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㉜叙事詩「ほのほつみ」第4場/ラボーレ島での持久戦、永久の樹と色鳥

12話/天駆ける


あしかび国
の軍隊が、蛇神の護りし島々、ラボーレ島に上陸して、3年が過ぎた。
齢40よわいしじゅうを越え、農民であった野木喜平が、祖国・あしかび国の火砲隊の兵としていくさに出向いてから6年の歳月が経った。
ということは、国を離れるときに妻の腹にいた娘、早穂は、ことし6歳をむかえる。
子が育つのは早い。まだ、はいはいの乳飲み子だと思ったら、いつの間にか立ち上がり、ことばを覚える。いたずらをし始めれば、もう一人前だ。生意気盛りだが、それはそれ、可愛い盛りよ。
「一目、会いたい。わが胸に抱きしめたい」

そもそも、この戦は、ひろつ流れ海の東に浮かぶ島国、あしかび国の王ノ王が唱えた大義ゆえにはじまった。
その大義とは、ひろつ流れ海の潮巡る大陸の東にある、天の中つ国をはじめ、同朋の国々の民たちを、あしかび国の王ノ王がhyutopos(ヒュトポス)から解き放つためと宣言せしもの。
元来、ひとのいうことを素直に聞く喜平であってみれば、王ノ王ためならばと大いなる気概をもって臨んだが、勝ち戦のときはともかく、負けが込み、戦で同朋を失い、さらに己もあやうく命を落とす危機に直面すると、戦の大義を疑い始めた。むろん、それは口に出せぬ。が、朝笑いあった者が、日暮れに斃れて、もう会うことが適わない。
「いったい戦とはなんとむごいなものか」
そんな喜平にとって、救いは、自ら蒔いた「永久(とわ)の樹」であった。

ことのはを風に伝える神、ほのほつみより与えられ蒔いた永久の樹の種は、みるみるうちに大きく育ち、いまや海岸にある椰子やしのどの木よりも、抜きん出るようになった。この樹に、輝くばかりの美しい羽根をもつ、「永久の色鳥」が毎日やってくる。
その色鳥は、いわずとしれた、ことのはを風に伝える神、ほのほつみが姿を変えしもの。

ある朝、いつものように樹の色鳥に声をかけようと、近くにやってきた喜平は、大蛇が樹を登っていくのを見つけた。あしかび国で、「まむし獲り名人」と異名を取る喜平だが、こんなおおきな蛇は見たこともなかった。
大蛇が樹に巣を作った色鳥を狙っているのは明らかだった。
「危ない!」
喜平が、足下の枝を拾い、追い払おうとしたが、すでに大蛇は枝の届かない高みにいる。
そのときであった、「ぱん」と銃声が背後でした。
火砲隊の兵が、銃で樹の上の蛇を狙って、撃ったのだった。
喜平が、兵にかけ寄った。
「やめろ、あの高さでは命中は難しい」
喜平が、銃口を押さえると兵は、しぶしぶ銃を下げた。
「悔しいなあ、あいつ一匹あればおれたちの腹は十分満たされるんだが」
喜平より位が下の兵は、苦し紛れの捨て台詞を吐き、去っていった。

「蛇は」と、もう一度樹の上を確かめると、不思議な光景がそこにあった。
永久の色鳥が大空に飛びたつとともに、大蛇がその色鳥を追いかけるように、長い長い巨体を渦巻くようにして軽々と宙に舞い上がってゆく。

色鳥はいつもより羽根をいっそう輝かせ、それを追う大蛇の光る目も、きらきら光っている。大いなるふたつの光が一体となり、中天の日輪と重なり、さらに大きな陽の光となる。

「小さき神……」
喜平は、あまりの光のまぶしさに見ていることができなくなった。
そして立ちくらみ、膝から地に崩れ落ちた。
崩れ落ち、地に着けた頭の上で、喜平はことのはを風に伝える神、ほのほつみの声を確かに聞いた。

喜平さん、さようなら。
きょうという日、この8月6日という日、ひとという生き物は、天の摂理に対し、してはならぬ罪を犯した。天の大きな力に対し、私は小さき神として天の摂理にしたがい、あま治める神のことのはをひとに伝えてきた。が、私の役割は今日をもって、むなしく終わる。
ひとは天の摂理にあらがい、浅はかなる知恵を巡らし、してはならぬことをしたのだ。
奢り昂ぶるひとのなんて憐れなることよ。もはや私の預かり知らぬるところだ。
喜平さん、私がいなくても大丈夫だ、しっかり故国の土を踏むんだ。
さようなら、私を現世によみがえらせてくれた男よ」


【天駆ける】
はるかなる天空を流れる風よ
小さき神の見し物語を伝えよ
ことのはを風に乗せ、伝える神が見し世の様を
戦にあけくれ 火を燃やし 村を焼き
ひとがひとをいさめる様を
吹き抜ける風のことのはに乗せ伝えよ

はるかなる海原を流れるうしお
小さき神の見し物語りを伝えよ
黒き石を地より掘り出し 黒き水を沙漠より掘り出し
海浮かぶ大いなる船と天駆けるすばしこい船を
知恵もつ霊長と自らを讃え 神怖れぬ生き物の罪業を
砕け散る波のことのはに乗せ伝えよ

ことのはを風に乗せ
ことのはを潮に託し
いともおぼろなることのはをる小さき神
天駆ける姿をおおいなるそらにもとめよ


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