂等々、北大界隈の定食の名前がすらすらと出てくる。「北大から歩いてきた」というと、「いや~研究者はすごいよね。僕たちは社会の歯車だから。君たちに頑張ってもらいたい」と何の他意もなくまっすぐに話していた。
 正確には「君たち」ではなく、それは宮ちゃんに向けられているというか、向けられるべき言葉だ。私が非常勤講師をしていると話すと、自動的に「教授」を目指していると思われ、説明が難しいので、「いや、それはあきらめました」と話した。そもそも酔っぱらっていて、その話も伝わってはいなかった。

 居酒屋は、社会的な身分や立場を一旦置いて、誰かと出会える場。でもそれは裏を返せば、社会的な身分があるからこそ、その枠を揺らがせたいために、そこに集うものでもあると思う。今の自分と言ったら、実は愚痴りたいことなどなく、特に不満などないんだろうなと改めて思っている。

 それもこれも、homeport(自宅)に「居る」ことが、心を身体を安定させているからかもしれない。過度に人間とも向き合っていないし、社会から身を隠しているわけでもない。でも、もう社会とはどうでもいいと思っている自分もいる。今はだらんとしている。だらんが一番。そんなゴールデンウイークの初日。明日からは石川君がやってくる。今日は久しぶりのバイトだ。

 

 

 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?