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千宗室さんと歩く「僕の寺町」

裏千家家元の千宗室さんにとって「寺町」は子どもの頃から馴染み深いエリアで、お忍びで通うお気に入りの店がたくさん。千さんの案内で、魅力ある京の名店を訪ねます。(ひととき2021年1月号特集上ル下ル、京さんぽより一部を抜粋してお届けします)

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 10年来、本誌の巻頭エッセイを執筆中の千宗室さんは、京都の路地を気の向くままに歩くことが習いとなっている。〝長歩き〟と呼んで、折々に出会うものや人に興味津々。小路の魅力や京都の本質を綴ってきた。なかでも子どもの頃から通い慣れて愛着が深いのが寺町通。一途な商いを続ける店を案内してもらいながらの京さんぽとなった。

 出発は、寺之内を上がる小川通からだ。碁盤の目のような京都の町では、上(あが)ルは北へ行くこと。南へ行くことを下(さが)ルと言う。ひっそりした通りに、表千家と裏千家の由緒ある門構えが並ぶ。500年近くにわたり利休の流れを汲む茶の湯文化が脈々と受け継がれてきて、幽寂な趣がひたと伝わる。

「いつもお地蔵様にお参りしてから出かけるんです」

 と路傍にある祠に手を合わせる千さん。お地蔵様が2体。ぐるりを竹垣で囲った祠に、百日紅(さるすべり)の大木が枝を伸ばしている。地元の人々が大切に守ってきたのだろう。

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辻を守るお地蔵様にお参りする千さん。幼少時から馴染み深い存在

「50年くらい前に暗渠化されるまで、ここに小川が流れていた。だから小川通。下(しも)(錦小路通)まで続いている長い通りで、応仁の乱は、この辺りで始まったんです」

 南北に流れる小川を挟んで両軍が激闘した百々橋(どどばし)は目睫(もくしよう)の間(かん)だ。それでは寺町へ。

大黒屋鎌餅本舗

 寺之内通を行こうとすると、「僕は、ここを抜けていくのが好きなんです」と千さん、細い辻を縫っていく。阿弥陀寺の先の路地を入ると、「でっち羊羹 御鎌餅 大黒屋」と軒下に木の看板を提げた店があった。看板を目当てにしないと見過ごしそうな小体(こてい)な店だ。

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「ばれてたの? ショックやな」と開口一番に千さん。「いつもポロシャツにジーンズだから、ばれてないと思ってた」

「写真や映像で拝見しとりますから」と、主人の山田充哉(みちや)さんがにっこり。

「今日は、(編集部に)着物で行けと言われて。こんなんで買い物して歩いてるのは観光客だけ(笑)」

 和服を着る機会が多い家元といえども、着流し姿での散歩はたしかに珍しい。

「鎌餅はお祖母さんの好物で、よく卓袱台に白い紙箱が置いてあった。ほかには松屋常盤の『松風』のへた。耳が香ばしくてね。正月には、八勘*(はちかん)で餅をおかきにして一斗缶に入れてもろて、好きなだけ食べた。おやつってそういうものでした」

*かつて西陣にあった餅屋

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かつて旅人や地元農家に愛された鎌餅は、知る人ぞ知る名物。経木にくるまれた素朴な見た目も愛らしい。竹の皮で包んだ「でっち羊羹」も人気

 鎌餅は、江戸末期に鞍馬口(くらまぐち)の茶店で評判だった菓子で、姿を消して後に先々代が再現したという。山田さんは3代目だ。

「稲を刈り取る鎌の形なので、豊作を祈るということと、鎌入れして福を取り込む意味を込めています」と言う。

「買うてその日に食べてしまうと次の日の楽しみがなくなる」と千さん。打粉(うちこ)が少し落ち着いて、翌日は「ちょっと腰が高い鎌餅に変化(へんげ)する」。口触りが微妙に変わるそうだ。

 練った餅を手のひらに広げ、餡を1つずつ包み込んだ鎌餅。とろーんと柔らかいできたてが経木に包まれて、木箱に並んでいるのがゆかしい。経木は赤松だ。

「余分な水分を吸収して、ほのかな香りも移します。一時、ほかのもので包んだこともありましたがやっぱり戻りました」

 千さんが「次に来た時は、また知らんぷりしてください」と頼んで大黒屋さんを後にした。

船はしや總本店

 鞍馬口通から五条通まで寺町通の東側には寺が建ち並ぶ。その数80寺余り。1590年(天正18年)、豊臣秀吉が洛中の寺を移転させて「寺町通」と名を改めたのだ。

 ぶらっと歩いている途中で、いい神社をみつけたこともあると聞いて寄り道。猿田彦大神を祭神とする幸(こう)神社で、本殿だけが蒼然とある。静かに佇む姿に心が残る。

 二条通の近くには、向き合うようにしてクラシックな菓子店がある。

 船はしや總本店は1884年(明治17年)創業。五色(ごしき)に染めた五色豆の元祖だ。

「僕がいつも買うのは〝ふわふわ〟」と千さん。「浮あられ」という名称だが、「子どもの頃から〝ふわふわ〟言うてた。すごく旨い。お茶漬けにしてもおいしい」

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千さんお気に入りの「浮あられ」。独特の軽やかな食感が特徴

 こんなに大きなあられでお茶漬け!?

「とろけるんです。色が薄いけど、しっかり味はついている」と千さん。

「前は、魯山人が書いた一枚板の看板だったんだけどネ」と女将さんが話し始めた。

 外してしまってあるのだろうか?

 魯山人が無名の頃の話で、近所の能筆家が書いてくれたとばかり思っていたから「終戦後、削っちゃったのよ」

 思いがけない記憶が通りの片隅に眠る。

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船はしや總本店の辻美千子さん。「寺町通にチンチン電車が走っていた時代の話を祖母からよく聞きましたよ」。どんな風景だったのだろうか

※この続きは、本誌にてお楽しみください!

旅人=千 宗室
文=片柳草生 写真=蛭子 真

千 宗室(せん・そうしつ)
茶道裏千家家元。1956年、京都府生まれ。大徳寺にて参禅得度、斎号坐忘斎を授かる。2003年、家元となり宗室を襲名。『自分を生きてみる』(中央公論新社)、『京都あちこち独り言ち』(淡交社)、『京都の路地 まわり道』(ウェッジ)など著書多数。
片柳草生(かたやなぎ・くさふ)
エッセイスト、編集者として、工芸や骨董など、日本の美術や文化をテーマに活動。著書に『手仕事の生活道具たち』『手仕事の贈りもの』(ともに晶文社)、『暮らしのかご』(平凡社)、『残したい手仕事 日本の染織』(世界文化社)など。

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特集「上ル下ル、京さんぽ」
◉京さんぽ1 千さんと歩く「僕の寺町」
 大黒屋鎌餅本舗 
 船はしや總本店
 村上開新堂
 柳桜園茶舗
 紙司柿本
◉千さんと歩く「僕の寺町」〔案内図〕
◉京さんぽ2 昼から晩まで京めぐり
 細見美術館
 京都市動物園
 京都芸術センター
 実伶
 うえと
◉昼から晩まで京めぐり〔案内図〕

▼出典:ひととき2021年1月号


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