桜桃忌

6月19日は桜桃忌だった。
太宰治が愛人の山崎富栄と
玉川上水に入水心中。
1948年6月13日に飛び込み、
遺体が上がったのは19日だった。

桜桃忌と命名したのは今官一。
太宰の晩年の短編小説
『桜桃』からとったという。
太宰の墓は三鷹市禅林時にあり、
僕らの高校から遠くはなかった。

高校に入学したとき先生が言った。
「太宰治の『人間失格』は読むな」
僕らが入学する前、学生運動があり、
太宰に影響された生徒が自殺して、
先生は大きなショックを受けたのだ。

屋上から飛び降りて落ちた所が、
僕らの教室の窓の外だった。
「素晴らしい才能が消えた」と
先生は悲しそうに呟いた。
僕はぼんやりと落下した所を見ていた。

読むなと言われたら読みたくなる。
『人間失格』に皆ショックを受けた。
しかし、僕らは逆にこの小説で
生きることの意味を見出そうとした。
太宰は僕らの反面教師になった。

僕らは高校時代の青春を謳歌した。
軽音部はレッドツェッペリンを絶叫、
サッカー部は華麗なシュートを決め、
女子バスケット部は輝いていたし、
僕らラグビー部は泥まみれだった。

しかし死にたいと思うこともあった。
好きな女の子に思い切り振られ、
頭の悪さと成績の悪さに頭を抱え、
自分だけが孤立していると感じ、
自己嫌悪が渦巻き苛まされたからだ。

でも今日まで何とか生きてきた。
太宰は何で38歳で自殺したのか。
何度も何度も心中事件を犯した。
何でそんなに死にたかったのか。
生きながらえて生きる意味を知って、
生きる価値を見いだせる小説を書いて欲しかった。