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【ココロコラム】何もかも投げ出したくなったときに

私もかなり歳を重ねてきました。ふと思ったのが「十数年前、私は何をしていたのか?」ということです。

この問いに答えられる人は、かなり幸せだと思います。過去を順調に消化し、今という時間を着実に生きているからです。私の場合は、何をしていたのかは思い出せませんが、当時は精神科医でもなく、精神科医になる見込みも立たず、絶望にくれていたのは確かです。

仕事方面がダメなら、異性方面でという人もいるでしょうが、まったく異性にも縁がありませんでした。孤独で相談相手もなく、将来の展望もない。そして経済的にも豊かでない。八方ふさがりのような心境でいたのは確かです。時間が止まっていて、この苦しみがずっと続くような感覚に襲われ、日々、砂をかむような味気ない、鬱々とした思いでいました。

「こんな世の中、もういやだ」と思ったことも一度や二度ではありません。今にして思えば、自分を取り巻く環境に【適応障害】を起こしていたのでしょう。不遇な日々だったと思いますし、二度と戻りたくない悪夢の時間です。

人生には、信じられないぐらい不運が続いて、何もかも投げ出したくなるときがあります。こういうときどうすればいいか。教科書的な回答としては、「将来への自己投資をする」とか「周囲の人に働きかける」ということになるでしょう。しかし、それはあくまで模範解答。現実の圧倒的な暗さの前には、ただただ呆然と、時をやり過ごすしか術(すべ)を持たない人もいると思います。

今でこそ心理学や精神医学に基づいた模範解答のようなことを多々述べていますが、当時の私は自分の不遇に対して、ただ黙って時間の経過を待つしか方法がありませんでした。仮に当時「お悩み相談」があったとして、回答を受けたとしても、実際の行動に何も踏み出せなかったように思えます。

精神科の臨床の現場に立っていると、会社や学校で不遇な扱いを受け、心を病む人が後を絶たないのが現状です。このサイトのお悩み相談を読ませていただいても、自分ひとり不遇で孤独でどうしたらいいかわからない。そんな人も少なくないのではないでしょうか。

しかし、不遇な人に私はこういいたいと思います。今の不遇は決して永遠には続かない。今というときこそ、静かに自分の中のエネルギーを蓄え、未来に実を結ぶきっかけを作っている時間なのだと。捨て鉢にならないでさえいれば、いつかは事態が好転してくるものです。

それまでは今という時間をじっと耐え、ほんの少しでも、自分のやれることをやる。人生の不調期は、そのようにしか過ごせないことが多々あるように思えます。何の解決策もなくても、自分では何もできなくても、時間が解決してくれる。時間は何より偉大な治療薬なのです。

何年か経てば、今の不遇を笑い飛ばせる日がきっとやってきます。一度苦しみから立ち直る喜びを知った人は、他人にもきっと優しくなれるし、その喜びを他人にも与えたくなるものです。そんな人こそ、他人とは一味違う、いい仕事ができたり、いい家庭を築けるはずです。そのときを信じて、希望を持ち続ける。

十数年前の自分に、また、今不遇で悩んでいる読者にも、こんなメッセージを送りたいと思います。今後も「お悩み相談」にしろ、このコラムにしろ、少しでも読者の実際の生活に役に立つことを書いていきたいと思いますが、私が書いたことが何一つ実行できなくても、最終手段の「時間が過ぎるのを待つ」が残されている。これを皆さんにも知っていただきたく思います。

(精神科医・西村鋭介)

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