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藤田真央ピアノ・リサイタル_2023年1月19日

3週間も経ってしまいましたが、2023年1月19日に、よこすか芸術劇場で行われた「藤田真央ピアノ・リサイタル~亡き恩師 野島稔氏に捧ぐ~」に行ってきました。

汐入駅に着くと、ちょうど冷たい小雨が降りだしたところで、私はダウンジャケットのフードで風を避けながら劇場のあるビルに駆け込みました。

ビルはこじんまりしたショッピングモールになっていて、アパレルショップや雑貨店にまじって不動産屋などが並んでいます。進路案内として壁に貼られた劇場名のプレートもどこか学習塾の看板といった殺風景さで、案内に従って進みながら私は胸中で、演奏会に行くワクワクした心が萎んでいくのを感じていました。
私にとっては「藤田真央の演奏会」というよりも、付き合いで興味も縁もゆかりもないビジネス書作家の講演会に行かなければならない時のような、億劫な気持ちにこそ似合う風景だったのです。

しかし、いざ劇場に着いてみるとそれが単なる杞憂であったと分かりました。
オペラ座のような、と言ってはいささか大袈裟でしょうが、ワインレッドを基調としたオペラハウス仕様の美しい劇場だったのです。楕円形のホールは5階席まであり、座席から振り返って見上げているとなんとも風情を感じます。

心には躍動感が蘇り、藤田真央さんが空気の流れに運ばれるようにピアノの前に登場するときには、演奏への期待で胸がいっぱいでした。

鍵盤にそっと置かれた指が奏でる、モーツァルト「デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲 ニ長調 K.573」は、まるで先ほど夜空から降ってきた繊細に踊る雨粒のようで、全身で浴びながら

「ああ、確かに先ほどの雨はこんなに綺麗なひと粒だったな」、「雨に迎えられて幸運だったな」と思うほどでした。

(さっきは「うわーん、傘持ってこなかったよー。近くにコンビニないじゃん! 最悪近いからフードを被って駅に駆け込めばいいか」なんて思っていたのに)

私にとって今回の真央さんの演奏は、映像が浮かぶというよりは雨粒が頬に当たるのを感じたり、やわらかい風が吹きぬけていくのが感じられたりと身体的な感触を持って伝わりました。そして、日のあたる隠れ家で全身全霊で音と戯れているピアニストを、こっそりと見つめているような感覚でした。

「この人はずっと。これまでも、この先もずっと、こうして音とともにあるのだな」という穏やかな確信があり、とても幸福な時間だったのです。

休憩を挟んだ第2幕。
C.シューマン「3つのロマンス Op.21」の演奏が区切れ、客席が盛大な拍手でわいたときに、それは起こりました。ちょうど、後方から女性の「ブラボー!」という声援があったときでした。

「これ、1楽章だよな?」
という男性客の声が耳に届いたのです。拍手が収まっても彼は隣の方に何か話し続けていたようですが、さすがに声を潜めていたようでこちらまで内容は聞こえませんでした。

ずっと脳裏にこびりついていたその言葉--。
私が陰で「ウィキペディア」と呼んでいる(本人は断固拒否している)友達に質問したところ、なんでも「3つのロマンス Op.21」の第3曲「ト短調アジタート」は、曲が続いているような余韻を残して終わるのだそう。

真央さんはよく第3曲「ト短調アジタート」と、プログラムでは次の曲にあたるR.シューマン「ピアノ・ソナタ 第2番 ト短調 Op.22」の第1楽章まで続けるように弾くため、拍手と歓声が起こったのは、男性客が言うように「ピアノ・ソナタ 第2番 ト短調 Op.22」の第1楽章の「可能な限り速く」であったのであろうとのことです。

ハイライトした箇所は、とくに好きな曲です

2023年1月はこの2日後にもピアノの演奏会に行き、合計3つの演奏会に行きました。1月はなぜかこの後日も近くのお客さんが演奏中に1分近く演奏と奏法について解説をしている、という騒音問題が続いて、比較的温厚であるはずの私が憎しみに近い感情を抱いたのですが、この日の男性の声には感謝しています。結果的に知識が深まりましたので。
(後日の女性客には、二度とお目にかりたくないものです。どさくさに紛れて愚痴ってしまいごめんなさい)

よこすか芸術劇場の美しさはもちろん、劇場までの道までも音楽の一部であると認識させるような演奏を体験できて、心から幸せでした。


【ききみみ日記】
★今回で投稿102回目になりました★

オペラ・クラシック演奏会の感想をUPしています。是非お越しいただけますとうれしいです。
(2022年10月10日~2023年1月15日まで、101回分を毎日投稿していました)

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